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パーフェクト・ナンバー  作者: なつ
第二章 三十六枚銅貨
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 3

 事件は夏休みに入ってすぐに起きた。神田隆志が実家に帰って二日後の午後三時ごろのことだった。初め何かが弾けるような音がし、それからしばらくして悲鳴が響いた。神田がその悲鳴に反応し、その場所に駆けつけたときには、すべてが遅すぎた。

 第一発見者は神田の家に勤めている家政婦の木林さゆりという女性だ。甲斐雪人は軽く聞き流したが、どうやら家政婦は三人いるらしい。木林さゆりの母である木林真雪と、もう一人は小倉桂子。木林さゆりはすぐに音がした場所に向かった。それで、神田の姉である神田妙の部屋の扉が不自然に揺れていたため、失礼しますと覗いてみたら、妙が倒れていた、というのだ。神田が聞いた悲鳴は彼女のものだった。

 木林さゆりの叫び声で、屋敷内にいたほとんどの人間が集まった。

 母である神田友里恵、神田隆志、妹の神田珠、家政婦の木林さゆり本人と真雪に、偶然遊びに来ていた神田珠の友達の御堂聖子と坂井寧々。

 父の神田剛は仕事に出ており、家政婦の小倉桂子は休暇日でその日はいなかった。

 木林真雪が警察に電話をし、その十分後には警察が到着した。

 右側頭部を銃で撃たれていて、即死だった。至近距離から発砲されたようで、弾は貫通し、そのまま壁に弾が残っていた。

 神田の家に向かう途中で聞いた事件のあらましは以上のようなものだ。

「昼の三時に強盗?」

「金庫は別の部屋にあるんだけどね。となるものが姉の部屋に置かれているんだ。それが盗られてなくなっている」

「それじゃあ金庫の中身も盗られた、ということ?」

 けれど、神田は曖昧に頷く。

「警察はどう考えているの?」

「もちろん強盗事件として捜査をしている。けど、今のところ解決の見込みなし」

「凶器が見つかっていないのか?」

 篠塚桃花が甲斐の後ろから聞いた。

「そう。よく分かったね。まだ妙姉ちゃんを撃った凶器が見つかっていない」

「凶器が見つかってないのって、何か問題なのか?」

「分からないか?」

 甲斐は頭を捻る。単純に撃った犯人がそのまま凶器を持ち去っただけじゃないのだろうか。

「部屋の様子を直接見なければ、結論を導くのはまだ早いな」

「結論って?」

「だから、まだ不確定要素が多すぎて、そのとき何が起きたのかなど限定することができないということだ」

「強盗の線で捜査をしているけど、何の進展もない。直接的ではないけど、警察は身内の犯行の可能性もあると考え始めているみたいなんだ」

「当然だろう」

「て、桃ちゃんにこんな話聞かせるのはまずかったかな」

「うわっ、あ、あ、ももはミステリが好きなんだよ。気を悪くしないで欲しい」

 ふーんと、神田はあまり気にする様子もなく頷く。

「まあ、それよりも、甲斐に来てもらったのは二つの理由があるんだ。一つは気晴らし。明日町内の祭りがあって、それに一緒に行ってくれる奴が欲しくて。ほら、今日は全然車が少ないだろ、この地域は祭りの季節になると交通規制が厳しくなるから」

「もう一つは?」

「金庫の盗まれた鍵のことなんだけど」

 そこで神田は一呼吸置く。

「じいちゃんが金庫に鍵をかけたんだけど、実は開け方が分からないんだ」

「何だそれ?」

「じいちゃんは金庫を開けた者にその中身をやるって、要するに遺言のようなものなんだよ。だけど、今回盗まれてしまったかもしれないから、どうしても金庫を開けて確かめなくちゃならないんだ」

「予備の鍵があるだろ?」

「まぁ、鍵自体はね。でも、金庫の前にダイヤルが三つついてるんだ。回転式のやつ。三つをある数字に合わせた状態で鍵を回せば金庫が開くってわけ」

「ある数字って?」

「それが分からないんだよ」

「しらみつぶしに試せばいいじゃん?」

「百の三乗だよ」

「……百万通りか。十日もあればできるんじゃないか」

「そりゃあまあ、その計算ならね。でも、実際は百万日かかるんだよ」

「一日に一度しか試せないというわけか」

「一度合わせたら、二十四時間ダイヤルを回せない仕組みになっているんだ」

「遺言にどう書かれていたのか分からないが、犯人のものにはならないのか?」

 再び篠塚が甲斐の後ろから声をかける。

「金庫の中身をもらうために、鍵を奪ったのかもしれないだろ?」

「身内に限定されてるよ」

「そうなのか。それなら何かヒントを残しているのだろう?」

「そう、よく分かるね。桃ちゃんは頭がいい」

 甲斐は答えない。

「そのヒントを教えよ」

「うーん、それを覚えていないんだよ、ちゃんと。一緒に盗まれちゃったから」

「それも盗まれたの?」

 神田は肩をすくめる。

「最悪じゃないか」

「なんとなくは覚えてるよ。ヒントといっても詩のようなものだから。多分暗号で、数字が隠されてるんだと思うんだけどね」

「ヒントも分からずに鍵を開けろと?」

「いや、珠がメモを残してたから、それを見ればいいけど、あいつまだちょっと塞ぎこんでるから。まあ、だから桃ちゃんが来てくれてよかったかも」

 しゃべりながら歩いていたので道順はよく分からなかったが、結局一時間近くかけて、神田の家までたどり着いた。聞いていた時点で予想はできていたことだが、家というより屋敷に近く、前面には日本庭園が広がっていた。

 門はあるが、事件があったにも関わらず完全に開かれていて、これならば入り込むことも逃げ出すことも容易にできるだろう。ただ風景にそぐわないものは、門の隣に止められたパトカーだけだろうか。


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