閑話 アルフレッド2
サロンで、いつものソファーに座りながら考え事に耽る。
どうしたら父を止められるか。
一日中その事だけが脳内を駆け巡る。だが、何も思い浮かばない。考えども答えは出ないというのに卒業式が近づく。
父の計画を阻止しないという選択肢はない。
個人的な父への感情を抜きにしても、帝国の手を借りて王座に着けばこの国は終わる。いずれ、帝国の皇子にこの国の継承権があると主張されるに違いない。それどころか、父を通じて支配されてしまうかもしれない。
どちらにせよ、この国の王は帝国のものになり、民は犬へと成り下がる。他国の支配下に置かれた民が守られるとは到底思えない。
俺は民を守る存在の貴族であることに誇りを持っている。民を守らないことは、誇りを捨てることも同義。自らの誇りを捨ててまで、生を享受することは屍に同じ。だから、死んでも止める。
「アルフレッド様」
まだ二週間あるが、何としてでも止めなければいけない。だがどうやって止める。卒業式の話を漏らすか。いや、それでは駄目だ。
「アルフレッド様」
噂の出所は確実に俺だ。そうなれば俺は信用をなくし、次から父の策を防ぐことができなくなる。だが、ここで俺が何もしなければ状況は変わらない。
絶対に誰かに伝えなければいけない。同時にこの一回で父を仕留めなければ、次から防ぐことができなくなる。
「アルフレッド様!!」
突然の大声に目を閉じ、耳を手で塞いだ。煩わしい耳鳴りに現実に引き戻される。目を開けると、いつのまにかユスクが目の前で立っていた。
「どうしたんだ? 煩わしい」
「アルフレッド様が上の空で気づかないからですよ。最近多いけどどうかしたのですか?」
ユスクに疑うような、心配するような眼差しを向けられる。
俺は何でもないと黒革のソファーから立ち上がり、逃げるように窓の外を眺めて問いかける。
「で、何の用だ一体?」
「アルフレッド様が答えてくれないならいいすけど。用があるのは俺じゃないです」
ユスクは不満げな声でそう答えた。
「お前じゃないといえば、誰の用なんだ?」
「クリス君がアルフレッド様と話をしたいって言ってきたんですよ」
名前を聞いて溜息をはいた。
クリス=ドレスコード。隣の領の子爵。
俺はあいつが嫌いだ。きっかけは、こいつを派閥に誘ったときのこと。その場しのぎの為だろうが、くだらない事をして囲まれている3つの貴族の信用を落とした。それは、どの勢力の傘下にも自ら入りづらくしていることに他ならない。自分の領民を守るためならば、有力な貴族家の傘下に加わり、保護してもらう必要があるのにもかかわらずだ。
だから、俺は領民を危険な目に遭わせたこいつのことを嫌っている。
それだけではない。あいつはどこに対してもいい顔をし、媚びへつらう。自分の利とならないことは避ける。なおかつ常に何か企んでいそうで、行動一つ一つに誇りが欠けていることも大きな理由だ。
余計腹立たしいのは、無能ではないということだ。子爵家を発展させ、学業も優れている。入試で仕掛けた罠も掻い潜り、模擬戦では英雄扱いだ。
また嫌いなことを思い出す。
英雄扱いされているのをいいことに、貴族の事情や勢力などを聞き出しているらしい。詳しくはわからないが、馬鹿じゃない奴のことだ。当然自分の行動を怪しまれないよう徹底しているに違いない。それでも、俺の耳に入る位だ。相当の量の情報を集めていることは明白である。
どうせ起こる内乱で勝ち馬に乗ろうとしているのだろうが、信義に欠ける行為だ。
だが、領民を守るという意味では間違っていない。誇りには欠けるが、民を第一に考えれば、僅かに理解を示せる。保身ではなく、本当に民を第一に考えていたらの話だがな。
「アルフレッド様?」
ユスクに再び呼び戻される。
「チッ。わかった呼んでこい」
「すっげえ嫌そうな声ですね」
「黙って行って来い」
「へ〜い」
ユスクはそう言って、サロンから出て行った。
ソファーに座り、帰ってくるのを待つと、しばらくしてノックの音が聞こえた。
「入れ」
ドアが開き、学生服を着たドレスコードが現れる。こいつを呼びにいったユスクの姿はない。どうせが何か理由をつけてこいつが追い払ったのだろう。ユスクも簡単に追い払われるくらいにこいつを信用しているということか。
苛立ちが増していくのを感じていると、ドレスコードが近づいてくる。そして、俺の目の前まできて口を開いた。
「俺をアルフレッド様の派閥に入れてください」
意外な言葉に一瞬意味がわからなかった。だが、理解すると懐疑心が生じる。
こいつは本気で言っているのか?
奴の目を見る。泳ぐ気配は一切ない。真剣にオラール家の傘下に加わろうとしていることがわかる。
こいつが傘下に加わると決めたということは、オラール家が今後勝つと確信したのだろう。様々な情報を知り得てるドレスコードが決めたことだ。恐らくオラール家は勝ってしまう。
自然に舌打ちが出た。苛立ちが増し、座っていられず窓際まで歩く。
余計卒業式までに父を殺さなければいけない理由が出来た。
だが、どうやって殺す?
その時。火打ち石が暗闇に火花を飛ばすように、案が閃いた。
こいつを利用すれば良いのではないか?
こいつは誰に対しても良い顔をしてきた。俺の嫌いな王女、侯爵令嬢、伯爵令嬢にも慕われている。それに各貴族の事情も知っている。中立はもちろん、俺の派閥でも離反しそうなものもいる。そいつらを王家派閥に組み込めば、父を倒せるだろう。
だが、こいつが素直に頷くとは到底思えない。こいつは利がない事には間違いなく動かないだろう。
こいつを動かすには、絶対に動かなければいけない状況を作り出すしかない。どうすべきか考える。そして、ふと気づく。
父が、王と宰相を殺し、こいつが悪敵として父を討てば、国を荒らすものはいなくなる。王族の為に戦った経験が心を戻し、国は纏まるのではないか。
つまり、卒業式の日。こいつに、王女と王族派の侯爵令嬢を連れさせて逃がせばいい。
具体的な内容が固まり、案が思い浮かぶ。
王女を王都から逃がさねばいけないのだ。こいつも王都から逃げなければいけない状況にすれば良い。そして、オラール家を悪に仕立てあげればいい。
なら、こいつに俺を殺したという濡れ衣を着せて、王族派にならなければいけなくさせたら、全てが丸く収まるではないか。
こいつに全てを伝え、俺が目の前で死ねば良い。実に簡単な事だが、決断しかねた。
別に死が怖いわけではない。この案は、こいつがよくやる騙す行為で、誇りに欠ける許せない行動だ。それに、我が領の領民を危険に晒す事になる。
どうすべきか窓の外の空を見上げる。登りゆく、薄い黄色の月と、十字に白光を放つ一番星が対比して輝いていた。どちらも色は異なるが、同じく広い空で輝きを放っていた。
こいつと俺は、正反対と言って良いだろう。だが、王女達への情に負けず、こいつが俺の傘下に加わろうとしたことは、俺と同じ領民を守るという行動だ。
方法は違えど、目的は同じ。このまま父を止めなければ我が領だけでなく、全国民が被害を被る。
決意が固まる。
俺はお前の方法を取る。だが、貴様も俺の考えくらいは知っておけ。
そんな思いから口を開く。
「貴族としての義務は何かわかるか?」





