アルフレッドの真意1
窓の外は、未だ暗く。室内には、燭台に炎が灯されていた。目の前には、いつもと変わらず、黒革のソファーにアルフレッドが踏ん反り返っている。アルフレッドの顔が炎に照らされ、オレンジ色に染められ、不敵な笑みがあらわにされていた。
「ちゃんと、用意してきて偉いじゃないか」
アルフレッドは俺の足元に置かれている3つのリュックサックを見て、そう言った。それは、勿論アルフレッドに課せられた課題で、中には水と食料が詰まっている。
「勿論、持ってきましたよ。ちゃんと、教えてくれるんですよね?」
俺は、今まで答えてくれなかった事を確かめるため、そう尋ねた。すると、アルフレッドは、穏やかな笑みを見せる。
「まあ、待て。お前が傘下に入れてくれと頼んだ時、俺が何と言ったか覚えているか?」
妙に呑気に言ったアルフレッドに、はぐらかされている気がして、言い返す。
「ちゃんと、覚えてますよ。早く教えてください」
「だから、待てって。何と言ったか、答えてみろ」
こうなると、どうしようもないことは、今までの経験から分かっていたので、渋々答える。
「貴族の誇りと、アルフレッド様の傘下になるという件です」
アルフレッドは満足そうに頷いた。
「そうだ。俺は確かにその事について語った」
「それが、どうしたんでしょうか?」
俺が尋ねると、アルフレッドは藍色の鷹のように鋭い瞳を向けてくる。
「一つ聞く。お前が、オラール公爵家ではなく、俺の傘下になる、という意志は変わってないか?」
これは、ついに俺を傘下として認めてくれる、ということでいいのだろうか。それならば、答えはイエスだ。
「はい」
「そうか。つまり、貴族の誇りを持つ、と言う事でいいか?」
アルフレッドが何か含みを持たせて問うて来るが、この答えもイエスだろう。元々、そう言う約束で、派閥に入ることになっていたのだ、当然である。
「はい」
俺が肯定すると、アルフレッドは、小さな声で「すまんな」と呟き、立ち上がる。
「今の言葉、嘘偽りなし、とさせてもらう」
アルフレッドはそう言い切って、いつかのように窓際に立ち、突如語り始める。
「父から聞いた話をする。今から数十年前、当時の王は家臣の子を守り、暗殺された。それは、隣国の手によるものの仕業らしい」
俺はアルフレッドの言葉に驚愕する。アルフレッドが語り始めたのは、何の脈絡もない事であるが、気にする余裕すらないほど驚いた。というのも、歴史のテストの範囲で、俺も調べるに調べ尽くしたが、そんな事実は見つからなかったからだ。
「その結果、空いた王位にどこが就任するか、難儀した。だが、そのうち、二つの有力貴族に絞られる事になる」
アルフレッドがそう言った瞬間、嫌な予感が瘴気のように湧き出してくる。
「グモド家とオラール家だ。そして、知っての通り、グモド家が勝ち王位に就いた」
薄々、アルフレッドが言いたいことがわかってきて、全身に鳥肌が立つ。
「しかし、この事は、国の安定を目指した亡き王の意志をついで、歴史から葬られた。だが、オラール家の人間は未だに忘れていない」
ここまで言われてやっと気づき、恐る恐る尋ねる。
「……で、トーポ帝国の手を借りて王座を狙っている?」
俺の問いにアルフレッドは深く頷いた。
「ああ。それで、この前の模擬戦だ。オラール家は、王女を殺し、以前と同じく、跡継ぎがない状態を狙っている」
貴族の誇りの話を持ちだして来た事と、ようやく繋がり、アルフレッドが、最初に問うてきた理由がわかる
「だから、オラール家ではなく、アルフレッド様につけ……と」
「そうだ。貴族として、自らの欲の為に誇りを捨てるような行為なんて許せる訳が無い。その上、帝国の手を借りて仕舞えば、この国はすぐにでも帝国の支配下に置かれるだろう」
そこまで言うと、アルフレッドは口調を荒げる。
「他国の支配下に置かれた民が、今までの生活を送れる保証はどこにあると言うのだ!」
アルフレッドの怒りに俺は自分が情けなくなる。他国の支配下に置かれた時のことを本気で考えていなかった。
他国の支配下に置かれたとしても、この国の貴族であるオラール家を傀儡にするだけならば、扱いは変わらない可能性が高い。だが、完全な保証はないのだ。民を思えば、絶対に避けなければいけない事である。
「だから、俺は貴族の誇りをお前に持つことを命じた」
アルフレッドの言葉の真意。それは、父であるオラール家に対して、反旗を翻すという事。その為に、俺に加担しろ、というもの。
確かにアルフレッドの言う事は、間違っておらず、義もある。だけど、危険すぎる。
「目的は理解できます……でも、かなり厳しいと思います。するにしても策はあるんですか?」
「準備はお前が済ませた。王族派閥を束ね、お前が父を討ち取れ」
「そんな無茶な!?」
アルフレッドのあまりにもな要求に、声が跳ね上がった。
それは、負け戦をひっくり返すようなもの。到底、出来るとは思えない。だが、俺が出来ると信じているのか、アルフレッドの瞳は真剣であった。
「俺はお前が嫌いだ。だが、能力は認めている。お前はこの学園であらゆる困難に上手く立ち回り、正確な戦力分析も出来ている。だから、どこがオラール家から引き抜けそうかも、全てわかってるだろ?」
今まで、アルフレッドが派閥の人間や入りそうな人間に俺を信じろと言ってきた意味がわかる。王族側に引き抜かせる為だ。確かにできない事はない。だが、そうだとしても、相手はバックに帝国がいて、流石に無謀すぎる。
「非現実的です。アルフレッド様が後に王位を継がれるまで耐えてはどうですか? それか、暗殺を選ぶとか?」
俺はアルフレッドに現実的な提案をした。確かに、アルフレッドの父を討とうする意味はわかる。だが、アルフレッドのカリスマは強い。世代が変われば、アルフレッドに従う貴族は、帝国の介入を防ぐことが出来る筈だ。
それに、暗殺も考慮に入れても良いはずだ
しかし、アルフレッドは俺の提案を一笑に伏す。
「暗殺など、誇りに欠ける行為だが、出来るならしている。それに、俺が運良く王位を継いだとしても、数年、父が王になる。俺はそんな奴が国の長になるのを許せない」
アルフレッドは「それに」と続ける。
「お前はそう言うと思ってたぞ。だから、今日まで、俺はお前に言わなかった」
アルフレッドの言葉が全くわからない。だが、どうしようもない不安、恐怖に襲われ全身から冷たい汗が吹き出る。
「どう言う……!?」
「俺は国内を荒らす、王家の人間が許せなかった。そして、父を討つ為には、この機会が最高なんだ」
「だから、どう言う意味だよ!?」
俺は、アルフレッドの意味深な言葉に不安で満たされ、体内がざわめき、叫ばずにはいられなかった。そんな俺をあざ笑うかのように、アルフレッドは告げる。
「今日から宰相も王も目を覚まさないだろう」
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