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にっきとあれこれ

 

 俺は一つ息を吐いて、アリスのことが書かれているならと思い立ち、もう一度開いた。


 そこには、日毎の出来事とその日のアリスのことが書かれていた。つまりは日記なのだと理解し、読み進める。


 中身は大半がアリスちゃん可愛いだのどうのこうのだという内容でほとほと呆れる。


 そんな時、耳元に暖かい吐息を感じてこそばゆい感覚が走る。俺はぞくりとし、慌て首を回す。すると、水で滲ませたような紫にぶつかりそうになった。


「危ないなぁ」


 後ろには、夜の桜のような髪を揺らせたミストがいた。


 なるほど。俺の肩の後ろからミストが顔を出して、一緒に読んでいたのか。


 読みたいのならば、一声かけてくれれば、こっちも……と思ったが、ミストのことだ。悪戯心が俺に声をかけるのをやめさせたのだと理解し、諦めることにする。


 俺は一言ミストに謝り、再び読もうとすると、また肩の後ろに気配を感じたので、やはりミストの中に悪戯心が存在するのだと確信する。


 そのまま、ミストと共に読み進めていると、ミストが口を開いた。


「お姫様のお父さんは凄いね……」


 そう言って、ミストは疲れたのか、俺の肩に顎を乗せた。肩は重くなり、ミストの髪が頬に触れ煩わしいはずなのであるが、髪から漂う花のような優しい甘い香りが脳を騙し、心地の良く感じてしまう。


 そんな自分を恥じたのか、頬が熱くなり、本から視線を外さず答える。


「ああ」


「クリス君のお父様はどんな人なの?」


 ミストはどこか気を良くしたのか、そのままの体勢で尋ねてきた。


「フルールド王家の宝具探しに情熱を燃やすような人だよ」


「……君の親も相当だね」


 肩が軽くなったので、振り返ると、ミストは哀れみの籠った目で見つめてきていた。


 うるさい。ホッとけ。


 俺の不機嫌な様子を感じたのかミストは苦笑して、そういえばと言葉を紡ぐ。


「いつ頃、王様はお姫様の参加を知ったんだろうね。それに、お姫様も親から何か言われたようにも言ってなかったし」


 ミストの言葉に、そもそも気づいてないのではないかと不安に駆られる。俺は日記をめくり出来るだけ新しい日付のページを開いた。


 すると、やたらと長文が書かれたページを見つける。


『アリスちゃんが模擬戦に出るなんてどうしようどうしようどうしよう!? 怪我なんかしたら大変だ!? 早く取り消さなければ!? でも、家臣達も取り消すなって煩いし何とかしなきゃ! くそう、マジでアリスちゃんに怪我させた奴がいたら許さない! 控えめに言って葬り去る。一家断絶までも視野に入れてやる! う〜ん…流石にぬるすぎるか控えめに一族郎党皆殺しまでは……』


 そこまで読んんだところで、怖くなってページをめくる。似たような文章が二、三ページ続いたが、それからもめくり続けると重要な情報が書かれていた。


 模擬戦の場所のリストだ!


 そこには模擬戦の場所のリストが書かれていた。その前後の文章を読むと、どうやら戦い自体では王女に手を挙げるものなんて存在しないと理解したらしく、行軍や陣地で怪我のしないような場所を選ぶといった選択を取ることにしたらしい。


 この情報は大きい。王の妨害も考えずに済むし、場所がわかって入れば事前に罠も仕掛けることができる。


 得た情報に満足していたその時、突然俺の目が柔らかいものに覆われた。おそらく、ミストに手で目を隠されたのだと引き剥がそうとしたが、ミストの真面目な声を耳にする。


「何か嫌な感じがする」


 ミストの声が聞こえると、暗闇の中、瞼の裏に一瞬、翠の光を捉えた気がした。


「誰かくる」


 そう言ってミストは手を離し、忍び足でベッドまで近づき、音を立てないように天蓋を開いた。


 いつにないミストの張り詰めた表情に呑まれ、俺は訳も分からず、誘われるままベッドの中へ入った。遅れてミストも入ってくる。そのまま、一言も話さず、息を殺していると、扉の開く音がした。


 やばい!? 王が帰ってきたのか!?


 まだ、アリスが王を引き止めている約束の時間にはまだ程遠い。焦りと不安から心臓が喉から飛び出そうな程早鐘を打つ。


 ここで、バレれば、運よくここを乗り切れたとしても明日の朝まで、勝手知らぬ城内で逃げおおせることは不可能。


 どうしても、見つかる訳には行かない状況だというのに、隠れた先はベッド。夜、自室に帰ってきて、様々なことをするだろうが、最後には必ずベッドで就寝するに決まっている。


 俺は自分の浅はかさに酷く悔やんだ。


 足音がひたひたと近づく。気配が迫ってきているのもわかる。体が呼吸を忘れたかのように息ができない。


 だめだ、もう無理かっ……と諦めかけたその時、足音が聞こえ、再び扉が開く音がした。


「悪い遅れたのう宰相」


 ひそめるような陽気な男の声が聞こえた。


「構いませんよ」


 さっきの男とは別の男の声が聞こえる。その声はほとほと呆れるような声であった。


 どうやら、急場はしのげたらしいと息をつくも、すぐに大きな焦りと疑問に犯される。


 さっき、宰相と言ったか!? もしそうであるならば、こんな夜中に権力争いしている張本人達が何の用なんだ?


 そんな俺の疑問を置き去りにして男達は話し続ける。


「模擬戦の場所はどうなってるんじゃ?」


「模擬戦に出るとしれたその日から、アメリシア様に最も近い護衛のセルジャンを視察に出させています」


「そうか。それでは例の件はどうじゃ?」


「ええ。もう既にいつでも受け入れる体制は出来ていると返答は頂いてますよ。また、手がかりを見つけたとの報告も上がっておりますし、後いくらか時間があれば……ほど大きな……そこに誰かいるのか?」


 突然の宰相の言葉に気持ち悪いほど心臓が跳ねた。釣られて体が飛び上がりそうになるのを必死で抑える。

 脈は皮膚を突き破りそうなくらいに押し上げてくる。


 今にも抑えが効かなくなりそうになり、俺のせいでバレるかもしれないとゆっくりミストに顔を向ける。すると、ミストはただニッコリと俺に優しく笑いかけた。


 こんな状況にも落ち着いているミストに頼もしさを覚え、次第に暴れまわっていた胸の中は静かになって行く。


「なあ、宰相。それはいつもやらんと行かぬのか」


「ええ。誰にも聞かせるわけにはいきませんので」


「そうじゃのう。時間は刻々と迫ってきておるし、頓挫させるわけにはいかないしの」


「はい。その日も近いかと」


 それから、男達はとりとめのない話をした後、別れを切り出した。


「それじゃあ、儂はアリスたんにトイレに行くと出てきたから戻らせてもらうぞ」


 その後、声が聞こえなくなると、扉が開く音がして、その後もう一度扉が開いた音がした。


 俺は男達が部屋から出て行ったと理解すると、大きく息を吐き出した。


「はぁあああ」


 肺に溜まった空気が吐き出し、緊張から解放されてもなお、体が小刻みに震える。


 本当に怖かった。一時はどうなることかと思ったが、思い出すのも嫌になり考える事をやめた。


「危なかったね」


 そんな俺とは対照的にミストは何事もなかったかのようにカラカラと笑った。


 なんて大した奴だと苦笑が漏れる。そして、ミストに抱えた疑問を尋ねてみる。


「どうして、ベッドに逃げ込んだんだ?」


「隠れる場所を探した時にベッドがすぐに目についたからだよ」


「それはない。あの状況であんなにも落ち着いてられる人間がそんな短慮な事をしない」


 ミストはちぇっと可愛い相槌を打って、嬉しそうに笑いながらポツポツと語り始めた。

ついに100話目です!

活動報告がありますので、もし良ければ観に来てください!

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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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