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脱出

 

 馬車は最高速で王都の街道を駆けている。


 車輪はゴリゴリと鳴り、荷台を覆うアーチ状の天幕はバタバタとはためく音が想像しい。外からは、馬車の早さに驚いているのか、街の人の声が聞こえる。そんな、驚愕している街の人が置き去りにされる姿を、俺は後ろの窓から眺めていた。


 そのとき、石か何かを踏んだのか、車体が大きく跳ねる。


 車内は、地面からの衝撃で、荷台に置かれた荷物が大きく浮いては落下し、鈍い音を立てた。クレアは振動で不安定な足場を気にせず立ち上がり、押さえるためか木箱に腰を落とす。そして、御者台に座るミスト越しに外を眺めた。


 俺も、何か荷物を持とうかと思ったが、車内にクレアが座る木箱と、中央に置かれた3つのリュックサックしかない。押さえるほどでもないか、と思い直して、荷台のヘリに浮かせかけた体を預け直す。そして、再び後ろから外をみる。


 人々が街道の脇を埋め尽くす中を馬車に乗って、街道を通り抜けているだけだけど、なんだか卒業式のお見送りみたいだ。


 くだらないことを考えることができるくらいには、落ち着いていた。息はすっかり整い、次第に脳がとろけるようにぼんやりとしてきて、眠気が襲ってくる。


 安心からか眠くなってきたのだろうか。まだこれから、ドレスコード領に帰らなければいけないが、どうとでもなるだろう。勿論簡単なことではないが、それでも大丈夫だと確信していた。


 それにしても、よくミストは馬車なんて用意出来たのだろう?


 疑問をそのまま口にする。


「なんで、ミストは馬車なんて用意していたの?」


 すると、御者台から答えが返ってくる。


「言ったじゃないか。王都から出る方法を用意していたって」


「それが馬車?」


「うん。学園のすぐ側の倉庫を買い取って、保存食を乗せた馬車を用意していたんだよ」


 本当に用意周到だと感心する。


「なるほどなあ」


 口からは間の抜けた言葉が出た。


 そんな自分に、今安心しきっていることがわかる。


 ミストもクレアも本当に頼もしい。アリスも芯の部分が強くて、今後アリスを頭として戦っていくことに何の心配もない。

 それに、3人が3人とも凄く可愛くて……。


 ふと気づいてしまう。


 俺はアリスとクレアに好意を寄せられていることを思い出した。ミストはわからないが、婚姻を求められてはいる。


 そして、アリスとミスト、クレアと共に、同じ派閥として戦うことになった今。婚姻を阻む要素は何一つない。どころか、婚姻することは大きなメリットでしかない。


 阻む要素がどうとか、メリットがどうとかはどうでも良いが、3人の好意に本気で向き合うのに、何も言い訳は出来ない状況になったことには違いない。


 元々、言い訳をするつもりはなかったが、本気で向き合うときが来たのかもしれない。


「ねえ、クリス?」


 不意にアリスに声を掛けられて、どきりと胸が跳ねる。


「な、何?」


 意識してしまい声が上ずった。


 アリスに顔を向けるも、顔が熱くなるのを感じて、視線を逸らす。だが、逸らした先にはクレアが目に入り、また逸らすもミストが目に入り、俺はギュッと目を閉じた。


「何で顔をこっちに向けてるのに目を閉じてるの?」


「い、いや、大丈夫だから」


「大丈夫って……もしかして、何処か痛むの!?」


「クリス、大丈夫か!」


 アリスの心配そうな声が聞こえると、クレアの声とともにガタリと立ち上がる音が聞こえた。すぐに、足音と荷台を這う音が近づいてくる。そして、女の子の甘い香りが鼻腔をくすぐり、俺は両手を開いて前につき出す。


「ほ、ほんと、何でもないから!」


「そ、そう。本当に何でもないの?」


「クリス、何かあれば言ってくれ」


 未だ心配げな声が聞こえ、俺は目を開く。


 すると、すぐそこにクレアとアリスの顔があって、心臓が壊れそうなくらいに跳ねた。しかし、何とか抑えて声を出す。


「本当の本当に大丈夫だから! それよりアリス、何か尋ねようとしてたよね?」


 アリスは、不思議そうに首を傾げながら話す。


「王都の門をどうやって抜けるか気になって」


 そう言われて、俺もミストに何も聞いていなかったことを思い出し、急に頭が冷える。


 ミストはどうやって門を抜けるつもりなのだろうか。こんな高速で走る馬車が来たら止められるに決まっている。


「いや、俺もそういえば聞いてなかったよ。ミスト、教えてくれないか?」


 アリス達の頭の上から声を通すように、御者台に座るミストに尋ねた。すると、カラカラという笑い声が上がった。


「あははは。強行突破に決まってるじゃないか」


「「「はああああ!?」」」


 俺たち3人の声が重なった。


 何がおかしかったのか、ミストはより大きな笑い声をあげる。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ〜。門番を伯爵家が買収してるから、私が来ると通して貰える手筈になっているんだ。ほら、もうすぐ門だよ」


 クレアとアリスはホッと胸を撫で下ろした。そして、前を向いて、門を確認した。


 しかし、俺はミストの性格を知っているため、すっと冷や汗を流した。


 王都の大きな門は開かれ、両脇に門番が4人ずつ並んでいる。門番は、急ぐ馬車を見ながらも動く気配はない。ミストの言う通り、買収しているのだろう。一人を除いては。


「なあ、ミスト? あいつ一人だけ何か凄く焦ってるんだけど?」


 一人は、馬車を止める用の、車輪がついた杭を並べた柵に向かって走り出した。


「あははは。流石に全員を買収する意味もないし、真面目な人間は買収できないからね」


 そう言って、ミストは続ける。


「それにさ、スリルがないと面白くないじゃないか!」


 ミストがそう言うや否やクレアは立ち上がった。


「この馬鹿!」


 クレアは腰に差していた剣を持って、荷台から御者台にうつる。そして、思いっきり警備に向かって剣をぶん投げた。


 剣は縦に回転しながら放物線を描いて、門番に飛んでいく。


 門番は飛来する剣に気づいたのか、道を遮るために押していた柵から手を離し、屈んで躱した。


 車輪付き柵は、門番の手から離れて、慣性に従い転がってくる。


 柵の速さは馬車より遅い。しかし、このままいけば荷台にぶつかってしまう。車輪にぶつかれば、馬車が転倒してしまう。


 俺はすぐに、荷台の後ろから身を乗り出し、天幕の布を掴んだ。


 迫り来る柵を見ながら、布にぶら下がり、雲梯の要領で荷台の中央まで進む。


 そして、馬車にぶつかる寸前の柵を蹴って押し返した。


 荷台は少し横にふれたが、馬車は問題なく進み、遂には門を抜けた。


 天幕にぶら下がり、身体一杯に風を受ける中、ふうと息をついた。


 馬車の行方を見る。辺りに広がる畑、遠くに見える緑が萌える山、澄んだ青空が広がっている。


 気持ちは穏やかになり、心が落ち着く。


 完全に逃げることは出来た。また何かあるかもしれないけど、今回みたいにうまく切り抜けられるだろう。


 この逃避行、阻む障害には何の不安もないと再確認した。阻む障害には……。


 その時。馬車の中と、御者台から同時に声が上がる。


「クリス格好いい!」


「すっごく格好よかったぞ! 流石私の惚れた男だ!」


 再び、同時に声が上がる。


「「え?」」


 何故か、空気が凍りついたような気がした。


というわけで、学園は終わりです。

ここできりがいいので、書き直ししたいと思います。書き直しの案、疑問点等々の受け付けは、明後日までになります。メッセージでも、感想欄でも、活動報告でも、どれでもお待ちしております。

後、感想や別に作品関係ないことは年中受け付けてます。

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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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