模擬戦終了
クレアの剣に自らの剣を合わせる。剣が交わると火花が弾けるように散った。そのまま鍔競り合うが、押し飛ばされ、仰け反った勢いのまま後転して立ち上がり、体勢をたて直す。
立て直したのはいいものの、一瞬で距離を詰めてきたクレアに刺突を放たれ、目の前に剣先が迫る。慌てて首を横に倒すが、頬を切り裂いて、顔の横を銀の閃光が走っていく。帰ってくるであろう閃光を予測し、Uの字をなぞるように上半身を動かした。
そして、案の定帰ってきた剣を躱し、今度はこちらから突き返すが、あっさりスウェイで躱される。俺が剣を手元に引くのに合わせて、クレアは足を前に踏み込んできた。
やばいと思ったのも束の間、力強い袈裟斬りが迫り来る。半身にして仰け反り、肩の前に剣を出し、受け止める。手には金属バッドを思いっきり硬い岩に叩きつけた時のように、体は車に轢かれたような衝撃が走る。
そんな衝撃に耐えられる訳もなく、合わせた剣ごと背中から地面に打ちつけられる。体はその衝撃で跳ね上がり、一瞬視界が真っ白になった。しかし、僅かに見えた追い討ちをかけるように振り降ろされる剣を捉え、ごろりと転がって躱す。
背中に響く鈍痛を堪えて立ち上がり、クレアと距離をとった。
喉奥が詰まって息が出来ず、顔に熱がせり上がってくる。口の中は鉄の匂いで満たされ、吐き気を催し、手は痺れて、震えている。だが、模擬剣を手放す事なく構え、クレアを見た。
クレアは、先ほどの鬼気迫るような様子は消え失せ、剣を下ろし俯いていた。
「……知っても、やはり変わらないな」
ぼそりと呟いたクレアは顔を上げて、こちらを見据えてくる。
クレアの言葉の意味が読み取れない。身体中に広がる痛みが邪魔をして考えられない。脳が思考を停止する。
「クリス。私は頑張るよ。障害があるなら取り除くまでだし、わかってもらえないなら、わからせるだけ。振り向いてもらえないなら、振り向かせるまでだ」
そう言って、クレアは俺に剣を向けた。クレアが何て言ったのかも理解出来ず、息苦しさから脳は真っ白になる。だが、視界に捉えた剣を構えたクレアに、使命感にも似た闘争心だけが沸き立つ。
ただ全てを出し切らないといけない。
瞬時に痛みが消えていく。今までに感じた事のない集中力がみなぎる。痛みは感じられないというのに、指先まで神経が尖りきる。そして、俺は駆け出しクレアに向けて剣を振り下ろす。
素早い身のこなしで躱された。気にせず、俺は剣を振り続ける。しかし、剣は何度も虚空を切り続ける。
何度も何度も空気を裂いていたが、次第にクレアに剣が近づいていく。そして、遂にはクレアの鎧を掠めた。クレアは目を丸くしてバランスを崩し、千鳥足でよれる。
直ぐに距離を詰め全力でガラ空きになったクレアに向かって剣を振り下ろした。剣は最速で風を切って真っ直ぐにクレアに向かって進む。まるで稲妻のような剣撃、今までで最高の一撃。
だが、剣はクレアを捉えなかった。代わりに捉えたのは手に響く硬い衝撃。手は振り上げた位置まで跳ね上げられ、剣は手から離れて舞い上がる。そして目の前には鋼鉄のブーツが輝いていた。
少しの間、呆気にとられていた。だが直ぐに、クレアがよれて無理な体勢からピンポイントで手を蹴り上げたのだと理解する。
クレアを見ると、焦りの表情なんて一切見られず、ただ静かに足を下ろしていた。
そんなクレアを見ていると、熱せられていた脳が冷めていく。すると、川の底に石を落とし砂が舞い上がるように、笑いがこみ上げてきた。こんなに強い人間が、俺の方が強いと誤解したなんて馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
「クリス。まだやるか?」
クレアは優しい口調でそう尋ねてきた。
もうクレアは俺がクレアより弱いことなんて、分かりきっているだろう。それあってこその言葉だ。これでクレアは俺のことをなんとも思わなくなっただろう。
もう戦う必要はない。けれど、未だに痛みは感じられない。何かが俺の痛みを打ち消している。そして、その理由が思い浮かぶ。
「いや、まだこんなもんじゃないよ」
俺はそう言って、剣を拾った。
確かに戦う必要はない。けれど、それはさっきまでの話だ。クレアに本当のことを理解させることが出来た。だが、このままでは、ただクレアが去り、クレアの評価に従いアルカーラ家も手を引くことになる。なら、ちょっとでも食い下がって評価くらいは上げてやる、という俺の意地が闘争心を残しているのだ。
「……クリス。もう、いい。十分にわかったから。わかった上でクリスに言いたいことがあるんだ」
「わかったって何がわかったんだよクレア? 俺はまだこんなもんじゃない」
俺がそう言い返すと、ややあってクレアは剣を構えた。
「私がわかった事をクリスがわからないなら、わからせるまでだ。わかってくれないと伝えられない」
クレアの瞳は真剣で、強く熱が篭っていた。こんな、ボロボロの俺に対してまだ本気で掛かってくるようだ。だが、俺も引けない。
どこか、気持ちの良い風が吹き込み、互いに駆け出したその時。
「ストーーーーップ!!」
突然聞こえた静止を告げる声に、驚いて止まる。
声の方を向くと、頬に土をつけたアリスが嬉しそうに笑っていた。
「ねえクリス聞いて! 私やったよ!」
そう言って、アリスが指差した先を見ると、向かいの山から模擬戦の終わりを告げる狼煙が上がっていた。普通なら湧き返るような状況ではあるが、なんとも間の悪いというか、気まずい微妙な空気が流れる。
「あ……あれ? 私、もしかして、何かまずい……って、クリス!?」
アリスの言葉を聞いている途中に急に痛みに襲われ、目の前が真っ白になった。





