模擬戦当日
活動報告あります
目の前には色とりどりのサーコートを身につけた貴族の子供達が、街道の上をぞろぞろと行進していた。照りつける太陽に、服からはみ出た鎧は光を反射していて、火傷してないか心配になる。
後ろからは、積荷を乗せた台車の音がコトコトと鳴る。振り返ると、台車は5台ほどあって、後ろにたくさんの積み込まれた荷物を馬が怠そうに引いている。
遠くに見える空と交わった平野をぼうっと見つめながら、後ろ向きにあるく。すると、パカパカという蹄の音のリズムが崩れ、俺は慌てて前を向き、轡を引いてリズムを元に戻した。
「なにキョロキョロしてんのよ?」
「いや、ついにこの日が来たんだなと思ってさ」
俺は模擬戦当日、目的地へ、従者の様にアリスの乗る馬の轡を引き、行軍していた。
目的地は今朝聞かされ、今回はオラール公爵領の境目の場所で模擬戦が行われる。
ユリスから貰った地形の報告書によると、二つの小山の間の平地で、片方の高い山からは川が流れている場所であった。
その為、陣を取るとするならば、水を確保できて、高いところから位置を確認できる高い方の山ではあるが、俺は地理を考えた上で低い方の山を取る事にした。
両方とも人に手入れされた山なのであるが、高い方の山は川の麓が少しぬかるんでいるのだ。重い鎧を身につけて登りおりの厳しさを考慮すれば片方の山しか選択肢がなかったのだ。
まあ、土質を知らないクレア達がそんな事わかるはずもなく、案の定そちらに向けて行軍しているのか姿が見えない。
このアドバンテージは大きいなあと考えていると、馬上からアリスに声を掛けられる。
「なにニヤニヤしてるの?」
恥ずかしいから、一々俺の動きを報告してこないでくれ。もっと地形とか見るべきところがあるだろうに。
「そんなに見ないでくださいよ」
「そ、そそそそんなに見てないわよ」
アリスが慌てふためいたせいで馬が嘶き、暴れ出す。俺は何とか馬をなだめて振り落とされそうになったアリスを責める。
「後少しなんだから落ち着いてください。ほら、小山が見えましたよ」
俺はそういって、目の前の小山を指差す。すると、アリスは赤い顔で呻いた後、真っ直ぐに山を見つめた。
山は山というより木の生えた丘ほどの高さで本当に小さい。街道は山の麓まで伸びており、楽に登れそうなのもこっちの山を選んだ理由の一つでもあった。
それにしても、まさかここが選ばれるなんてなぁ。
ユリスの説明を受けた上でこの地が選ばれる可能性はほぼゼロだと考えていた。
というのも、そもそもの話、他の場所では山が無く、純粋な平野。アリスに怪我をさせないことが目的ならば平野を選ぶべきである。
互いに山の麓を陣地にする事を期待したのかもしれないが、行うのは功を得ようと必死な学生。全く浅はかとしか言いようがない。
まあ、他に何があるかはわからないが、俺としては一番クレアに勝ちやすい地形ではあるので深く気にしない事にしている。
そんな事を考えていると後ろから別の蹄の音がカパカパと聞こえて来た。その内、馬は俺の隣に並んで来て、騎手は俺に語りかけて来た。
「もう少しだね。クリス君」
「ああ、ミストか」
「うん。そういえば、今日の前に何かあったかい?」
馬上のミストは桜色の髪を風に靡かせ、悪戯っぽくそう問いかけてきた。
ミストの小悪魔っぽい笑みから、何かとはクレアとのことだと理解する。
何かあったと聞かれれば、勿論何かあった。
この模擬戦。馬鹿みたいに学生達の意識が高い。学生達にとっては、気分としては本当の戦争なのだ。例えるならば、文化祭とかで大人の真似事をする心情に近い。
その為、古来から戦を行う前に酒を煽るという伝統を利用して、クレアに酒を送って周りの人間にも飲ませようとしたのだ。
だから俺は模擬戦の前にクレアに接触した。そして「戦では古来から景気付けに酒を嗜むものです。あまり量がないから、クレアと周りのもので飲んでくれ」と馬鹿強い酒を送ったのだった。
敵から送られたものを飲む訳にはいかないと考えるかもしれなかったが、「対戦相手になるので、これくらいしか出来ない」と念を押すといつもの如く、クレアはでろでろに蕩けてくれた。
そんなクレアの姿に罪悪感は感じたが、まあこれで間違いなくクレアは飲んでくれるかと満足感が優った。クレアが飲んでくれれば、他の男達もくだらないプライドから飲んでくれるであろう。
思い返すとうまくいった事が嬉しくなった。
「はははは。まあね」
「なに!? 何があったのクリス!?」
またも、アリスが慌てふためき、馬を嘶かさせる。
「落ち着いてください!」
「ご、ごめん。でも、だって……」
馬が落ち着いた後、アリスが顔に影を落とし、悲しそうにつぶやく。
何でそんなに悲しそうな顔をするのだろう。何というか、そんな顔されれば、こっちが悪い気になってくる。
「クリス君は罪作りだね」
「いや、なんのことだよ」
本当にわからず、そう問うと、ミストは「悪い男だぁ」と言ってカラカラと笑った。





