提案2
すみません。リアルが忙しく、早くも毎日途切れました。
とりあえずその分は伸ばすか、二回投稿とかで取り返します。
ミストは何を言っているのだろうか。
逃げきるまでに俺を落とせ、言っていることはわかる。俯瞰的に見れば、その言葉の意図もわかる。
オラール家との戦争になれば、負ければ死が待っている。負けなくとも学園のように毎日出会う機会は少なくなる。どころか、互いに立場が立場だ。ミストは伯爵位についているし、アリスはこの国の頂点に立つことになる。クレアも侯爵の一人娘で、年に一度と会うことはできなくなるだろう。
だから、俺の気持ちを得る機会としては最後の最大の機会なのだと考えたと思う。
逃げるうえで支障をきたしていることも事実だし、俺が誰か一人を選んだせいで不和になる可能性も捨て切れない。
ミストの言わんとしていることはわかる。
でも、何を言っているのだろう、どこか夢をみてるようで、そんな気持ちは拭い切れない。
しかし、当惑する俺とは反対に、クレアとアリスは口の端を上げている。
「成る程な。わかりやすい」
「そうね。それでハッキリするわね」
同意した二人を見て、ミストがニヤリと笑った。
太陽が雲から顔を出すみたいに、じわじわと温度が上がっていくように感じる。気づけばそれは、大火の如くメラメラとしている幻覚が見えそうなほど燃え上がっていた。
「わかってくれたみたいだね。面白くなってきたじゃないか」
「ああ。私はクリスのことを絶対に落としてみせるよ」
「へえ、学園では空回りしていたようだったけど、この短期間でできるのかい?」
「私なら出来るさ」
「相変わらずの自信家だね」
「クレアは昔から変わらないね。けど、ミストにもクレアにも無理だよ」
「ほう、何も出来ない王女が言うようになったじゃないか」
「うん。私はミストやクレアより出来ないことは多いけど、これだけは負けないと思う」
「なんでか聞いてもいいかい?」
「気持ちで負けてると思わないからだよ」
三人の視線が絡み合い、バチバチと火花を散らす。
「いいね。面白いね。それじゃあ、決め事を作ろうか」
「決め事? そんなのいるの?」
「うん。クリス君を落とそうとして逃亡が遅れたら、本末転倒じゃないか」
俺を置き去りに進んでいく話に焦り、追いつかないまま慌てて声を出す。
「待ってくれ!」
「どうしたんだいクリス君?」
「俺を落とそうと努力する必要なんかない。だって俺は……」
「クリス」
そこまで言うとクレアに口を挟まれた。
クレアはふっと息を吐いて、柔らかな笑みを俺に向ける。けれど、俺を見ていると思えない。自分ですら見えない、俺の中にある何かを見ているようなそんな印象。
「私の読んでいた本ではな。恋愛すると一人だけしか目が向かないんだ。事実私は、他の事は一切目に入らない。私が持っているのはそういう気持ちなんだ」
「そう! クリスのことがこんなにも好きなのに、他の子と同じと思われるなんて嫌! ずるい!」
クレアに続けてアリスはそう言い、白い歯を出してニッと笑った。
ふわりと体の中から何かが浮き上がってくる感覚。頭の中にかかっていた靄が晴れ、ものの輪郭がくっきりと浮かびあかる。
二人の言葉に気づかさせられる。いや、教えられたのかもしれない。
俺の三人を想う気持ちは、彼女達に助けてもらった恩や沢山のしがらみからくる想いだ。恋愛感情とは性質が違うのだと、そう言われた気がする。
それは違うと否定することはできない。むしろ自分でも合点が行く。
そして、俺の三人を想う気持ちを否定したことで、一番大切なことが抜け落ちていたことにも気づく。
アリスもクレアもミストも個人の判断で、勝手に多くの人を困難に巻き込んだのだ。ただそうするしかなかった俺とは違い、他に選択肢の取りようもあった。自らの選択が正しいことなのか、いや正しくないと理解しているに違いない。当然、己の中の葛藤に追い詰められていることだろう。さらに、命を掛けるほど厳しい環境に身を置いているのだ。
そんな中で、ただ幸せな二人の生活が、夢が、精神的な支えになっているのかもしれない。だったら、性質の違う想いなんていらない。ただ自分と同じ気持ちが欲しい。そんな想いが無意識の下であったからこそ、俺は拒否されたのだろう。
傲慢で自意識過剰だと言われても仕方のない考えだが、俺を落とそうとするのも当然だと言える。
どこか強いようで弱い、儚くも激しい、遙か遠くの小惑星の煌きが、手を伸ばせば届きそうな感覚。尊く美しく思えて、胸が熱くなる。
「口を挟んでごめん。全力で落とされに行くよ」
みんなに向けてそう告げた。
自ら進んで好きになろうなんて意味じゃない。むしろ遠くかけ離れている。
三人と同じ性質の想いになるには、恩やしがらみを捨てなければいけない。だから、全力でそれらを振り切り、単純に自分の感性で、素の自分で接する。それで恋に落ちれば、本物を手にすることが出来る。
これが『全力で落とされにいく』という真意だ。
「安心していい。すぐに私が夢中にさせてやる」
「絶対に落としてみせるから待ってて!」
「クリス君が私しか目に入らなくなる未来が楽しみだね」
俺の言葉の意味を正確に受け取ったのか、三者三様にそれでいいと頷いた。





