アリスの結論
活動報告にて、色々報告させて頂いてます。
アリスの後ろから駆けてくる、護衛のセルジャンが見える。
今からいざというときだというのに、余りにも間が悪い。そのせいか、胸中が嫌にざわついた。
目の前のアリスは、俺の表情を窺った後に振り向いた。
アリスの視線が離れた瞬間、何故か酷い危機感に襲われる。
何故だろうか? 俺は時間に焦っているせいか?
時間に焦っているのは間違いなかった。もう、時間としては余裕がない。校門までの時間を考えると、残り5分とないだろう。
他にも思い至るのは、水を差された煩わしさ、ギリギリの精神状態と山ほどある。
違う。山ほどの理由だけじゃ説明がつかない何か。
「セルジャンどうしてここに?」
アリスがそう言って、踏み出そうとした瞬間、俺は口を開かずにいられなかった。
「ダメだ! アリス!」
俺の声に、遠くで鳥が羽ばたいた。空気が震え、草木もざわめいたようにも感じる。
「どうしたの?」
必死さが伝わったのか、アリスは足をとめ、再び俺の方を向いた。
アリスの顔からは、強い戸惑いが浮かんでいる。それはアリスだけでなく俺も同じだ。
わからない。何故そこまで叫んでしまったのだろうか。
アリスが朝抜け出したのを心配してここまで探しにきた護衛だ。勉強会では、アリスに仇なそうとするかもしれない俺を捕まえたり、王や宰相からも模擬戦の場所の決定権を委ねられるほど信用を得ている。
もし、アリスが俺とくることを決めたのならば、俺たちをサポートしてくれるかもしれない。一度捕らえられた経験から言って、腕利きであることは間違いなく、アリスを守ってもらうのに信頼に足る人物。
……の筈なのに。
一目見て湧き上がってきた感情は、嬉しさや安心感とは正反対の恐怖と不安。脳内に警鐘が鳴り響く。
「姫様! 何をしてらっしゃるのですか!? 今日は卒業式に王女として出席しなければいけないのに突然いなくなるなんて!?」
何も口に出せないうちに、護衛のセルジャンは数十メートル先に近づいて来ていた。
ダメだ。目覚ましの音みたいに煩わしい警鐘が、動け、時間がない、とさらに急かしてくる。
「アリス、駄目なんだ。何かがおかしい。俺と来てくれ」
「……どういうこと?」
「俺にもわからない。けれど、駄目なんだ。俺と来てくれ」
理由が思い浮かばず、アリスに手を差し伸ばす。
アリスは差し伸ばされた手に向かって、そっと右手を出そうとした。しかし、その右手をアリスは自らの左手で強く握った。そして、胸元に持って行き、自分の胸ぐらをぐっとつかんだ。
「何なの……。わからないよ……」
アリスの顔は苦痛に歪む。
「俺も説明できないんだ。けど、俺を信じてくれ!」
「わからない……」
言葉が出ない。自分が理解できない直感を説明して理解させることなんて出来ないことはわかってる。
護衛に気を取られ、事情を説明する時間すらなくなった。
だから、俺はアリスに信じてくれということしか出来ない。
「ごめんアリス。俺は信じてくれ、来てくれと言うことしか出来ない。だけど、来てくれ!」
アリスは胸の制服をより強くクシャりと握りつぶし、目を強く閉じた。そして、大きく口を開いた。
「だからそれじゃ分からないって言ってるの!!」
割れるような声が辺りに響く。
「姫様! どうかされましたか!」
ついには、護衛のセルジャンがアリスのすぐ後ろまできて足を止めた。
「アリス駄目だ。早く俺と来てくれ……っ!?」
そう言って、無理やり手を取ろうとした瞬間、身の毛がよだち直ぐに手を引っ込める。その瞬間、目の前に白刃が通り過ぎた。
焦り、顔を上げると、セルジャンが俺とアリスの前に身を入れ、剣を構えていた。瞳は冷酷で、怪しい光を放っている。それは、いつものふざけた雰囲気ではなく、この男に似つかわしいと思わせるようなものであった。
「姫様、この男から何か聞きましたか?」
声は鋭く凍らせるように冷たい。アリスはそんな声に怯えてか「……ええ」と詰まらせて答えた。
アリスの声を聞くと、セルジャンの瞳は俺が知っている、いまでは似つかわしくないと思える瞳に変わる。
「少し焦りましたが、こいつの様子はおかしいです姫様!」
そう言いながらも俺から目を離さない、何か一言でも言おうものなら切るつもりなのだろう。もう時間がないというのに、ここに来て何も出来なくさせられ、汗が止まらなくなる。
「セルジャン、どういうこと?」
「こいつの服を見てください、こいつの服にはべたりと血がついている。怪我をしているとすれば、なぜ平然と立っていられると言うのですか」
そう言われて、アリスは視線を俺の服へと向けると顔を顰めた。そして、「本当に私は何も分からないんだ」と溢し、問いかけてくる。
「クリス何をしたの?」
「姫様、こいつが何をしたのかは私にも本当にわかりません。ですが、話を聞く必要がありますか?」
セルジャンの言葉はもっともで、焦燥感に駆られる。
敵対する勢力で、なおかつ何も説明できなかった。そんな相手の言葉を聞く理由なんて思いつかない。
刻々と迫るタイムリミットを考えると、弁解するどころか俺の感情すら伝えられない。だというのに、鋭く光る剣先は俺を捉え続けており、身動きひとつ取れない。
「……私もそう思う。聞く必要もないし、王女として聞いてはいけないことだとは思う」
アリスは「でも」と続ける。
「クリスの服にも気づかないくらい、私は鈍くてわからないことだらけなの。だから、クリスの言うことが本当かどうかは私にはわからないと思う」
「ならいいじゃないですか! この男を今から始末しておきま……」
「聞いて!!」
逸るセルジャンを制してアリスは語る。
「私はわからないことだらけで、駄目とわかってここまで来た自分のことすらわからない。けど、クリスの話を聞きたいと思う気持ちがあるのは嘘じゃない」
アリスが呟いた言葉は、俺が至った結論と同じだった。
「どうせ、聞いても私にはわからないの。聞くくらいはいいじゃない?」
そう言ってアリスは、歯噛みするセルジャンの肩を引き、俺の前に躍り出た。
アリスの顔は決意に満ちており、先ほどの戸惑いは消え失せていた。
俺がアリスに伝えたいことは一つしかなかった。
「俺は皆んなを守りたい。時間がない。今直ぐ俺と逃げてくれ」
「……そう。私はやっぱり、クリスを信じられない」





