気持ちの整理2
「なんだよ。これからが良いところなのに」
クレアの叫び声が鳴り止むと、ミストはそう言った。しかし、不満そうな様子など一切なく、むしろ余裕の笑みを浮かべている。
「確かに、これから良いところなのは認める! これからもっと激しく、凄く激しく、いやもう激しくなることも予想できる! けれどだめだ!」
「ふ〜ん、なんで予想できるのかは置いといて。なんで駄目なのかな?」
クレアはたじろいだ。理由を必死で探しているのか目を泳がせ、言葉にならない言葉を繰り返す。
二人の間で作られていた重い空気は、風船の口を離したときみたいに一気に萎んでいった。収納袋で脱気された布団みたいに圧迫されていたが解放され、楽になって息をついた。
いや、息をついている場合じゃない! 何故クレアが、そんなに焦ったのかはわからないが、これはチャンスだ! 今なら、宥める相手が一人で済む!
「ミスト落ち着いて。仲良くしよう。クレアもミストも二人の力が今後も必要なんだ」
俺の言葉にミストは少し不満げに眉を潜める。
「クリス君がそう言うなら読むのをやめるよ」
「な、なら、これは私が貰っておくな!」
「あっ」
クレアはそう言って、隙を見せたミストから紙をひったくった。
「何するんだい」
「いやな? 誰の書いたものとかはわからないが、持ち主に返すべきだと思って」
さっきまでとは異なり、緊張で固まっていた脳が解れ、薄々作者が誰かは気づいた。だが、なんとなく怖くて、わからないと思いこむことにする。
「へえ持ち主が判らないのに返せるんだ凄いね」
「ま、まあな」
ダクダクと汗を流すクレアとは対照的に、余裕なミストに違和感を覚える。今や、切り札を奪われた筈なのに、やけに落ち着いている様は、むしろ奇妙だと言える。
「それじゃあ、他のやつも返しといてもらおうかな?」
ぴくりとクレアの耳が動く。
「ほ、他にもあるのか?」
「うん。兄妹だったり、歳の差だったり、先輩後輩だったり、母子だったり……」
「お、おい」
「外だったり、学園だったり、浴場だったり、職場だったり……もごっ!?」
突然クレアは神速と呼んでも差し支えない速さで、ミストの口を手で塞いだ。
「そ、その辺にしておこう。そして全てを返して……くるから出してくれ、な?」
必死のクレアを見て思う。業が深い、ただそう思ってしまった。
だがすぐに、いやいやそれは失礼だ、と内心で首をふる。
作者が物語と同じ願望を抱いているわけがない。そうだとすれば、犯罪者を描く作家は、犯罪願望を持っていることになる。そんな訳がないのだ。だから願望ではない……筈だ。
「ぷはぁ。何するんだよ。別の作家の作品かもしれない話だろ?」
ミストはもがき、クレアの手を口から離した。
クレアも理解したのか、怪しまれるのを恐れたのか、ミストを離す。
「た、たしかに全部が同じ作者かはわからないな」
俺もクレアと同意見だ。流石にこれほどの数を書いてはいないだろう。ミストが誇張している、もしくは鎌をかけたに違いない。新たな弱みを握ろうとした行動だと思う。
全て願望から山程の量を書いていたとしたら、業はマリアナ海溝よりも深そうだが、そんなわけがないと安堵した。
「ああ、全部同じ作者だと思うから大丈夫だよ。だって全部ヒロインとヒーローの名前は同じだから」
「な、ななな何で持っている!?」
「いや、気になって、ごみを収集する人に頼んだよ。ほんと、山程あったから、ほんの少ししか持ってないけどね」
聞かなかったことにしよう。大丈夫、俺は全く気にしない。
これ以上この話を続けたくない想いから、会話に割り込む。
「早く休めるところにいこう。ほら、アリスも寝かせてやらないといけないし」
「そうだね。そうしようか」
ミストは上機嫌にそう言って、歩き始めた。俺もアリスの腕を肩に回して、歩く。
「ま、待ってくれ。な、なあ待ってくれ」
俺は振り返って、動こうとしないクレアに告げる。
「クレア大丈夫だから。俺は何も気にならないから」
「え、クリス。何で私にそう言うんだ?」
「クレア。大丈夫だから」
「な、何が大丈夫なんだ!?」
「とにかく大丈夫。本当に大丈夫だから」
横に並んで尋ねてくるクレアに対応しながら、地下道を進んだ。
やりとりが楽しくて、話が進まない……。
それは置いといて、発売日に合わせて何かしたいと思います。
今週末まで忙しいのでそれからやります。何か要望があればお願いします。





