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ば!

 

「そうか、そうか。怖いなら私と一緒に降りよう。だから、すぐにその汚い手を離せ?」


 ニコニコとしたクレアが、青筋を浮かべてそう言った。


 緊張感が走る。またも、時が止まった錯覚と肌がピリピリとひりつく。汗腺は開き、変な汗が滲み出てきた。


 緊張は英語でストレスという事に違和感を抱いていたものだが、急にしっくりきてしまう。


「え、ええ。やだよ、クリスが良い」


「良いから離せ」


 クレアが醸し出す雰囲気が余計殺伐とし、悪寒が走る。


「えっやだ、怖い。正直、別にクレアでも良かったけど、今は絶対にダメな気がする」


「何を言ってるんだ? 別に階段から突き落として、組みつく腕を折ってやろうなんて思っていないぞ?」


「ダメじゃん! 完全に思ってるじゃん!」


 恐怖からか、アリスは俺の背後に回り、脇の下から顔だけを出した。


「クリス、その枯木を差し出してくれ。何、悪いようにはしない」


 クレアはニッコリと笑い、手を差し出した。その笑顔は冷酷さと残虐性を兼ね備えており、手をとってはいけないと警鐘がなる。というよりも、威圧感が強すぎて、蛇に睨まれたカエルみたいに口すら動かす事ができない。


「駄目! 本当無理! 殺される! 絶対に殺される!」


「大袈裟にいうな。殺しなんてしない。一応、担ぎ上げないと私たちはただの反逆者になるからな」


「だ、だよね……」


 アリスは俺の腰に回していた腕の力を抜いて、ホッと息をついた。


「死なない程度にやるさ」


「駄目じゃない! 何するつもりなの!?」


「気にするな。王女が傷ついているほど、私たちが助けた感が増す」


「本気じゃない! ねえ、クリス助けて! このままだと、私酷い目に合わされちゃう!」


 俺を見上げるアリスの顔は必死で、目には大粒の涙を浮かべていた。


 今までクレアの圧力に動けないでいたが、何とか解き放たれ、口を開く。


「流石にアリスを傷つけるのは良くないよ。ほら、アリスも離れて」


 クレアは更に、険悪なオーラを醸し出し、アリスは絶望にうちひしがれたような表情に変わる。


「クリス、気のせいかわからないが、私を蔑ろにして、王女を庇っていないか?」


「やめて! 今放されたら私酷い目に合わされちゃうよ!」


 二人を目の前にしているというのに、つい目頭を押さえてしまう。


 一体、俺にどうしろと……。


「えっと、じゃあアリスはミストにくっついて。俺はクレアと降りるから」


 俺がそう言った瞬間、クレアは急に後ろに花が見えるくらいぱっと明るくなる。そして、「わ〜い!」と顔をデレデレさせて、腕に抱きついてきた。


 逆にアリスはというと、餌を取られた子犬みたいにキャンキャンと吠える。


「それは違う!!」


 グルグルと唸りながら、アリスは俺を挟んでクレアの対角線上に移動する。


「ほう、何が違うんだ? クリスが決めた事だろ?」


「ぐぬぬ……」


「早く手を離せ。今なら、全てを水に流してやる」


 クレアは俺の腕を力強く抱き、「なぁ〜クリス?」と蕩けた声と顔で促してくる。


 アリスに目を向けると、ぶんぶんと首を振った。


「やだ!!」


 頭が痛い。


 ほんと、どうすれば良いんだ。今は逃げている状況でこんなことをしている暇じゃない。今もなお、刻一刻と追っ手が迫ってきているかもしれないというのに。


 けど、命懸けで俺を信じてくれた二人の気持ちを蔑ろにするなんて絶対にしたくない。 


 助けを求めてミストを見ると、何かを持っていた。それに、ローブ越しの腕から緑の光が漏れ出ている。


「いや、まさか……」


 ミストは呟いた後、ふらりと体勢を崩す。


「何やってるんだ!?」


 俺は二人を振り解き、ミストが倒れる前に受け止める。そして、膝をついてお姫様抱っこのようにミストの体を支えた。


 ミストの手から何かこぼれ落ち、金属音を立てて転がっていく。それは、壁にぶつかって止まった。よく見ると、錆びたティアラであった。


 何だあれ? 何故ミストはあれを見て、魔法を使ったんだ? 


 ミストは、自分が伯爵であることを隠している。だというのに、俺たちの前で魔法を使うほどの何かが、あのティアラにあったのだろうか?


 壁にぶつかって止まったティアラを見ながら、グルグル思考を巡らせていると、すぐ下から声が聞こえる。


「ありがとう。クリス君」


「ああ、いいよ」


 俺はミストに視線を戻した。数秒見つめあっていたが、急にミストはびっくりしたように目を見開き、視線をそらした。横顔は何故か桜色に染まっていて、ミストらしくない反応にドギマギしてしまう。


「クリス?」


「ねえ、クリス?」


 今日一番の冷たい声が聞こえ、顔を向ける。そこにはクレアとアリスが不気味などでは言い表せないほどの笑顔で俺を見つめていた。


「な、何?」


「別に怒ってないんだクリス。私達を振り解いたことなんて全く怒ってないんだ」


「そうね、クレア。私たち、全く怒ってなんかないわよね?」


 怖い、怖い、怖い、怖い。


 今すぐ殺されてもおかしくない、そう思わされるほど、二人の雰囲気は恐ろしかった。


 命の危機を感じ、俺はミストを床に寝かせる。そして、ゆっくり立ち上がり、両手をあげた。


「い、いや。ミストが倒れたから。助けようとしただけだって」


「クリス? それは何の言い訳だ? 別に何も怒ってなんかいないぞ?」


「ええ。私もクリスに騙されてもいいとは思ってる。けど、こんな形で裏切られるのだけは勘弁して欲しい、なんて思ってないから」


 汗がだくだくと流れ、カラカラになって飛んで行きそうになる。少なくとも、意識だけはとんでしまいそうだ。


「よ、よし! 早速、潜ろう! さあ早く逃げよう!」


 俺は松明を拾い上げ、クレアとアリスの間を通り抜ける。


「「あっ」」


 火打ち石を鳴らしながら、階段を降りる。


「クレアとアリスでミストを連れてきてくれ!」


 そう叫んで、さらに階段を降っていった。


2巻8月10日発売予定です。よろしくお願いいたします。

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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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