軍議
山の中腹に陣を張り終える頃には既に日は傾いていた。
あたりには木が疎らに生えているが、開けている。その上、地面は平たく、地盤も硬い為、陣を張るのはスムーズに終わった。
遠くを見ると、夕陽を飲み込む最中の山が見える。向かいの山はぬかるんでいる場所も多いから陣を張れる場所は限られている。本陣の場所を悟られないためかもしれないが、未だ火が焚かれていないところを見ると、中々苦労しているのだろう。
俺は向かいの山から視線を外し、振り返る。周囲には沢山の天幕と焚き火を囲む学生の姿があった。学生達は火を囲むように座り、楽しそうに語り合い、笑い声をあげている。
緊張感のなさに不安になるが、まあ、明日には頑張ってもらうことになるので、気にしないことにした。
「クリス君、軍議を始めるよ」
その時、一際大きな天幕からひょっこり顔を出したミストが俺を呼んだ。
「ああ。今いくよ」
俺はミストの言葉に従い、天幕の中に入る。
天幕の中は、組み立てられた簡易の机を将に選ばれた生徒八人が囲んでいた。机の上には地図が広げられ、はっきり見えるように燭台に灯された火が照らしている。
俺は最後の一人だったようで、机の前にいくと、アリスが始まりを告げる。
「それじゃあ、会議を始めます。まず、作戦を話してください」
アリスに指名され説明することを促されると期待の眼差しが集まった。
「はい。それでは作戦を説明させていただきます」
そう言って、俺は広げられた地図の一点を指差す。
「明日は別働隊でこの本陣を奇襲して勝ちます」
俺の言葉に皆んなはざわめき始める。皆の表情は曇っていたり、あっけにとられていたりと様々であるが、俺の言った事が理解できないからの反応だろう。
まあでも、それは無理もない。俺はユリスに貰った地形の資料では陣を敷けそうな場所もピックアップしてあった。本陣を張るには、ある程度広くなおかつ地面がしっかりとしてないといけない。
向かいの山は足場の悪いところも多い為、場所が絞られるというわけだ。その上、登りづらい為、あまり高くにはいけない。そうなると、一箇所に絞られるというわけだ。
「ねえ? なんでそこだと言い切れるの?」
皆の気持ちを代表するようにアリスが尋ねてきた。
「それは、向かいの山の地形を考えて、本陣を敷ける場所がそこくらいしかないからですよ」
俺が説明すると、ミストが嬉しそうに口を開く。
「ああ。だから、焚き火を許可したんだ」
ミストの言うとおりである。
登りにくいと言っても、相手の本陣はこちらより高い位置にあり、開けたこの場所はぼんやりと向こうから見えるのだ。
だから、どうせバレるんだったら、火を焚いても変わらないという考えから許可している。
「そうだよ。どっちみち相手がここにいたらこっちの動きは悟られるしね」
「しかし、相手の本陣がわかったとしても、こちらの本陣も見つかっている。その上、相手はこちらの本陣を伺う事が出来る。未だ、不利なんじゃないか?」
この前のミストの次に権力が高い生徒が顔をしかめて声をあげた。
ふふっ。その質問を待っていたんだよ。なんだこれ、超気持ちいい。
俺つええ系主人公とはいつもこんな気持ちなのかと愚考しながら口を開く。
「そこを手玉にとるんだよ」
「手玉にとるとは?」
「向こうから見えると言っても、流石に遠距離だ。こっちはボンヤリとしか見えないんだよ」
俺はドヤ顔で続ける。
「だから、鐙を複数見えるように設置して、太陽の反射で輝かせる。それで、相手には本陣に人がいるように見せかける」
「それが何になるんだ?」
「相手に奇襲部隊がいることを悟られないようにするんだ。そうすることで油断をつける」
一同はなるほどと頷いた。
奇襲なんてバレていたら、ただの突撃にしかならない。こちらも相手がたも人数は同数。何も手を打たなければ、バレるのは確実なのだ。
「でも、奇襲するとしても、相手の本陣にたくさんいれば成功しないんじゃないの?」
アリスが不安そうな面持ちでそう尋ねてきた。
「ああ。もちろんだ。だから、前線に兵を出してクレアに増援を送らせる必要がある」
俺はそう言いながらも、その点は大丈夫だと考えていた。
というのも、クレアに酒を送ったからである。クレアにはしっかりと周りのものだけで飲んでくれと頼んであるので、ある意味不本意だが、俺の頼みを断ることはないだろう。
そこで、アルコールに犯された学生に気を取られ、なおかつ複数の生徒の奇襲を受ければ、流石のクレアでも耐えられないだろう。
「なるほど。それじゃあ前線は大変ってわけね」
アリスが神妙な面持ちに変わり、一同もアリスにつられ顔に影を落とした。
「いや、そこまで大変って訳でもないよ。本陣に残りが居るって分かってたら、前線で負けても援軍を送ってくるだろうしね」
俺が言い終えると、空気が和らいだ。しかし、前線が大変なことなのは間違い無いので続ける。
「それでも、相手がどれだけ前線に出してくるかわからない以上、奇襲部隊抜きで戦うことになる。こちらのダミーを見て、前線に出した部隊だけで本陣を落とせると判断され無いようにある程度は奮戦しなきゃならない」
その言葉に再び、一同は息を飲んだ。そんな皆んなに提案する。
「だからさ、アメリシア様に前線に出て欲しいんだ」
「え? 私?」
アリスはキョトンと自分を指差し、俺を見てきた。俺は頷いて続ける。
「ああ。皆んなが戦っているのを離れて見ているだけでいいんだ。それでアリスには皆んなの士気をあげて欲しい」
「そ、そんなこと私にできるかな?」
不安げに呟いたアリスと代わって、他の学生は嬉々として声を上げ始める。
「アメリシア様が見てるなら百人力だ」「絶対にアメリシア様をお守りします!」「アメリシア様の前で無様な姿を見せられるか!」
うん。いい感じに士気が上がりそうだな。まあ、あまり意味はないけど。
そんな皆んなの声に気をよくしたのか、アリスは嬉しそうに口を開いた。
「ねえクリス? 別に勝ってしまっても構わないのよね?」
そう言ったアリスに、俺はそこはかとなく不安になった。





