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クレアの判断

 

 クレアの姿を捉えた瞬間、目頭は熱く、鼻の奥が刺激される。来てくれた嬉しさに、暗い感情がかき消され、薄暗い教室内が明るくなった気までした。


 クレアに声をかけようとしたその時、暗い感情は息を吹き返し、口を開けたまま、声が出ない。


 なんて、声をかけるつもりだったんだ。クレアを敵に回しておいて、今度は味方になってくれ、とそのまま頼む事は、領の皆んなの為にも、気持ち的にも出来る訳がない。


 言葉を口に出来ず、ただクレアを見つめることしかできない。一方で、どういう訳か、クレアも立ち竦むばかりで、室内に入ってこようとしない。


 しかし、クレアが形の良い鼻をスンスンと動かし、顔を歪めた時に理由を理解し、自分の服を見る。


 暗い中でも、服はアルフレッドの返り血で異様な染みが出来ていた。


 なんて言うでもなく、ただ勢いよく顔を上げ、クレアの顔を伺う。すると、クレアの表情は憂いたものに変わっていた。それは、どこか心配しているような表情。


 なんで……。そんな顔しているんだ。


 今日何度目かわからない、胸が締め付けられる感覚。息苦しさに耐えきれず、かすれた声が出る。


「なん……で、俺を心配そうに見てくるんだよ」


 問うと、クレアは気圧されたように数歩あとずさる。しかし、すぐに頷いた。そして、力が戻った瞳をまっすぐに俺へと向け、一歩一歩、強く踏み込むように近づいて来た。


 クレアが何故、近づいてくるのか、何故、敵の派閥の俺を心配してくれるのかわからない。


 願ったりかなったりの状況。けれど、得体の知れない恐怖に襲われ、椅子ごと後ずさり、床を擦る荒い音を鳴らせた。


 そんな俺を意にも介さず、目の前まで来て、優しく垂れた目で見下ろしくる。ほころんだ口元からは、柔らかい声が放たれる。


「なあクリス。私は何をすればいい?」


「ど…うして……」


「後から聞くよ。クリスが切羽詰まっているのは、顔を見ればわかる」


「違う! どうしてなんだよ!」


 どうして、クレアが俺を心配しているのか、自分への苛立ちからか、恐怖に耐えきれなかったのか、叫んでしまった。そして、ハッとして、自分の情けなさに悔やみ、視線を落とす。


 領の皆の為には、ありがとう、と言えばよかったじゃないか。馬鹿が絶対に生き残る為に、さっき動いたばかりだというのに、何でそんな事を叫んだんだ。


 そんな事を思い浮かべるも、自分の中ではクレアに怪しまれ、拒否される事を望む自分もいる。自分の感情すら支離滅裂。出口がないのを知っている迷路を歩まされているような、どうしようもない、混乱に陥っていた。


 どうしていいかわからず、唇を噛みながら、恐る恐る見上げると、厚意を疑われて悲しむでもなく、理不尽にぶつけられた事に苛立っている訳でもなく、クレアはただ頬を掻いて、はにかんでいた。


「それはさ。私がクリスの事を未だに好きだからだよ」


 胸にじんと熱いものが広がる。同時に、自分への嫌悪感で満たされる。


 怖がっていたものの正体がわかる。敵に回したクレアが、未だ俺に変わらず好意を持ち続けている事を、認めてしまうのが怖かったから。そんなクレアにして来た事を、咎められない事が怖かったから。


 目にはジワリと熱い涙が滲み、視界がぼやける中、鼻をぐずぐずとすすらせて、声を出す。


「本当にごめん。クレア」


 クレアは、今度はこめかみを掻いた。


「何に謝られてるかわからないよ、クリス」


 わざと惚けたクレアに、全部一つ一つ謝りたい気持ちで喉が勝手に開きそうになる。しかし、ぐっと飲み込んだ。今は、俺が無理だとしてもクレアだけなら助かるかもしれない。


 立ち上がり、クレアと向かい合う。


「クレア、聞いてくれ。信じられないかもしれないけど……」


 公爵家についた経緯、王と宰相が死亡した事。アリスが今日殺される事。クレアが人質にされる可能性がある事。俺がアルフレッドを殺したことになるかもしれない事。何も飾らず、そのままの事実を伝えた。


 クレアは、真剣な顔で、時々頷きながら黙って聞いていた。俺の話が終わると、ただキョトンと首を傾げた。


「何故、クリスが謝る必要があるんだ?」


 クレアの言葉に俺は話を伝えられてなかったのかと焦り、まくし立てるように言う。


「それはっ! 自分の為にクレアを敵に回しておきながら、自分の身が危なくなったからってクレアに助けを求めたんだぞ!?」


「だから、それの何が悪いって言うんだ」


 クレアはそう言い切って、続ける。


「そもそもクリスは領主だ。守る為の行動を取るのが普通。それに、私を助けようとしてくれたんだ。クリスが教えてくれなかったら私は公爵の人質になっていたかも知れない」


 そう告げてクレアは、扉の前まで歩き、振り返った。


「アルフレッドの部屋から3人分の荷物取ってくるよ」


 クレアの言葉から、俺と共に逃げるつもりだと理解する。クレアから見れば、わざわざ追っ手を差し向けられる俺と逃げなくとも、一人で逃げた方が安全な筈だ。そんな想いから、慌てて呼び止める。


「待ってくれ。何で……」


 そこまで、言うとクレアは溜息を吐いて、口を挟んでくる。


「クリス。私に謝らなければいけない事は、一つしかない」


 そして、クレアはらしくなく、目を細め、にっと歯を出して笑う。


「もっと、私を信じてくれ。私はクリスが好きなんだから」


 最後に「姫が来るかも知れないから教室で待っててくれ」と言い残し、去っていった。



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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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