川を求めて 1
充分に休憩を取ったのち、松明に火を灯して、いよいよ俺たちは進み始めた。
暗闇の中、深い森にすっと伸びる小道を歩んでいく。炎が照らす僅かな明かりで足下を確認しながら、少しずつ少しずつ歩んでいく。
樹々の合間から見える青白い月は高く昇り、星は薄い雲に阻まれて見えない。辺りには、怪しげな虫の声と、夜行性の生物だと思われる声がちぃちぃ聞こえる。
寒く冷たい風が樹々の間を抜けてきて、体も気持ちも冷え込む。背負っているミストの体温を感じて、不安を募らせる。
この道は本当に川へと辿り着くのだろうか、何もなければ死ぬだけだ。
一か八かに賭けたのに、不安と恐怖がついて離れない。
気にかけないよう、内心で首を振って進む。しかし、ついに耐えきれなくなり、死の恐怖に侵され呼吸が荒らいだ。
息苦しい、冷たい汗が止まらない。
霞みがかった夜が怖い。樹々や草、踏みしめている地面ですら、襲いかかってきそうで恐ろしい。
全身は張り裂けそうなほど痛むのに、意識は鈍く重い。
ミストもクレアもアリスも、全員がふとした拍子にいなくなるかもしれない。
胸が締まってきた。心臓が痛む。
食糧はもうない。生きていられる時間はもう僅かだ。
このまま終わるのだろうか。それなら、死ぬ前にできる全てを終わらせた方がいいんじゃないか。
餓死か、狼に食い殺されるか、それとも疲労による衰弱か。どれも苦しい死になることは変わりない。だったら、自ら死を選んだ方がまし。自害するだけの力は残っている。
もう全てを終わらせようか。それがいい。どうせ無理なら、確実にできる事をした方がいい。
一歩進む度に力を振り絞らないといけない。俺ですら苦痛なのだから、皆んなはどれほどの想いをしているだろう。
このままあてどない道を歩んだところで何になるっていうんだ。これ以上、苦しい想いを強い続けて何がしたいんだよ。皆んなには、俺を信じさせ、ついて来させている。どうして? 裏切り続けて何がしたい?
終わらせるべきだ。そうしなければいけない。普通に考えれば、どれほど薄い可能性を信じていたんだ。偶々、獣道を進めば川に繋がる。馬鹿らしい。そんな偶然を信じたが為に、みんなを狼の巣窟に招きいれた。むざむざ死地に誘い込んだ。
アリスは、強い女の子だ。俺の数倍は疲れ、痛み、苦しんでいるというのに、泣き言ひとつ言わない。それどころか気丈に振る舞って、明るさをもたらしてくれていた。そんな振る舞いも嘘じゃなく、素直な本心からの言葉だったからこそ救いになったんだ。常人にはそんな事、ひっくり返ってもできない。
だからこそ、その行動を無に帰してしまった自分が許せない。
クレアも自分を支えてくれた。道が崩れていたときも、遭難したときも俺のことを考えてくれた。荷物を任せ、アリスをサポートしてもらった。ミストの体温には気づかせてくれたし、狼も相手にしてくれた。とても心強い存在で、どんな時も冷静でいてくれた。
そんなクレアに俺は甘えさせてもらってたんだ。また自分を許せなくなる。
いつも俺のやることは空回りで、何一つ上手くいかない。領地のことだって、皆んなのことだって、結果周りに苦労を強いている。
自分を引いて見れば、駄目な所しか見えてこない。当たり前、駄目なところしかないからだ。
死ぬなら一人で死ぬべきだった。
皆んなを付き合わせるべきではなかった。
せめても、今ここで全てを諦め、死を選ぶべきだ。
わかっている。わかっているのに、何故歩みを止められない?
「大丈夫かい、クリス君?」
その時、耳元からミストの声がして、我に返る。
一気に目がさめる感覚を覚える。
死の恐怖に呑まれ、危ない思考に陥っていた。
額に滲む冷や汗を腕で拭き取り、ミストに返事する。
「ありがとう、なんとか……」
ミストは「なんだい、その言い方」と小さくカラカラ笑って、再び目を閉じた。
危なかった。知らぬ間に、精神に限界を迎えていた事に気づく。
ただ、考え自体は間違っていなかった。
同時に、歩みを止められないでいた事実も把握する。
どうして俺は進み続けることができたのだろうか。今も尚、進み続けていられるのだろうか。
「あ、あれ? クリス、何か聞こえない?」
アリスの息切れして掠れた声が聞こえた。
俺は辺りの音に耳を澄ます。
小さく、小さく、ざーざー、と音が鳴っている。
水が流れ、ぶつかり合い、水面を叩く音。渓流から聞こえる筈の音だ。





