回想
何故俺がオラール家につくことに決めたのか。語るには、冬の長期休暇の時の話を振り返らなければならない。
暖炉にくべた薪からパチパチと音が聞こえる。
俺は椅子に逆さまに座り、暖炉の方を見た。しかし、暖かい光を放つ、火の姿は見えない。というのも雪を思わせる銀髪の女が、暖炉の前で毛布に包まっているからだ。
「ねえ、ユリス? そこを退いてくれないか? 部屋が暖かくならないんだけど」
「そうですか? 私は丁度いい温度だと思うのですが?」
「うん。まあ、そこだと丁度いいだろうね。でも、そこじゃなかったらどうかな?」
「分かり兼ねます」
そういって、ユリスは可愛らしくリスのみたいに小首を傾げた。
椅子に座り直し、ハルに視線を向けると、ただ頷きだけが帰って来た。他の面々にも顔を向けたが、反応は同じ。
言うだけ無駄。ただその事に同意を示したのだろう。
諦めて、テーブルについている、ハル、ジオン、マクベスの顔を順々に見た後、声をかけた。
「え〜と、定例の会議を始めます。それじゃ、ハルから時計回りで」
ハルは気怠そうに立ち上がり、語り出す。
「まずは、現状から。ここ一年で、子爵家は大いに発展したな」
ハルの言う通り、この一年で子爵家は大きく発展した。人口、税収、生産率、全てはここ数年分以上に増えた。というのも、規模が大きくなればなるほど、増加率が増えたからだ。
今や、飛ぶ鳥を落とす勢い。国内においても、我が家は侮れない存在となりつつあった。
まあ、国内事情がわかるようになったのも、昨年くらいにようやく情報機関が機能するようになったんだけどね。
「文官の不足も塾生の卒業生から解消され、工事や輸入に回す金銭も余裕が生まれてる。また、従来の特産品の事業に加え、綿を加工した衣類の生産、輸出も順調だ。金だけは、大貴族にも引けは取らないってところか」
「うまくいってるって事でいいんだよね?」
「ああ。農民による開拓、塩水選も上手く行って食料生産は問題ねえ。懸念事項だったアルカーラ家の撤退もなかったしな」
そうなのだ。何故かわからないが、アルカーラ家は撤退しなかった。うちの市場に食い込んで、利益を得ているためかもしれないが、違う事情もあると考えている。
何故なら、アルカーラ候爵からの手紙が届いたからだ。内容は、「娘の意思を尊重する事にした。娘を信じているからね」という事を堅苦しく書いてあった。
恐らく、クレアが俺に怪我を負わせた罪悪感から、侯爵に何か告げ口したのだと思う。
「あとは、そうだな。細々とした問題はあるが、特に危機的な問題はないな」
細々とした問題っていうのがどんなものかは解らない。けれど、一歩間違えば詰む状況であったうちにとっては、そんな問題は問題ではないに等しいってものだ。ハルに任せれば上手くやってくれるだろう。
「ありがとう。じゃあ、次、ジオン」
指名すると、ジオンはすっと立ち上がった。
見るたびに、隈を作って、折れそうなほど華奢な姿に心配していたものだが、今は見るからに元気そうである。
「分かりました。街を取り囲む外壁、堀の製作が無事終了しました。今は細々とした工事の指揮と新たな都市の建設の計画を練っているところです」
うちの都市は、オラール家に仕組まれた工事が無事に終了したお陰で、堅固な城郭都市に姿を変えていた。また、増えすぎた人の為の新たな都市まで建設する計画まで立てている。
「ご苦労様ジオン」
「いえ、なんというか、今まで寝れず酷使されていたせいで、物足りなさを感じてます」
「それはごめん」
都市の建設計画はかなりの労力が必要なのだが、天才のジオンにとっては物足りないらしい。というよりは、今まで朝昼現場、夜設計と無理をさせすぎたかもしれない。
俺は少しでも、労ろうとジオンを座らせた。そして、マクベスを指名する。
「じゃあ、マクベス」
「そうですね。子爵家の兵、兼公務員の数が500を超えましたね」
マクベスは立ち上がり、長い金髪を掻き分けてから言った。
「練度は?」
「勿論ですよ。新兵も、塾生上がりは素晴らしく、槍なんかはうちの従士にも引けをとりませんね」
「おお! じゃあ、農民たちは? 一応、賊から身を守るくらいには訓練できてる?」
俺がそう言うと、マクベスは乾いた笑い声をあげた。
「ええ。それは勿論。長弓は並の兵士より優れていますね」
「すげえじゃん! そんなに訓練してないのに凄いことだよ! どんな訓練してるの!?」
興味本位から尋ねると、マクベスは物凄く微妙な顔をして、ユリスに視線を移した。
「うちの訓練って、物凄くスパルタじゃないですか? そのせいで、鬱憤を晴らそうと、教える兵士が物凄く厳しい訓練を科すんですよ」
「へ、へえ……」
「農民もお金を貰ってる以上、文句言えないわけじゃないですか。その矛先が賊に回って、見つけるとすぐにうちから武器を借りて、蹂躙しに行くんですよ……」
俺はなんとも微妙な気持ちになり、ただ無言でユリスに目を向ける。すると、ユリスは再び小首を傾げた。
本当にわかってないんじゃないか不安になった。
まあそれは置いといて。武器の増産が忙しい、というハズキが今日いない理由も理解できた。
マクベスの報告を終え、現状を鑑みる。なんだかんだあるが、順調すぎるくらいに順調。それも、個々人が素晴らしい仕事をしているから。加えて、暖炉の前でほかほかしている姿を見ると、認めたくはないが、これだけの事を全て纏めあげているユリスの尽力が大きいだろう。
俺はそんな想いからユリスを再び見た。
「褒めて頂いても構いませんが?」
「なんで、これはわかるんだよ!」
わからない筈の内心を読み取り、小首を傾げなかったユリスについ叫んでしまった。
その後、ユリスに適当にお褒めの言葉を告げ、皆に向かって纏めを言う。
「まあ纏めると、うちは順調すぎるくらいに順調だね」
その一言に、言った自分も含めて、皆がため息を吐いた。
「……だよね。流石にもう中立はダメだよね」
「ああ。ここまで戦力や資金、兵站を持つとなれば流石にな……」
三家と戦う実力は未だ無いが、相手にすれば厄介な存在にはなっている。これから先も順調に発展して行く見通し。これ以上待ってもらうのは無理な話だ。今はまだいいが、すぐ何らかの事件を起こしてくるに違いなかった。
「で、今度はクリス様に質問するぜ。学園で情報は得られたのか?」
「うん。学内は王族派、宰相派、中立派に別れてるよ」
「じゃあ、どこに付くべきだと思うんだ?」
「宰相が今の現状なら勝つ」
ハルの質問にそう言い切った。
俺もここ1年間何も動かなかったわけではない。俺はアルフレッドのサロンにキユウを通して、顔を出すようになっていた。そこで、アルフレッドの派閥を見ると、テスト、模擬戦、その他で得た情報から有能な人間が揃っていた。
更に、ユスクから聞く貴族事情、その他サザビー商会を通して忍ばせた商人による調査などを行なった。その為。既に各貴族の信用度まで理解出来ており、総合的に考えてアルフレッドのいる宰相派が勝つと断言できるのだ。
「クリス様もそう思うか。何より、隣国のトーポ帝国の力が大きいな」
「うん。そうだね」
ハルの同意に同意で返した。ユリスに目を向けると、ユリスも頷き返して来た。
そういうわけで、俺はアルフレッド陣営につく事を決意したのであった。
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