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パーフェクト・ナンバー  作者: なつ
第一章 予告される先の物語
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 4

 夏の日差しを右手で遮り、甲斐雪人は反対の手で篠塚桃花の手を引きながら、純正芹沢学園の正門に向かって歩いていた。甲斐の首筋に、篠塚の持つ日傘が時々刺さる。

「この傘、じゃまなんだけど」

「なら代わりに持ってくれ」

「全く」

 甲斐はため息をつきながら、篠塚から日傘を受け取った。真っ白な傘でレースがいくつも走っている。あまりにも自分に似合わない。準備をするから待っておれと言われ、図書棟の前で待っていると、篠塚がこの格好で出てきた。白の傘に対して、着ているのは黒のゴシックな雰囲気のドレスだ。ふりふりのたくさんついたスカートは膨らんでいて、胸元に大きなピンクのリボンがある。どこかのブランドものかもしれないが甲斐には分からない。傘の下からはちょこんと顔が見えていて、芹沢雅が日本人形のようだとするならば、篠塚は西欧のビスクドールのようだ。これで髪がブロンドに輝いていれば、まさにその通りなのだろう。

 が、それが隣を歩いているというのは、不釣合いな気がしてならない。甲斐の格好はジーンズにTシャツという、至極ラフなものだ。着替えも同じようなものしか用意していない。リュックに入れてただそれを背負っているだけだ。篠塚は着替えを持っていないようだが、心配するな、とだけ彼女は答えた。

「何だ?」

 篠塚と目が合う。

「いや、何でもない」

「気色の悪い奴だ」

「ちょわーーーーーー」

 と、突然謎の叫び声が響き、甲斐に向けてまっすぐ指差している人物が目の前に立った。体操服にハーフパンツ。胸元に黒のペンで大きく名前が書かれている。

 夢宮さやか。

 神田隆志と同様に、甲斐が転校してきたその日に友達になったクラスメイトである。

「あわわ、あわわ」

 わなわなと指を震わせながら、正確にそう発音する。

「何だ、この女は失礼な奴だな」

「ちょ、雪くん、これはどういうことなの?」

 甲斐はそのまま夢宮の近くまで歩いた。

「どういうことなの、て意味が分からないんだけど」

「だって雪くんにはミヤビさまが」

「だからこの失礼な女は誰だ?」

「もものが失礼だぞ。ええっと、妹のもも。桃に花って書くんだけど」

「ああ、妹さんかぁ。びっくりしたぁ」

「何度も言わせるな。この女は誰だ?」

「ちょっとしつけがなってないんじゃない?」

「僕のクラスメイトで、この間の合宿にも参加した子だよ」

「ああ、夢宮とかいう奴か」

「ちょっと雪くん、失礼じゃない?」

「そう? それより、夢宮は帰ってないの?」

「流された。まあ、わたしはスポーツでこの学園に生息しているようなもんだし。だから、合宿だけでわたしのすべてだと思わないで欲しいわ。今も全国大会に向けてトレーニングをしているところなのよ」

「そうだったんだ」

「そうだったのよ」

「じゃあがんばってね」

「あれ? それだけ?」

 脇を通り抜けようとする甲斐と篠塚を寂しそうに夢宮は振り返る。

「来年には全国制覇しちゃうかもって話をしてるんだけど、それだけ?」

「ああ、だって僕、運動は苦手だし」

「せめて何やってるの、くらい。雪くん知らないでしょ。わたしのことをただ馬鹿な娘とだけ認識してそうで恐いんだけど」

「で、何をやってるの?」

「うふふふふ。良くぞ聞いてくれた。わたしがやっているのは……」

「時間が惜しい。行くぞ、甲斐」

「ああ、もも、待って」

 後ろから夢宮の叫び声が聞こえている。後で謝らないといけないな、と心の中で甲斐はつぶやく。甲斐はすぐに篠塚に追いつくと、再び篠塚の手を引いて歩き始める。こうして並んで歩いていると、篠塚は本当に小さい。おそらく身長は140あるかないか、といったところだろう。これで本当に年上なのだろうか、疑わしい限りだ。甲斐の胸くらいの身長しかないので、それに合わせて歩くペースもゆったりとしたものだ。

「甲斐は変な奴に好かれるのだな」

 ちらと後ろを振り返りながら篠塚が小さく口を尖らせる。

「そう? それって、ももも変な奴ってこと?」

「……?」

「何でもない、忘れて」

「甲斐も変な奴だ」

 夏休みということもあり、正門は広く開かれている。以前、普段閉められた正門を無理やり通ろうとすると、黒服集団に拉致されると神田が話していた。けれど、その黒服集団は学園の人間ではなく神田家の人間だったらしい。

 などと考えているうちに、純正芹沢学園を後にした。

 正門のすぐ外はロータリーになっている。普段ならこの時間にバスが止まっているのだが、夏休みの、しかも盆を過ぎてすぐだ。バスの本数は極端に少ない。地下鉄まで歩くとなると、十分ほどかかる。

「ああ、そうだ、もも」

 篠塚は顔を上げて、何だ、と答える。

「神田に電話をしたいから、ちょっと待っててくれる?」

「お前は携帯を持っておらんのか?」

「学校で使えないからね。そこの角に公衆電話があるから」

「ま、待ってくれ」

 日傘を篠塚に渡して公衆電話に向かって歩き出した甲斐の後を篠塚が離れないようについてくる。

「どうしたの?」

「わ、わたしを一人にするでない」

「ちょっとだよ?」

「二人くらい入れるだろう?」

「日傘を閉じてよ」

「……仕方あるまい」

 その様子を、正門の陰から夢宮がにひひと見ていたことを甲斐が気づこうはずもなかった。


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