気持ちの整理3
一週間、毎日投稿始めます。次回は明日です。
クレアを宥め、アリスが回復してから通路を進んだ。少し歩くと、通路は二手に分かれており、南側の方の道を選んで進んだ。それから傾斜が大きい道を登り、ぐにゃりと曲がった道を進んだ。
傾斜も曲がり道もなくなり、平坦な道を進んでいると、通路の真ん中に、天井から差し込む細い光が作るカーテンが見えた。地面が三日月状に照らされており、落ち葉や枝が集まっている。
光の下まで進んで、見上げると、土管のような通気口が作られていた。外から蓋が掛けられているのか、三日月状の薄い切れ間から外が見える。傍には錆びた金属でできた梯子のようなものが掛けられており、地下道から出れそうだ。
「ここで休もう」
振り返ってそう告げると、後ろについてきていたアリスは尋ねてくる。
「ここでいいの?」
「ああ。ここならある程度明るいから、火を焚かずに済むしね」
いくら地下道といっても空気の流れがある以上、何処から煙が漏れ出るかわからない。オラール公爵領の山中に出るとはいえ、人がいるかもしれないので日中は火を焚きたくない。それに何かあった時、直ぐに外へと出られる位置にもいたい。
そんな俺の意図を汲み取ったのか、みんなはこくりと頷いた。同意を得られたと思い早速松明の火を消し、光の下からでて壁に背をつけた。そのまま滑り落ちるように、地面に腰を下ろす。
「それじゃあ休憩してからまた進もう」
返事も待たず目を瞑る。
ひとまずこれで休憩しよう。クレアには申し訳ないが、ミストもアリスも回復してもらわないといけない。そして何より、今の状態を解決するために答えを出さないといけない。
さあ、気持ちの整理をしよう。
深呼吸して切り替え、暗い中で想いを巡らせる。
まずはクレアだ。
クレアは、多少……愛が重いところがある。けれど、それは本当に嬉しい事だ。信じてくれて、気持ちから俺を助けたいと思ってくれるほど好きでいてくれるのである。もう感謝しかない。
見た目が良いことは置いておいて、性格の面で言っても凄く良い子であるのはわかる。
そんなクレアに対してどうするか?
答えは決まっている。断る理由がないのだ。気持ちに応えたいと思うのが俺の本心に違いない。
次はアリス。
アリスも自分に好意を寄せてくれている。そして、嘘をつかれても良いと判断した上でついてきてくれた。それは、俺が俺であることを認めてくれたということである。
今でも思い返すと胸が締まり、熱いものがこみ上げてくる。当然、アリスのことを大切に思っている。
最後にミスト。
ミストは、俺に好意を寄せているかわからない。多分伯爵であるから、利を求めて俺と婚姻したいのだと思う。
中途半端にアリスやクレアの想いに応えるくらいなら、逃げの一手として、俺を好きでないミストを選んだ方がいい。でも、俺はそんなことをしたくない。なぜなら、ミストも俺を助けてくれた恩人で大切な人だからだ。
俺が中途半端に婚姻することでミストが幸せになるとは思えない。大切な人から幸せを奪うような真似を絶対にしたくない。だけど、ミストを誰かに譲ることに惜しさを感じるのも事実だ。
クレア、アリス、ミストの全員への気持ちは整理できた。だが、答えを下せない。誰か一人を選べば、残りの二人に引け目を感じてしまう。
深海にいるみたいに息苦しく、暗くて寒く、強い水圧がかかったようにに全身が押しつぶされそうだ。
どうしてここまで引け目を感じてしまうのだろう。三人が人生を大きく左右する決断を俺の為にしてくれからだろうか。いや、それだけではない。どこか、自尊心、憧憬といった単語が浮き上がるも消えた。
それから、何回も考え直し、何回も自問自答を繰り返した。新しい考えが浮かべばすぐに否定し、何度も何度も原点に回帰した。そして、長時間悩みに悩み抜いた末、ある結論に至る。
憧憬、自尊心が浮かんだ答えは出ないけれど、一つ大きな意思を持っている事は事実で、一番の本心だと思う。それは皆の事を大切だと思っている事だ。それも、どれだけ考えても優劣をつけられないくらいに。
なんだかんだいって、俺は皆んなの事が大好きなのだろう。
誠実とは程遠い気持ち。けれど、これが本心だからしょうがない。皆んなが好きだという事が真実なのだから、他は自分にとっての嘘、だからこれが自分の誠実さだ。
答えが決まると、妙な安心感と開放感に襲われ、疲れ切った脳はすぐ眠りについた。
***
目が覚めると暖かかった。
湯たんぽのような心まで温めるみたいに、羽毛に埋め込まれるみたいに柔らかだ。花のように甘い香りが漂い、夢から覚めてないのかと誤解する。あまりの気持ちよさに、地面に杭を打ち付けられたかのようだ。
ようではある。ようではあるが実際には違う。体の上に乗った重みが地面へと縛りつけようとしてきているのだ。正体を確認する為に目を開けると、影に紫へと変えられた髪が飛び込んでくる。
なんでミストが俺の胸に身を預けて寝ているんだよ。
俺はミストの体を揺すって起こす。すると、ミストは体をゆっくりと起こし、寝起きの蕩けた目を俺の顔に合わせた。そして、純粋な子供みたいにはにかんだ。
いや、どういう反応だよ。とは思いながらも、可愛くて口元が緩んでしまう。自然、はにかみ返したみたいになって、甘い空気が流れたようにも思える。
外から差し込む光は、既にきらきら輝く茜色に変わっていた。そのせいもあるのか、どこか物寂しげな雰囲気を醸し出している。クレアとアリスを探すと、二人は寄り添い頭を預けあって壁にもたれ、すやすやと寝息を立てていた。
すると、不意に両頬に手を当てられ、首を元の位置まで戻される。
目の前には不満げなミストの顔。頬は夕陽が差し込むせいか紅く、唇は尖らせながらも晴れやかな表情だ。けれど、それでいて熱いものが篭った瞳は真剣で、まっすぐ俺へと向かっている。
胸が破裂しそうなほど躍動し、顔に血が登ってきて焼けそうなくらい熱くなる。そんな羞恥心から顔をそらそうとするも、頬に添えられた白い手が許さない。
「クリス君、やっぱり私はさ。君が好きみたいだ」
頬を引き込まれ唇が触れた。
その瞬間、乱雑な立ち上がる音が聞こえた。
「な、なにをしている!?」





