教室に
活動報告にて挿絵公開してます
クレアに取り残される。呆然としていたが、かけられた言葉は胸に刺さり、じわじわと熱いものが湧き出して来る。ふと、我に帰って、袖で目元を拭った。
クレア一人に荷物を取りに行かせて、俺は何をしてるんだ。
そう思い、数歩進むも、すぐに立ち止まり、首を振った。
ここで、俺が行ったとしても意味がないことだ。荷物を取りに行っている間にアリスが来るかもしれない。
既に、白い太陽が低い位置に顔を見せ始める時間。窓の外は、青い、というよりかは白く、チクチクと鳥の声が騒がしい。
胸中に渦潮を埋め込んだみたいに、行き場の無い焦燥感が暴れ、焼けそうになる。しかし、焦ってもどうしようもなく、大きく息を吸い込んで椅子に座る。だが、ざわめきは収まらず、ただ待ってられない。せめてもと、これからの行動を見直す。
落ち着け。考えろ。
外の様子から見て、時刻は恐らく6時過ぎ。一般生徒が顔を見せ始めるのは恐らく、8時前後。アルフレッドの下に向かう人間がくるのも、大体その時間だろう。
脱出経路は、ユリスが父達を逃す為に用意したものが使える。経路まで辿り着く時間は、城門からおよそ30分。詰まる所、事態が発覚するまで30分の余裕が欲しい。
リミットは7時半……いや、王都の門に辿り着くまでの時間を合わせて、七時が限界。
そもそも、王都を抜け出そうとする際に、門を通り抜けなければいけない。しかし、その時には顔の確認は絶対にされる。兄達の場合なら、夜逃げることや、普通に抜けることが出来たのだろうが、今からアリスが最短で来てくれたとしても、門は開き、兵も駐在している時間だ。
俺やクレアは通り抜けられるかもしれないが、アリスだけはダメだ。王都の兵士なら確実に顔を知っている。加えて、度々王都に繰り出して、唐揚げ屋にすら身バレしているのだ。知らぬ存ぜぬで通す事は不可能。
掻い潜って、逃げたとしても、追っ手を差し向けられれば、ユリスの脱出経路を知られる。そうなれば、ただの遠回りの逃げ道。いずれは捕まる事は明白。
今日何度目かの絶望に血の気が引いて、一瞬気を失い、椅子から砕け落ちた。しかし、震える手で地面を精一杯押し上げ、体を起こし、膝をあげ、足の裏を地面に付け、力一杯踏み込み、立ち上がる。
まだだ。まだ、諦めない。信じてくれたクレアや領の為にも諦められない。
今日、何十回目の絶望と決意。精神は既に疲弊しきり、脳が壊れてしまいそうな程の激痛に襲われるが、なんとか回す。
まだ、ロープは切れていない。いくら切れかけの脆弱な糸だとしても可能性はあると思い込む。
大丈夫。何度も俺は窮地を乗り越えて来たじゃないか。テストも王城も模擬戦も……違う。俺が乗り越えて来たわけじゃない。
自分を震わせようとした回想に、逆に気持ちを折られ、全身から力が脱ける。
王城の時も、テストも俺はミストの手を借りてたんだ……。
歴史の問題を出させることに成功したのもそう、王城で隠れられたのもそう、もっと言えば模擬戦に勝ったのはミストがあのタイミングで奇襲を行わせたから。
重い気持ちが再びのし掛かってきて、自分の無力さに涙が出て来る。拳には、疲弊した今ですら、これほどの力が出るのかというくらいに、わなわなと震える。
遂には、弱った心がそうさせるのか、扉の外に幻影の姿が見えて来た。
桜色のふわふわとした髪。豊満な胸。小悪魔な笑み。
扉に寄りかかっているミストの姿が見える。
ミストは口を開く。
「困ってるみたいだね。クリス君」
遂には幻聴まで聞こえ始めた。自分の精神が限界を迎えつつある事を悟り、その事実を否定するように言い放つ。
「馬鹿か。俺は。こんな時まで、人に頼ろうとするなんて。ミストがいるわけないだろ」
俺はそう否定したのに、幻影のミストは消えてくれない。それどころか、むしろ笑って歩み寄って来る。
「逆に聞きたいよ。昨日、オラール家の長男が言った時に私も居たんだ。私の性格からして、なんで来ないと思ったんだい?」
ミストの言葉には、説得力があった。確かにそうだ。保健室でも、アリスのサロンでも、情報を得ようとしてきたあのミストが来ないはずはない。
「ミスト……なのか?」
「見ればわかると思うんだけど」
そう言って、カラカラと笑ったミストに、幻影ではないと確信する。だが、それならば、と冷汗が流れた。
「……話は聞いていた?」
「バッチリね」
「……どうするつもりだ?」
ミストの立場は中立。ミストならば、俺を捕えてオラール家側に取り入ることができる。アリスを逃して、王族側につくことも出来る。
まさに、手綱を握る立場。だが、ここで俺たちにつく可能性は低い。俺たち側なら、無事にアリスを逃し、尚且つ、王族派として戦って、勝たなければいけない。逆にオラール家側では、この場を巻いて、誰かに告げるだけでいいのだから。
実際、あのミストを捕らえる事は俺には出来ない。そもそも、俺個人としては出来ない。それがわかってるこそ出て来たことがわかる。
だから、俺はミストに答えがわかっている問いしか尋ねられなかった。しかし、ミストの口から出た言葉は全く予想外のものだった。
「私も連れて行ってよ」
「っ!?」
余りに驚愕し、詰まった声が出てしまい、咳き込む。
「大丈夫かい?」
「な、なんで!? 俺と来れば、危険極まりない筈だ!」
ミストはカラカラと笑って告げる。
「まだ、そんな事言ってるのかい? 大方、門の抜け方に悩んでそうだから手助けが必須じゃない?」
「だ、だけど!」
俺の言葉にミストは「言った筈なんだけどなあ」と肩を竦めて答える。
「私は物事にリスクを考えないからね。取れるものが大きい方に動く。だから、私は元々、帝国と戦える可能性のある王族側につく予定だったんだよ」
そして、ミストは「これでも信じられない?」と笑いかけてきた。
確かに、模擬戦の時点で、ミストも共にいたのだからオラール家が帝国とつながっていることに気づいていてもおかしくない。それに、ミストの変わらぬ様子に、真実である事はわかる。
だが、アリスが無事に逃げられてからでも、ミストが行動するのは遅くない。むざむざミストを危険に合わせて良いものかと悩み、答えが出せずにいた。
そんな俺に痺れを切らしたのかミストは語り始める。
「クリス君を信じてないわけじゃないけど、まず第一に私がいないと姫様が生き残れる確率は少なくなる。それに、人質に取られないとは限らなくて、そうなったら楽しくないからね」
ミストは続ける。
「元々、この学園は各貴族の子弟を人質にする目的で作られた。そんな所に通うのに、私が何も手を打たないわけないじゃないか」
ミストは肩に下げていた鞄から一枚の紙を取り出した。
「私が帰るには、クリス君の領地を通らなければいけないんだよ」
そして、ミストが「君に選択肢はないんだよ」と続け、紙を垂らすように俺の前に差し出す。それは、いつか書いた契約書。テストの時に、俺の領地へと案内する、といったものだった。
俺にとっては願ったり叶ったりの状況。食糧の面では不安もあるが、そんな事はどうにでもなる。
「ほ、本当にいいのか?」
「これを破ったら、クリス君の未来は……て言うまでもないね」
ミストはそう言って、いつものようにカラカラと笑った。
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