でも、今はこのまま。
体温が元に戻る頃には、日は頂点を越え、下り始めていた。
結局、刈り取った雑草をクレア達に渡した後、俺は服を絞って火のそばで乾かした。その後、別の茂みで震えて耐え、服が乾くと早急に服を着て、クレア達にも着てもらった。
日が昇るにつれ、上がってくる気温と焚火からくる熱で、緩やかに体温をあげた。火に近づけるようになってからは、樹皮で鍋を作り、川の水を煮沸して飲み水を作り、やや冷めるとそれを飲んで温まった。
今は全員で火を囲み、暖を取っている。
焚き火が舞い踊り、白い煙が立ち上る。煙は青い空に向かって、木々の葉を抜けていく。代わりに降りてきた優しい日差しが葉にまだらに当たって、揺らめく影を地面に作り出す。薪が燃える小さな音と、小鳥の澄んだ声、小川の音が調和し、生のヒーリングミュージックのようだ。静かで穏やかで暖かい。
クレア、アリスは勿論、ミストの顔色も戻っている。ミストはまだ寝転んだままだが、アリスとクレアは起き上がり座っていた。
「どうしようか」
ふとクレアが呟いた。
「ほんと、どうしようか」
俺は惚けた声でそう返した。体を動かさずにいるせいで、蓄積された疲労が蘇り、睡魔に襲われていた。
「ふああ、どうしたらいいかな?」
アリスも欠伸を混じらせて言った。
皆んな眠そうで、どこかふわふわしている。このまま何かすることは、もうできそうにない。
それに、ミストの容態が心配である。できれば、1日2日は様子を見つつ、回復に勤めたい。
だとすると、ここで休むということ。大丈夫だろうか。また、狼に襲われないだろうか。
不安がよぎるも首を振る。下流に流され、対岸にまで移動しているんだ。縄張りから外れていてもおかしくない。それに、今は休むことが最優先だ。
結論が出て、俺は口を開く。
「今日はもう休もっか」
「まあそうよね」
「ああ、今日は動きたくないなぁ」
クレアもアリスも、溜息を吐き、苦笑いした。
当然ながら、みんながみんな同感なのだろう。
もう一度空を仰ぐ。木葉の合間から見える青空は雲ひとつない。天候の心配もなさそうだ。
「じゃあ、薪だけ集めて寝ようか。先に木の下に入って寝てて」
そう言って俺はミストを優しく抱き上げる。そして、ずっといた低木の下に運び込み、ゆっくりと藁がわりの草を掛けた。そして、薪を集めにその場を離れた。
木漏れ日の差す暖かい林道を歩く。薪になりそうな木を拾い集めつつ、思索に耽る。
本当によく切り抜けられたなあ。
今までのことを振り返ると、どこで諦めてしまっても可笑しくはなかった。それでも折れず、無事な今がある。
どうして折れずにいられたのだろうか。
アリスの明るさに救われたし、クレアの強さには助けられた。ミストの一言に勇気付けられ、魔法の力で切り抜けることができた。何一つ欠けても、無事にいられなかっただろう。
本当に皆んなは凄い。そして、そんな皆んなが俺なんかに、強い想いを抱いてくれている。ああ、だから俺は頑なに帰ろうと、そして……。
「っと」
足元にあった岩につまづいた。
危ない。考え事にのめり込んでしまっていた。
薪集めに集中し、両手で抱えきれない程度に拾い集めては、火の近くに置きを繰り返す。十数回往復し、充分な薪の量を確保すると、その中から何本か火に足して、より大きく燃え上がらせた。
俺は低木の前まで移動する。木の下を覗くと、もう既に三人とも眠りについていた。
入り口に蓋をするように、俺は木の前に座った。
パチパチと木が小気味良い音を立てる中、アリス、クレア、ミストのすぅすぅと優しい寝息が背中に届く。
俺も眠ろう、と目を閉じると、後ろから服が引かれる。振り返って見ると、クレアが腕を伸ばし、俺の服の裾を引いていた。
「クリスも一緒に寝よう。夜になると寒いぞ?」
クレアの表情は、どこか甘えるような顔で、少しだけ照れが混ざっている。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
そう言うと、クレアはパッと花開くような笑顔をみせてくれた。
俺も低木の下に潜り込む。毛布代わりの草を自らに掛けて、目を閉じた。
4人が入り込んでいるせいで、少しだけ狭い。それでも、熱が伝わってきて暖かく、心地が良い。
胸がほんのりと温まる感覚を覚える。
ずっとこんな時間が続けば良いのに。
こんな事思う日が来るとは思わなかった。ただ、帰りたい気持ちは変わらない。いや、帰りたい、という訳ではなく、別の気持ちだ。
まあでも。
俺は欠伸を一つして、思考を放棄する。
でも、今はこのまま。
俺は心地よい空気に癒されながら眠りについた。





