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パーフェクト・ナンバー  作者: なつ
第三章 事件の再構築
18/33

 6

「線を何度も細かくすれば、いずれは点になるであろうか?」

「ならない」

 篠塚桃花は即答する。

「線を無限に細かくすれば、いずれは点になるであろうか?」

「……」

「なるほど。お嬢さんは無限の概念をまだ理解できていない。分かりやすく言えば、苦手ということだな」

「ただ少し、今興味ある事象に似ているだけ。それに、無限の定義による。無限なんて曖昧な概念のせいで、現実世界にほころびが生じる」

「例えば、正三角形を考えてみるといい。それぞれの辺の長さは同一。つまり1とする」

「私に講義してくれるの?」

「上の頂点を、下の辺とぶつかるように折り曲げる。ジグザグにするということ。下の道は1。上のジグザグの道を進むと距離は2になる」

「当然ね」

 頷いてから、篠塚は気がつく。

「辺の長さが0.5の正三角形が二つ隣り合っているだけだものね。その三角形の上の頂点を同じように折り曲げるとどうなるか……答えは同じ。下の道の長さは1、上のジグザグの道の長さは2」

「そう。上の道を何度折り曲げても、上の長さは2のまま。が、上の道を無限に折り曲げると、どうなるか」

「答えは、下の線と完全に重なる。けれど長さは2のまま、ということね」

「どのような長さの線であれ、それを構成している要素の数は同じということ」

「すべての円周が同じ長さに感じるのは錯覚ということね」

「そうだ。そう結論できる」


 篠塚桃花は、神田勇治郎とのやり取りを思い出す。確かにかつての切れは失われたが、それでも本分のカオス、フラクタル、無限に関しては非常に洗練のされたやり取りができた。甲斐雪人に電車の中で解かせようとした問題の、篠塚自身が導き出した答えとほぼ一致している。無限の概念など実生活に影響がないように思えて、実に身近に溢れている。量子力学が、実生活に影響がないこととはまるで違う。それがゆえに、苦手なのかもしれない。

 だが、そのような回答を得られたとしても、何の価値もない。篠塚の思考はすでにそこにはない。今目の前で起きている事件の事象の分析に思考の多くを費やしている。二つの事件は類似性がありすぎる。それが意味することは、犯人が同一、ということであろうか。その可能性が最も確からしい。

 が、類似性に意味はないのかもしれない。客観的に起きている状況が非常に似ているのだとしても、実際に起きたことは別のことだ。時間的にも、対象的にも。それは点と線の無限の話に似ていなくもない。

 だが、どちらもまだ情報が不足している。何か決定的な見落としがあるような気がする。

 篠塚は考えながら、ぎしぎしとなる階段をゆっくりと上がってゆく。

 先には、不安そうに彼女を見下ろす少女がいる。短いスカートに、真っ白なワイシャツとラフな格好をしている。日本家屋に対して不釣合いな格好のように思えるが、そうは感じない。

 感じない、という感覚は、けれども危険だ。

 思考の罠に、すでに嵌ってしまっているのかもしれない。


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