アルフレッドが教室に来た
扉が開いた瞬間、教室は静まりかえった。
今日は卒業式の前日。最後の授業後すぐ。さっきまでは、先輩が卒業していく切なさなどの想いを口にして、誰も教室から去らず、盛り上がっていた。しかし、今、扉の外にいるアルフレッドを皆はただ黙って見つめていた。
何故、突然ここに来たのだろうかと焦っていると、アルフレッドは教室を一望して、教室に入ってくる。アルフレッドは、ただ一人、机に向かっているクレアに対して歩を進めた。
クレアは近付くアルフレッドを気にせず、ここ毎日取り憑かれたようにやっていたように、ただ黙々と原稿に向かって筆を走らせている。
「おい、アルカーラの長女」
低身長のアルフレッドは、座っているクレアをギリギリ見下ろして言った。流石に、声を掛けられた事には気づいたのか、ふと顔をあげる。しかし、すぐに、視線を原稿に戻した。
以前では、全く考えられない反応に驚く。この二人が顔を合わせたならば、確実に罵声の浴びせあいが起こり、周囲は肝を冷やす展開になっていた。
それが、どうだ。今はアルフレッドの存在すらどうでもいいのか、ペンを走らせ始めた。
アルフレッドも、そんなクレアの様子に疑問を抱いたのか、何も言わず、原稿を見つめる。すると、アルフレッドは、呆れた声を出した。
「なんだそれは。貴様が主人公じゃないか。現実逃避もいい加減にしろ」
その瞬間、クレアの握っていたペンがへし折れ高い音を鳴らせた。そして、クレアは顔をあげ、アルフレッドを憎々しげに睨んだ。クレアの黒い瞳は、漆黒の情動を孕み、見る者全てを凍らせる。
「……じ…んに、き……か?」
「はあ?」
「じま……に、……たのか?」
「何と言ったんだ?
ボソリと呟いたクレアにアルフレッドは聞き返すと、クレアは大声で叫んだ。
「自慢に来たのかと言っている!!」
クレアの覇気に皆は呑まれ、窓が震え割れそなほど響く。そして、クレアは机を蹴り上げ、木屑を火花みたいに散らせ、真っ二つに裂いた。
あまりの、迫力に血の気が引く想いがする。だが、頭の中には一つのことに支配されていた。
……何で、そうなった。
舞い上がった、紙がひらひらと舞い降り、地面に着地すると、クレアは立ち上がった。そして、アルフレッドを見下ろす。
「おい、もう一度聞く。自慢に来たのか?」
氷なんて比べるにもおこがましい、と思わせるほどの冷たく問うたクレアに、平然とアルフレッドは答える。
「ふんっ。自慢出来るような事ではないだろうが」
「だったら、何だ? 嘲笑いに来たのか? 意中の男に全く振り向かせようとして来たのに、全く振り向かせられないどころか、挙句、敵に回られた惨めな女を!」
クレアはそう言って、今度は暗闇如く、どす黒い雰囲気で教室内を飲み込んでいく。それでも、アルフレッドは平然としており、淡々と話し出す。
「貴様が何を想ってようが、どうでもいい。卒業式の朝6時、この教室に来い」
「誰が、貴様の指示なんて受けるか」
「最後に、お前にチャンスをくれてやる」
「チャンス? はっ、笑わせてくれるな。この私に何の希望が残っているって言うんだ?」
「6時にドレスコードの奴を教室に向かわせる。俺は明日の早朝、奴にある事を話しておく」
クレアは自嘲気味に笑っていたが、アルフレッドの言葉を聞いて息を呑んだ。俺もクレアと同時に息を呑んでしまう。
な、何で、俺を巻き込む……?
「おい、王女。貴様もだ。明日の6時に、この教室へと来い」
アルフレッドは、今度はアリスに向かって言い放った。
「ちょっ、アルフレッド様、それは…!?」
思わず、大きな声が出た。クレアですら気まずいのに、この前、絶縁したアリスと場を同じくすることは流石に出来ない。だが、俺の想いとは反対にアルフレッドは残酷に告げる。
「俺が決めた事だ。変更はない」
そう言って、アルフレッドは教室から出て行ったが、俺は、素直に受け入れられず、追いかける。教室の後ろ扉を乱暴に開き、廊下を駆け抜け、階段の踊り場で後ろ姿を捕らえた。
「ま、待って下さい!」
アルフレッドは忌々しげに、振り返り、階段の下にいる俺を見下ろしてくる。ちょうど、踊り場の窓から夕陽が差し込み、眩しくて顔が見えづらく、何を考えているのかわからない。
「何だ?」
「さ、さっきの何ですか!?」
「明日話す」
「明日話すじゃないです! 絶対に俺じゃ無理だ!」
俺が本心から叫んだにも関わらず、アルフレッドは溜息を吐いた。
「俺も貴様じゃなくて出来る事ならば、他に頼んでいる。これは変えられない」
アルフレッドの声色は重く、どうしても変えられそうにない、と感じる。だが、簡単に認めるわけにはいかない。どうすれば、いいのか考えていると、アルフレッドは尋ねて来た。
「おい、勧誘した人間がどうすれば、派閥に入るかわかったのか?」
「はあ?」
全く関係ない話題を出して来たことに混乱して聞き返すと、アルフレッドは再び重い声を掛けてくる。
「重要なことだ。しっかり、答えろ」
何故、今聞いてきたのか分からないが、有無を言わせぬようなアルフレッドの言葉に、答えることにする。
「そりゃ、毎日、寝る間も惜しんでやって来たんだから、わかりますよ」
すると、アルフレッドから満足そうな声が返ってくる。
「そうか。なら、心配はない。今日は早く帰って寝ろ。明日は早い」
そう言って、去ろうとしたアルフレッドを止めようとしたが、「これは命令だ」と釘を刺され、どうすることも出来なかった。
発売まで、後一週間です。宜しければ、お願いします。





