気持ちの整理1
「なんだかわからないけど、さっきモヤモヤしていた分、凄く意地悪したくなったんだ」
そう言ってミストは、首をひねった。
「は、はあ……」
こっちが首をひねりたい気分である。なんで、いきなり、そんな。
疑問にとらわれるものの、答えが出ないだろうと諦め、後ろのクレアとアリスに近寄る。
ミストの脇を通り抜けようとした時、ぐっと腕に引っかかりを感じた。見ると、白い指先が巻かれ、袖が沈んでいる。真横から伸びた腕を辿り顔を見ると、ミストはどこか切なげな表情を浮かべていた。
「ミスト、どうかした?」
尋ねると、ミストはそっぽを向き、ゆっくりと手を離した。
一体どうしたのだろうか。まるで、俺のことが好きで、他の女の子に目移りするのを許せないような反応だ。
もしかして、ミストも自分のことを好きなのだろうか。だから見つめあって、頬を赤らめたり、妬いてクレア達に憂さ晴らしをしたのかな。そうだとすると、納得がいく。なら、ミストの気持ちにも向き合いたい。
ミストは、からかい好きでギャンブラー気質なところがある。でも、それほど嫌じゃない。むしろ、ちょっとしたやりとりは楽しい。小悪魔的な面にドキドキさせられりすることもある。恋心に近いものを抱いているのかもしれない。
そこまで考えが至ると、羞恥心が込み上げてきた。
何を馬鹿な。クレアとアリスから寄せられているからといって、調子に乗りすぎだ。
内心首を振って、横を通り抜ける。そして、クレアの手を掴んで引き起こし、口を開け目をぐるぐると回していたアリスを抱え起こした。
アリスの腕を肩に回し、腰をあげる。身長差から屈んだままで立つ。休めるところを探そうと、前を向くと、クレアがミストに笑顔を向けていた。しかし、細い目の切間から冷酷な光を放っており、ぞわりと鳥肌が立つ。
「私は優しいから許してやろう。だが、さっきはなんで私を転ばせた?」
「……」
クレアがそう尋ねるも、ミストは無視して考え事を続ける。それから何度かクレアが呼びかけたが、元から居なかったかのようにミストは無視し続ける。
「おい?」
贄を切らしたクレアがミストの肩に手を置いた。すると、ミストはクレアに煩わしげな目を向ける。
「なんだい? 私は色々と考え事をしているんだよ。触らないで貰えるかな?」
いや、今逃げているんだから、立ち止まって考えないでくれよ。とは、思ったが、そんなことより、クレアを心配して表情を見る。案の定、クレアはコメカミに青筋を浮かべていた。
「なるほど、わかった。死にたいようだな?」
「死にたい? どこでそう感じたのかはわからないけど、静かにしてもらえないかな」
「ああ。私も静かにしたいのは山々だ。謝罪をしろとも言わない。ただ、さっきの行動の訳を話せと言ってるだけだ」
クレアの『行動の訳』という部分で、珍しくミストは眉を釣り上げた。
「関係あるかい? そもそも、なんで私が訳を言う必要があるの? それに怒ってるのだとしたらお角違いだよ」
「そうか。お前の中では理不尽に転ばされても、怒らないし、訳すら求められないということだな?」
「逆に聞くけど、謝罪も要らないのに、訳を聞く必要があるかい? 訳から判断して怒るかどうか決めようとしてるだけだろう?」
「かもな。だとしても、言う必要がないことにはならない」
「じゃあ、必要性をなくすよ。ごめんね。最終的に謝罪をさせるという目的なんだから、これで良いでしょ?」
「わかった私も先に謝っておこう。これから殺すが許してくれ」
空気は凍てつき、重くのしかかってくる。それでいて、剣山みたいに刺々しく、痛いくらいに肌をさす。
心臓、肝や体内の臓器がぎゅうぎゅうに縮む感覚を覚える。今や子犬のように小さくなっているかもしれない。冷や汗を流しすぎたのだろうか。脱水症状が起きてるみたいに目の前がクラクラし、体温を奪い去られたのか、膝はガタガタと震えだした。
「それは困るなあ。こんな通路だと逃げられないしね」
「遺言にしては呑気だな?」
「いやいや、遺言なんかじゃないよ。ここで、殺してあげようと思ってね」
「私を? 面白い冗談だな?」
クレアは歪に唇を歪めて笑った。
「前々から気に食わなかったから、痛い目にあってもらおうと思ってね」
「奇遇だな。同意見だ。お前といるといつかは逃走にも弊害が出るとは思っていたところだ」
ミストは少し、荒々しく強い口調で言い返す。
「盛った牝犬みたいに、さっきまでベタベタしていた女が良くいうよ。どれだけ逃走に弊害を出していた事か」
「……」
ミストの言葉でクレアは黙り込んだ。
風が地下道に反響する音が聞こえたと思うと、金属の擦れ合う音が響き、切りの良い音と共に音が止んだ。松明に照らされたオレンジ色の壁に、クレアから伸びた剣の影が映る。
や、やややややばい!!
ここに来て、強い焦りを覚える。しかし、足が竦んで何も動けない。
「覚悟はいいか?」
クレアが殺意の篭った低い声で問うと、ミストはカラカラと笑った。予想だにしない反応にクレアは眉を顰め、警戒心を露わにする。
「そっちこそ覚悟はいいかい? 私は殺すとは言ったけど、何を殺すとは言ってないよ」
「……どういうことだ?」
「自分が命を賭けたものに拒絶されたらどうなるかな?」
ミストはそう言って、胸元に手を入れて紙らしきものを取り出した。それは、継ぎ接がれており、ボロボロになっている。そして「ちなみに、私を殺して奪い取ったらクリス君の信用を失くすからね?」と前置きして、語り始める。
「私の知り合いに小説家がいるんだ。その子の原稿の一枚なんだけど……」
「そ、それってもしかして」
クレアは急に顔に焦りを浮かべた。しかし構わず、ミストは「ワンシーンを音読するよ」と言って続ける。
「子供部屋には窓から月光が差し込む。新雪を思わせる純白の光と青い影が私を包んでいた」
「まさか……」
「幻想的で神秘的な空気感があるというのに邪で熱い想いが止まらない。趣向を変えた事がここまで昂らせるとは思いもしなかった」
「な、なんで」
「窓から吹き込む風が熱っぽい私の裸体を冷やす。しかし、燃え上がる炎を消せる筈なく、私は狭くて小さなベッドに寝転んだ」
「やめろやめろやめろやめろやめろ!!」
「そして、耐えきれず荒げた吐息の中に、切なげな声を混じらせ『来て、ク……』」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
クレアの大声がミストの声を掻き消した。
大体二週間後発売です。どうか宜しくお願いいたします。





