遅れてやって来る
「おい。手こずらせてくれたなあ」
振り向けば二人がにじり寄ってきていた。
やばい。どうしたら逃げられる。
模擬剣も投げてしまったし、戦えない。逃げ道を探すも三方から囲まれており、逃げ切れるとは到底思えない。
暖かい季節だというのに、空気は冷たく、肌を裂くように鋭く感じる。男達が一歩ずつ歩みよってくるにつれ、肺から空気がせり上がり苦しい。
「どうしたぁ? もう、終わりかぁ?」
自分達の圧倒的優位を理解したのか、軽薄そうな男は目を歪に歪めている。瞳は赤く光っているようにも見え、猟奇的なものを孕んでいる。
逃げ出そうにも逃げられず、もどかしさからか足は震えだす。息苦しさ、寒さから歯がカチカチとなり始める。
逃げればよかった。甘く見ていた。何処か浮ついていた。一瞬で数々の後悔の念が脳内に渦巻く。
だが、死を覚悟したからだろうか。走馬灯のように、今までのことが思い返される。
前世で、多忙を極めた記憶。今世で生まれ落ち、二本脚で立てるようになってから始まった、地獄のようなユリスの訓練。兄達の家督放棄のせいで、突然任されたハードな領主業。アリス、ミスト、クレア、アルフレッドに命懸けで気遣う学園生活。
全ての回想が終わると、震えは止まり、寒さなど消え、業火に包まれたように熱くなる。そして、ついには体のうちから爆発するような想いが溢れ出す。
「やっっっっっっっっっって! られるかぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
あまりの大声に木々は震え木の葉を散らし、鳥は飛び立す。大地が揺らがすかのように響く大声に、男たちは剣を落とし、両耳を手で押さえた。
そんな事も気にせず、想いの丈を溢れるがままに叫ぶ。
「なんで、こんなにしんどいんだよ!? 何、二回目の人生までこんなにキツいんだよ!?」
男達は勢いに飲まれ、目を丸くしている。しかし、まだまだ止まらず、構わず続ける。
「大体、お前ら誰なんだよ!? 折角、この日の為に苦労に苦労を重ねて、やっっっと上手く行きそうだったのに、偶々よく分からん奴らに口封じで殺されるって意味わからんだろうが!」
次から次へと口から勝手に言葉が出てくる。
「日々積み重なる問題を解決しては積まれの繰り返し! もう決めた! 俺は絶対にスローライフを送ってやる!」
そして、俺は指輪を光らせ拳大の石を創り出す。
「こんな所で死んでたまるかぁぁぁああ! 絶対にスローライフを送ってやるぅぅぅう!」
そう叫んで、背後を振り返り、俺の足を止めた男に石をぶん投げた。
石は俺の怒りが籠っていたのか火が燃え盛るようなごうという音を立て風を切り、男の頭に直撃する。不意にきた投石をモロに頭に受けた男はそのまま後ろ向きに、棒が倒れるように倒れた。
俺はすぐさま、倒れた男の側に駆け寄り、手元から零れ落ちた剣を拾った。
そして、二人の方を見ると、突然のことに呆気にとられていたようだが、ふと我に帰り殺意のこもった瞳を向けてきていた。
それを見て、頭の中まで熱せられる。
「こっちの方がお前らに何万倍もの殺意があるわ!」
怒りのままに男達に向かって駆け出した。
体は浮かすような熱に支配され、脳は大量のアドレナリンに支配される。視界は開け、目の前に広がる世界は、陰影までくっきりと見える。
目の前の男達は剣を構え、俺を迎え撃とうと剣を振り上げるが、空気の流れを肌に感じ、剣が重力に従う前に避けた。そして、男達の短い呼吸が聞こえた瞬間、俺は軽薄そうな男の首を剣の横腹で思いっきり叩いた。
軽薄そうな男は喉に手をあて苦しそうにもがいた後、気を失い静かになる。
「ひっ、ひいい」
大柄な男は、その立派な体躯に似合わず、小鳥のような高い声をあげ、腰を引いた。
そんな男に俺は詰め寄りながら、不満を吐き出す。
「そもそも、この模擬戦自体出るつもりは無かったのに! 大体なぁ! そもそもクレアが俺のことを好きっていうのはおかしいんだよ!」
男は全く身に覚えのない不満を吐き出されているにも関わらず、顔を青くさせた。
「どんだけ、恋愛経験がないんだよ! 強い人間に惚れるって、ちょろ過ぎるだろう!」
大柄な男は泡を吹き始めたが、構わず言葉を紡ぐ。
「そりゃ、あんなに可愛い子に好かれれば嬉しいよ! だけど、クレアは病的なまでに恋愛がダメだし、怖いし、家の事情的にも困るんだよ!」
男はついに、腰を落とし、地面に男の尿で水溜りを作る。
「その上、俺は偶々勝ちかけただけでクレアより強くないから、罪悪感が強いし、クレア自体も良い子だから余計に罪悪感が強いし!」
そして、最後に叫んだ。
「今日の模擬戦上手く言ってなければ、俺はどうすれば良いんだよ!」
俺の不安や複雑な感情を込めた問の返答は、勿論、気を失った男から返って来ることは無かった。
しかし、内心に溜め込んだものを吐き出した爽快感から気持ちは晴れやかである。
俺は少し落ち着いて、倒れ臥す男達を見る。
こいつらどうしようか。そう言えば、こいつら王女を暗殺しにきたとか言ってたな。それに、他国の人間だとして、何故この場所にいたのか。う〜ん、わからないけど、まあ良いか。衛兵に渡すのが吉だろう。
黒衣の男達の素性を考えたが、なぜかいつもより脳の回りが鈍く、衛兵につき渡してしまおうと結論づけた。
いやぁ。さっき、不安のままに、ああは言ったものの、正直、クレアの件は上手くやってくれてるだろう。そろそろ、奇襲部隊が終戦を告げる狼煙を上げてても良い頃合いかな。
そう思い、向かいの山を見ようと振り向いた。
「……クリス」
そこには、寂しげに佇む黒髪の美少女が立っていた。





