模擬戦
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山の麓まで降り、大樹を登る。
ザラザラとした表皮に指を這わせ、幹を抱きこむようにしがみつき、枝分かれした所に片足をかけて体を固定する。そして、かけた足に力を入れて体を引き上げて、また新しい所に足をかける。そんな動作を繰り返して、木の天辺までくると、枝を分けて、木の葉から顔を出した。
すると目の前には向かいの萌える山が見え、少し腰をあげ、見下ろすと、鋭く鋼に輝く集団の姿があった。集団は二つに分かれ、何もない野原にてきっちりと隊列を組み、200メートルくらい間をあけて対面している。
両者とも、綺麗に並んで降り、離れていても奥に比べ手前の集団が何列か少ないことが見て取れた。
案の定、相手側の方が多い。
それもそのはず、こちらは総員百二十名のうち、65名の半数を前線に出している。奇襲の合図を告げる要員を一人残して、後は奇襲のために夜のうちから山を登らせていたのだ。
瞬く俯瞰していると、二つの集団のちょうど中央から狼煙がもくもくと上がる。
その狼煙は、教師から聞かされた模擬戦を始める合図だ。
狼煙がぐわりと上がりきると、味方側の鎧の集団は大地が震えそうな叫び声を上げ、剣を掲げ一斉に走り出した。騎士の誉れ、突撃を開始したのである。
勇猛果敢に突撃する姿を見た相手は、冷静に両翼から矢を放った。木製の矢は弾幕を張って、降り注ぎ、鐙を着た学生に当たり、地面に倒れていく。ここからでは聞こえないが、どさりと重く鈍い音を立てているだに違いない。
木の矢といっても衝撃は倒れるほどの威力。相当なものに違いなかった。しかし、学生達は倒れても、後ろを振り返るとすぐに起き上がり、大声をあげて駆けて行った。
学生達の視線を辿ると、金色の鎧を着て、仁王立ちをする金髪の少女、アリスの姿があった。
昨日はアリスの言葉に不安を感じたものだが、どうやら、本当に士気は上げられているらしい。
奇襲を告げる合図は、味方の本陣で高い所に旗を掲げると決めておいたのだが、この調子なら旗を掲げるのももうすぐなのかもしれない。
味方の勢いは止まらず、矢を掻い潜り、残り数十メートルと迫る。敵の弓部隊は後方へと下がり、剣を持った騎士達と入れ替わった。
そして、遂に鎧は交わり、高い音を鳴らせる。剣戟の音を鳴らせ、ごちゃごちゃとした乱戦が始まり、鋼の海が出来上がる。
砂埃が大きく舞い上がり、激しさを増していく戦いは、次第に味方側が押し始めていった。波が押し寄せるように、じわりじわりと味方の学生は進んでいく。
遂には、相手の陣形に隙間が生じ、船底の穴から入り込む水のように、一気になだれ込んだ。
あれ? 普通に勝っちゃいそうなんだけれど……。
戦線は激しさを極め、遂には学生の集団の姿を消してしまう。
模擬戦の様子が見えなくなり、一度本陣に戻ろうと木を降りる。
山道を登り、本営まであと少しのところまで来た時に、ふと振り返ると、砂埃は相手の山の麓まで細く立ち上っていた。
すげえ。撤退させてるじゃん。これは、アリスを舐めすぎてたか。でも、撤退させすぎて、相手に籠られると俺の策が無為になるから、そこそこでやられて欲しいんだけど。
その事を告げに行こうかと迷いながらも、本営の方を見上げる。すると、旗が揺らめいているのが見え、ヒヤリと汗が流れた。
待って待って待って! なんで、もう奇襲の合図を送ってるんだよ!
突然のトラブルに頭の中が無茶苦茶になったが、とにかく合図をやめさせないとと急いで本営まで駆け上る。
本営に戻ると、昨日会議をしていた天幕の上でミストが大きく旗を掲げていた。
「ミスト! 何してるんだ!?」
俺はつい大きな声で叫んでしまった。
「やあ。クリス君。いい所に来てくれたよ」
ミストは俺の姿を見ると、あっけからんと言った。
「やあじゃないって! なんで奇襲の合図を出したんだよ!」
「いやあ、それは砂埃が見えたからね」
「砂埃が見えたら、余計にやめてくれよ! 山の麓まで続いていただろ!?」
「うん。でも、砂埃の濃さが全体的に濃かったんだよ」
「はあ?」
「普通、撤退しているんだったら逃げ込む山の梺は薄くないといけない。それでも、濃かった」
「それが、ど……」
そう言いかけて途中でやめる。確かに、山の梺の砂埃が濃いということはそこに人が沢山いることになる。全員がそこにいるというなら分かるが、全体的に濃いとミストは言った。ということは、未だ味方は麓まで到着出来ていない事になる。
なら、考えられる理由は一つか。
「既に援軍を送って来ていたということか」
「うん。そう言う事」
ミストは満足そうに頷いた。
ただの砂埃の濃さから、正確に敵の援軍を悟ったミストに背筋がざわりとする。その上、この距離から砂埃の濃さがわかるなんて、再び魔法を使ったのだろう。
恐ろしい。なんてやつだ。
俺がミストに恐れおののいていると、ミストは「あっ」と何か思い出したかのように、短い声をあげ、ひょいと天幕の上から降りて来た。
「こんな事をしてる場合じゃないんだ。クリス君」
は? ああ、なんかさっき良いところに来てくれたって言ってたよな?
「うん。私、実は身体能力には自信ないんだよね」
「はあ……」
「気づくのが遅れて私一人じゃ逃げ切れる自信がないんだよ」
「い、一体、何の話?」
いつもに比べて、余裕がないように見えるミストの様子にこっちまで焦りが生まれる。
「取り敢えず、ここから逃げよう……と思ったけど遅かったみたいだ」
そう言って、ミストは天幕の裏の林を指差した。
視線を辿ると、木々の合間に、黒衣を纏い、顔をぼろ布で覆った集団の姿があった。





