置かれた状況
苦痛に顔を歪めながらも、笑い続ける、アルフレッドに気圧される。だが、すぐに正気を取り戻し、駆け寄った。
「何やってんだ! 止血しないと!」
まだ、アルフレッドが生きていて、説得すれば間に合う!
だが、俺の想いを裏切るようにアルフレッドは言い放つ。
「近……寄るなっ! 命が……助かっ、たとしても! 貴……を大罪人……る!」
「っ!?」
それじゃあ、救ったとしても意味がない。どうすればいいんだ!?
俺が悩む間も、アルフレッドから紅い血が溢れ出す。遂には、アルフレッドは砕け落ち、地面に血だまりが弾いた。アルフレッドが着ていた制服は、血を吸い上げ、紫色に変色しだす。
くそっ! 救わなくっても変わらないならっ!
「お…い、来る…な」
アルフレッドは既に言葉は辿々しくなり、目の焦点がぶれている。だが、血を吐き、紅い輪郭の歯をむき出しにして拒んできた。だが俺は、足を踏み込む。
「黙ってろ!」
「ッ…………」
俺に何かを怒鳴ろうとしたのか、力が入ったアルフレッドは、傷口から血を溢れさせた。遂には人形のようにくたりと、砕け落ちた。
「くそっ!」
既に手遅れだとわかるが、俺は手当てを始める。丁寧に行うも、完全に無駄だという想いが強くなるばかりだ。
そして、緊急の処置を終えると、窓の外の空が段々と白みがかかってきている事に気づいた。室内は、床の血だまりがぬらりと光り、炎なしでも家具の輪郭がわかる程明るくなる。
何でこうなった!
突然襲いかかってきた理不尽に、愚痴ろうが、状況は変わらない。焦り、脳内は酷く混乱するが、必死で落ち着き、自らの状況を整理する。
アルフレッドが言っていた人間が来るまでどれくらいかわからない。だが、見られれば確実に俺が殺害したと考えられる。そうなったら、俺はお尋ね者にしかならない。
生き残るには、アルフレッドの言う通りに、アリスを逃し、オラール家を悪としなければ、俺の罪は消えない。
避けたかった方法を取らざるを得ない状況に、吐き気がし、喉がカラカラになる。
だめだ! 落ち着かなければ!
俺は乱雑にリュックを開き、水筒を取り出して、浴びるように飲む。冷たい感触が走り、落ち着かせようと大きく息を吸い込んだ。
ここでクレアとアリスを連れて逃げられたとしてもだ。俺は、アルフレッドを殺害した上に、普通に考えられれば、王女と侯爵令嬢を誘拐した犯罪者。確実にドレスコード領に向けて追っ手が来る。
自領以外に逃げるか。いや、ダメだ。他の場所は誘拐犯じゃないと信じてもらえない可能性が高い。
自領に戻るには、追っ手が来る中、オラール家の公爵の領地を通らなければいけない。いや、それはまだ何とかなるかもしれない。どうにもならないのは、クレアとアリス……。
「……終わった」
俺は自らの状況を正確に把握し、魂が抜け落ちるように膝から崩れ落ちる。
絶対に不可能な事が三つあることに気づいてしまった。
一つ目は、クレアに信用してもらい、アルカーラ侯爵に王族派としてオラール家を討つために動いてもらう事。
二つ目は、アリスに信用してもらい、オラール家を敵としてたってもらう事。
そして、最後は、二人が教室に来てくれる事。
口から可笑しな笑い声が出て来る。
ははは。もう、無理じゃないか。
どうしようもない現状に、気持ちは急に冷める。
二人を簡単に、敵に回した俺を信じられるわけがないじゃないか。それに、俺は二人に向かって、なんて言うんだ? まさか、アルフレッド派閥に入ったら身が危なくなったから、俺を助けてくれとでも頼むつもりか?
あり得ない。そんな、恥知らずな事出来る訳が無い。それに、クレアやアリスが助けようと思うはずがない。
震え、涙を流すほどの、アリスの気持ちを踏みにじったんだ。クレアの想いも、俺は偽物の気持ちだと、酷に断ち切ったんだ。
自分の行為が、いかに悲惨なことか、思い返され、死にたくなる。そして、糸が切れてしまったみたいに全てを諦めた。
全身の力が抜け、血だらけの床に寝転び、天を仰ぐ。脳は回転しすぎて擦り切れたのか、何も浮かばない。ただ、薄暗くて青白い天井しか見えない。
だが、ふとユリスの姿が浮かぶ。ユリスが俺を成長させようと訓練をかしている。膨大な書類を淡々とこなしている。俺の事を心配している。領の祭りの為に働き、領民の喜ぶ姿に満足している、
次には、マクベス。訓練の後も休みなく朝まで巡回している姿。ハルは涙をにじませ、泣き言を言いながらも、ペンを走らせている。ジオンは、汗水を流して、領民と工事を終えた姿。続々とドレスコード領の皆んなの姿が浮かび上がって来る。
俺はそんな回想を振り切り、自然に立ち上がる。そして、扉から外に出て、暈けた廊下を駆け抜けた。
何を諦めようとしてたんだ俺は! 皆んなが、あれ程、辛い想いをして、努力して、守って来たドレスコード領だ! 無理だろうと諦めるわけにはいかない!
アルフレッドがああ言っただけで、絶縁した、アリスもクレアも来るわけがないと言うのはわかっていた。けれど、俺は教室まで、必死に足を動かした。
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