一年数ヶ月後
模擬戦から一年と数ヶ月後。放課後の教室は殺伐としていた。
季節は別れのシーズンを控えた冬と春の境目。誰もが、各々に思うところがあり、複雑な心境を持つ為……ではない。俺の隣の席で繰り広げられている舌戦のせいである。
「いい加減、どちら側につくかハッキリして欲しいものだがな」
「はぁ。そんなこと、三女の私に言われても困るんだけど」
隣には見下ろしている黒髪の少女と、頬杖をついた桜色の髪の少女がいた。学年が上がって、クラス替えが行われたにも関わらず、二人と同じクラス。ミストに至っては隣の席である。
「辺境領の生徒を纏めて派閥を作っている女が何を言うんだ。私のお勧めは宰相側だ。早く、オラールの長男にでも尻尾を振ってこい」
「ははは。王族側についてるクレアさんがそんなことを言ってもいいのかい?」
「勿論だ。早く滅ぼしたくて仕方がないからな」
「ほう? やるかい? 私は一向に構わないよ」
空気がさらに冷たく張り詰める。もうむしろ、凍ってピシリとヒビが割れそうなほどである。
この二人の会話の刺々しさに加え、話の内容も派閥の話。冷えるのは無理もなかった。
既に学校ではある程度の派閥が、クレアの王族派、アルフレッドの宰相派、に大きく二分され、残りは中立と固まり始めている。中立の中では、ミストがピアゾン領周辺の貴族を集めて最大の派閥を作っている。
当然、このクラスにも全派閥の人間がいるのだが、この二人の間に入るどころか、長を応援することすらせず、スタコラさっさと帰っていく。それほど、怖くて仕方ないのだ。
俺も巻き込まれないように、席を立った。しかし、その瞬間に声が聞こえた。
「そんなに中立なのを気にするんだったら、もう一つ気にする家があるんじゃない? ねえ、クリス君?」
ミストに名前を呼ばれる。くそっ、一歩遅かったか! もう本当にやめて欲しい!
痛む胃を抑えて、仕方なく振り向いて答える。
「いやぁ、何のことかな? ちょっと分かりかねますので帰っていいですか?」
俺がそう言うと、どことなく気まずいような、悲しいような顔でクレアが見つめてきた。そんな顔をされると、こっちまで気まずくなる。
模擬戦の後から、クレアとは気まずい関係が続いている。
ミストと喧嘩していた時には全く見られなかったが、模擬戦の後、クレアはずっと悩み、落ち込んでいたのだ。それはもう、見てて辛くなるくらいには暗かったのだが、流石に一年という期間を落ち込み続けなかった。
だが、ミストから話を聞くと、クレアは俺をボコボコにした事の罪悪感で、今でも悩んでいるらしい。それなら、謝って来たら気持ちも晴れるだろうに、という話なのだが、クレアは何故かわからないが謝ってこない。
良くわからないが、俺の予想では、まさか「ボコボコにしてごめんね」と謝れる訳がない。そうクレアが考えているんじゃないかと思っている。
まあ、そんな訳で、クレアは俺に謝ろうにも謝れない、さらには未だ罪悪感を引きずっているという訳だ。
しかし、その癖、俺に対して何もして来ないということはない。模擬戦後から、俺の前でやたら可愛い仕草をこれ見よがしにしてくることが多くなったのだ。
最初は、俺にまだ気があるのかと思った。しかし、前みたいに向こうから関わろうとしてくるのではなく、俺の気を惹こうとしてきているように見えた為、「お前が逃した女はこんなにいい女なんだぞ」と当て付けされている考えている。
よくよく考えると、謝ってこないのもそのせいかもしれない。
でもなぁ。今の顔とか見てる限り、当てつけしてきてるとも思えないんだよなぁ。
何というか、クレアの事が全然わからないのが、俺の気まずい原因なのかもしれない。
「なんか、この空気好きじゃないなぁ」
気まずい空気に耐えかねたのかミストが声を発した。
「いや、空気の好みは知らないけど、俺は帰らせて貰うよ」
そう言うと、ミストは顔を明るくさせて立ち上がった。
「じゃあ、私も帰るよ! クリス君、一緒に帰ろう!」
「お、おい待て!」
ミストが鞄を持った瞬間、クレアは大きな声でミストを止めた。そんなクレアに、ミストはジト目を向ける。
「なに? クレアさん? まさか、私達の下校を邪魔しようって言うんじゃないだろうね?」
「っ!? ち、違う!」
「へえ、じゃあどんな用があるって言うんだい?」
「そ、それは……さっきの話が終わってない!」
「私は今は中立。何を言われても変えることはないよ。はい終わり」
「くっ!」
クレアは悔しそうに歯噛みし、俺に助けを求めるような視線をぶつけてくる。
いや、そんな事されても……。それに、何で引き止めたいのかもわからないし……。
ミストは、悔しげなクレアに向けて、ニヤリと笑い、俺の腕に抱きついてきた
「どうやら、無いようだね! じゃあ、行こうかクリス君!」
「ちょっ、ミスト!?」
「ふふん、どうしたのかいクリス君?」
恨めしそうな顔で、ギシリと歯ごとすり潰してしまいそうな音を立てるクレアとは反対に、ミストはニマニマして俺の顔を見上げてきた。
ミストのゆるやかな瞳が真っ直ぐに向かい合い、妙に恥ずかしく視線を上に逸らした。しかし、未だ腕には顔を熱くさせるふわふわの感触と……あれ? どくりと響く振動?
「……っ!?」
胸の鼓動を感じた瞬間、ミストは短く息を飲んで俺の腕を放した。
あまりにもあっさりと放したので、奇妙に思いミストをみる。すると、白桜色の唇を尖らせ、頬をほんの少し桃色に染めていた。
え? なに? この反応?
そんなミストの意外な反応に戸惑っていると、急に後ろから声を掛けられる。
「ね、ねねねねねえ!」
振り向くと、腰が引けたアリスの姿があった。アリスは指をモジモジさせながら話し始める。
「わ、私も帰りたいって言っちゃ……すみません、嘘です! で、でもやっぱり嘘じゃないって言うか……」
なんで、アリスがいるのかツッコミたい気持ちもあったが、一刻も早くこの場を去りたい気持ちから口を開いた。
「いや、今日は用事があるんで一緒にとか無理です」
*********
3人と別れを告げた俺は、最上階にある部屋に来ていた。
動物の毛皮でできた趣味の悪いソファーに座る、太り気味の男は、高慢に尋ねてきた。
「で、用とはなんだ?」
俺は、目の前のアルフレッドにハッキリと答える。
「俺をオラール家の派閥に入れてください」





