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関係

 

 二人がバタンと倒れ、教室内の空気がさらにおかしな事になる。


 責めるような視線、気の毒な人を見るような視線、むしろ良くやったという視線が集まる。だが、大半からは「あ〜あ、やっちまったなぁ」といった視線をぶつけられる。


 身内のはずのユスクすら、酷く苦々しい顔をしている。


 いや、俺にどうしろって言うんだよ!


 そんな不満をぶつける前に、ユスクは手を叩き、あからさまに何かを思い出したふりをする。


「あ〜、そろそろ時間だ。わりっ、クリス君頑張って!」


 そう言って、ユスクはスタコラと去って行った。


 ユスクの動作は早く、俺は、去り行く背中に向けて、ただ手を伸ばすことしか出来なかった。


 どうしよう。つく陣営を間違ったかもしれない。


 ユスクが去った後も残る、複雑な空気に後悔させられた。


 クレアとアリスを見ると、何人かに引き起こされて、机の上に上半身をマグロのように打ち上げられていた。そして、関与しないクラスメイトは未だに俺から視線を離さない。


 どんな状況だよ!?


 あまりの居心地の悪さに、助けを求めるように隣を見た。


 ミストは依然不機嫌そうにしていたが、俺が見ているのに気づいたのか、目を丸くする。しかし、すぐに、不機嫌さを取り戻し、俺から顔を背けた。


 一体、どうすれば良いんだ、と悩みつつ、身を縮こめて椅子に座ると、始業のベルが鳴った。クラスメイトたちは俺に多様な視線を送りつけて来ながらも、自分の席へと帰って行った。


 た、助かった。今ほど、始業のベルに感謝したことはない。


 のちに、先生が入って来て、机の上に倒れこむアリスとクレアを見て慌てた。しかし、クラスメイトは大人びた顔で「静かにしといてやれ」という雰囲気を作り出し、先生は戸惑いながらも普通に授業をはじめた。


 なんだ、この空気……。なんというか、どうしようもなく微妙な気持ちになる。


 だが、こんな空気も一時的なもので、そのうち終わるだろう。それよりもしなければいけない事は、アルフレッドの味方をどうやって増やすかだ。


 考えられる作戦は、俺が声をかけていき、一人一人説得していく事だ。正直、貴族事情を知った今の俺なら、押せばどうにかなるような貴族や、未だ決めあぐねている貴族もわかる。そんな、貴族の家の子弟に対して、説得し、親に進言してもらえば、オラール家の傘下に入るだろう。


 しかし、王族派閥の中では、王族に忠誠を誓う貴族も少なくないので、引き抜きはあまり期待出来ないだろう。やはり、狙い目は中立派か。中でも、多数の貴族を束ねるピアゾン伯爵、ミストを引き抜きさえできれば、一気に戦力は傾く。


 ふと、隣を見る。ミストは、顎に手を当て、窓の外を見ていた。桜色の柔らかな髪から垣間見える表情は、どこか物憂げで、授業なんて上の空といった様子だった。


 さっきから、ミストの反応が読めない。一体、何を考えているのだろうか……。


 まあでも、ミストが何を考えているかは分からないが、授業が終わればミストに声をかけてみよう。


 どうやってミストを誘おうか考えていると、授業の終わりを告げる鐘がなった。


 先生が去ると、ミストに声をかける。


「なあ、ミスト。ちょっと話があるんだ」


 ミストは顎に手をついたまま、こてん、と首を傾けて俺を見上げて来た。


「なんだい?」


 ミストは頬を緩め、目尻を下げてのそきこんで来た。


 そんな、ミストのどこか嬉しげな表情は、髪色と同じ桜咲く春のように朗らかで、花畑の暖かい風のように柔らかい。なんと言うか、普段見られないミストの表情につい息を飲んでしまう。


 本当に、ミストの気持ちが読めない、と思っていると、ミストは口を開いた。


「話があるって言って、黙っちゃうなんてどうしたんだい?」


 どこか、満足げで小悪魔な笑みを浮かべて尋ねて来たミストに、してやられたと感じる。


 こいつ、自分の可愛さに見とれた俺をからかいやがったな。


 まあ、でもおかげで、我に返ったので、当初の目的を告げる。


「あのさ、俺はアルフレッド側につくことにしたよ」


「みたいだね」


「だからさ、ミストも宰相側につかないか?」


 俺が、そう問うと、ミストは先ほどの顔が霞むくらいの、明るい笑顔を浮かべた。しかし、すぐに不機嫌そうな顔に戻り、俺から顔を背け、下唇を噛んだ。そして、どこか苛立たしげな雰囲気を醸し出す。


 え? これって、どういう反応? わけがわからない。


 なんというか、今日のミストは情緒が不安定に思える。全く、ミストらしくない反応だ。


 ミストの返事が返って来ず、俺はミストの華奢な背中を見続ける事しか出来なかった。それから、どれだけ経っただろうか。長いとも短いともつかない時間にミストは終止符を打った。


「……考えとくよ」


 その声はあまりにぶっきら棒であった。そして、どこか苦悩と葛藤といったものを含んだ言い方だった。


 下手したら生死を分けるような事なのに、俺はミストに答えを濁されたことなど、全く気にならなかった。ミストの反応が余りにおかしすぎてその事ばかり気にしてしまう。


 本当にミストの考えがわからない。だけど、聞けるような空気じゃないしな。


 それから、俺は特に何も出来ず、「考えてみて」と告げ、次の授業の準備をした。




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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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