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思い出すことが思い出

 例えば、先日のリリーのバースデイパーティ。

 慣れないドレスを着せられ、付け焼刃の作法で四苦八苦したこと。

 その後のサロンでのリリーや他の客との会話。天蓋付きのベッドで寝起きしたけれど、ベッドが柔らかすぎて腰が痛くなったとか。

 結局疲れ果てて、帰りの馬車は眠ってばかりだったり。気付いたら家のベッドで寝ていたり。


「やっぱり、家が一番だよね」


 なんとなく、あちらこちらが痛い体を引きずって、階下に下りてみれば、そんな事をぼやきながら、いつもと変わらない笑顔でユウがコーヒーを入れていたり。

 それを見て、なんだかホッとしたり。


「でも、お菓子、美味しかった」

「そう」


 開口一番お菓子の話がでたことに、一瞬目を丸くするユウは、けれどすぐにその目を細めて微笑んだ。


「おはよう、リン」

「おはよ」


 珍しく着替えもせず、寝巻きのまま起きて来たリン。まだ眠気が晴れないのか、ぼんやりとユウや店の中をゆっくりと見回している。朝の仕込みを終えて、自分用のコーヒーを淹れたユウは、それを口に運びながらそんなリンの様子を眺めていた。


「そうか、店か」

「ぶっ」


 あるとき目を見開いて、リンは呟く。思わぬ呟きに、ユウはコーヒーを吹き出しそうになってしまった。

 どうやらリンはまだ、夢見心地というのだろうか。ここ数日慣れない環境で過ごしてきたせいか、自分の家に違和感をもっているのかもしれない。


 思えば、まるでお城のような屋敷に予定より少しだけ長く滞在して、その間はお姫様のような暮らしをしてきた。ウォル達やパティとトリシャは予定通り次の日には家路についたのだが、リリーがどうしてもというので、ユウとリン、キャニとラティマは少しだけ滞在を延ばしたのだ。


 朝起きると、既に侍従が部屋の外に待機しており、絞りたての果実ジュースを出される。なんでも美容に良いのだとか。

 それから着替えは、自分でできると言っても、「これも仕事なので」と言って着替えさせられる。しかも、各々がぴったりの豪華な服だ。キャニはまたコルセットをされるのかと、部屋中を逃げ回って侍従達の手を焼かせていた。

 かと思うと、主にユウの姿にリリーがうっとりとして、果実ジュースを掴んだまま、ユウにあてがわれた部屋に居座る。

 朝食を部屋で食べ、それが終わると今度は乗馬などの娯楽や、請われてのユウの魔法指南。魔法指南については、驚いた事に、この数日でリリーは体を浮かせられるくらいまでユウの飛行魔法を会得してしまった。これには、ユウやリン、当の本人であるリリーですら驚いていたのだが。


 午後はリリーと共に、リリーの両親や姉、その時リリーの父を訪ねてきた貴族や、滞在を許可されたユウのファンである貴族を交えてのサロンでのお喋り。

 そして夜は晩餐の後で、リリーが最も楽しみにしていた、ユウとのスーペ。

 スーペとは貴族の夜食の事で、大切な人との一時を夜食と共に過ごす、最もプライベートな時間の事。キャニやリンが邪魔、というわけではないのだが、まだお子様な二人が寝てしまってから、夜食を伴ってユウの部屋を訪ね、しばしの間お喋りを楽しんだ。そこにはラティマも参加している。リリーとしても、ドラゴンであるラティマへの興味は尽きないし、それにラティマの立ち居振る舞いを見て、そこに尊敬の念をいだいていたから、彼女が参加してくれることをむしろ喜んでいた。


 一度だけ、リンがスーぺの時に起きてきて、寝ぼけ眼のまま「ずるい」と一言。夜食を食べたい、とユウの膝に座ったのだが、一口スープを口に運び、飲み込んだと思ったら寝てしまった。

 スプーンを口にいれたままの姿勢で寝てしまうものだから、ユウ達はつい噴出してしまう。

 その後、リンを寝かしつけるユウの姿に、リリーもラティマもあの単語が脳裏をよぎっていったのは言うまでもない。


 ある時は、アール家の娘――アイナとその父ノールがリリーを訪問し、リンが居る事に目を丸くしていた。

 同時に、リンとアイナの関係をしったリリーが、”お転婆”を復活させ、二人と一匹を伴って庭を駆け回る。


 その姿に、ラムザは頭を抱え、ユウとノールは嬉しそうにそんな三人を眺めていた。


「また、お店にお伺いします」


 帰る日には満面の笑みで、リリーは一行を送り出す。馬車が出立する際には、少しだけ寂しそうにもしていたが、また冒険者リリーとなって、『小道』を訪れるのだと、息巻いていた。

 余談だが、リリーが集めたユウゆかりの品々に、「よく集めたねえ……」と、ユウは半分驚き、半分呆れながら笑っていた。


 さて、言ってみれば非日常を、数日過ごしてきたのだから、ようやく家に戻っても、リンは違和感がぬぐえないらしかった。

 寝巻きのまま起きて来たのがその証拠だろう。


「着替えておいでー」


 寝巻きのままぼんやりと店を見回しているリン。ユウがそう声をかけるも、しばらくそんなユウを見つめていた。


「……ああ」


 両の手で頬杖を突いたまま自分をニコニコとして見ているユウを、リンもまたしばらく見つめ返して、ようやく頷く。

 踵を返して戻っていく姿に、少しばかりだが優雅さが見え隠れしているような気がした。





「こんにちは~」


 時差ボケ、というには少し違うし、格差ボケとでも言ったらよいのだろうか。そリリーの家での生活と、今の格差にリンやキャニはぼやけていて、そんなまどろみにも似た感覚がユウにも伝染してしまったのだろう、欠伸を一つ噛み殺した昼下がり、そんな雰囲気にも負けず劣らずののんびりした声が『小道』を訪れた。

 その声に、すばやく反応したのはリンだった。それまでキャニと共にテーブル席でぼんやりとしていたリンだったが、その声の主が現れるや否や、目が覚めたように立ち上がり、超スピードでその人物へと駆け寄った。その速さは、「いらっしゃいませ」という自身の声が追いつかないほどである。


「リンちゃん今日もかわええなあ、こんにちは~」


 細い、糸のような目をさらに細くさせて、駆け寄ってきたリンに柔らかな微笑を浮かべるその人物は、東国の女将、ツクシだった。


「ツクシ!」


 その名を呼びながら、リンは満面の笑顔でツクシを見上げる。ツクシもまた天花菜取つくしどりと呼ばれている、素敵過ぎる笑顔をリンに向けていた。


「いらっしゃいませ、ツクシさん」


 ユウもまた笑顔で彼女を迎える。そして、その後ろから静かに入ってきた彼女の幼馴染でもある上背のある男、ヨギにも。


「きちゃった」


 リンに向けていた笑顔とはまた別個の、少し艶のある声とニヤリとした笑顔でツクシはユウの笑顔に応える。


「……確かに急な逢瀬ではありますし、驚きもしてますけど、そういうのは恋人にいう台詞ですよね?」

「おらんもん」

「だから……」

「ほな、ユウちゃん恋人でええやん?」

「ええやん、でなくてですね……」

「ユウちゃんとこにお嫁に来たんよ」

「いりません」

「そんな殺生な……」

「いりません」


 このやり取りの間、ツクシの笑顔が崩れることは無く、一方でユウは段々と呆れ顔になっていく。言葉と表情が全くかみ合わないことがおかしかったのか、後ろのヨギは肩を微かに震わせていた。


「はあ……とりあえず、お席へどうぞ」

「ありがとさん、うちはお茶で、よーくんは……よーくんもお茶で」


 席に座るなり、ツクシはうしろのヨギを振り返りもせず笑顔のままで注文を言う。


「コーヒーを」


 しかし、その隣に座ったヨギは、さっきまで笑っていたはずなのに、表情を変えずにそう言って人差し指をピンと立てた。


「ええっ、よーくんお茶のまへんの?」

「折角ですから」

「えー……」


 ツクシが口を尖らせて横のヨギを見るが、ヨギはそれを意にも介さず指を立てたまま満足気な顔をしていた。


「あっ! 言って見たかっただけ? そうやろ? よーくん。最近はーどぼいる・・・・・・とか読んでるようやし?」

「ハードボイルドです」

「ぼいるかなんかよう知らんけど、最近飲みに行っても洋酒しか飲まへんもんねぇ?」


 静かに佇むヨギに、横からツクシがまくし立てる。それすら聞き流すようにしてヨギは腕を組んで目を閉じた。


(二人で飲みにいったりするんだ……?)


 お茶とコーヒーの用意をしながら二人のやり取りを横目で見ているユウが感心したように、すまし顔のヨギを見る。相変わらず横からツクシが突っかかってくるがヨギはお構い無しに佇んでいる。

 傍から見れば雰囲気のいいカップルにみえなくもないのだが、ツクシは「弟」といってはばからない。実際ツクシからすればそういう認識なのだろうけれど――


「仲の良い姉弟で」


 コーヒーとお茶を出しながら、ちょっぴり皮肉を込めてユウが微笑んでみせる。


「せやなあ、うちら仲ええ姉弟やな」


 そのユウの皮肉が通じもせず、ツクシはニッコリと笑って見せた。一方ヨギの肩は微かに下がる。


「よう考えたら、ユウちゃんが初めて訪ねてきたときはよーくんはこんなやったもんなあ」


 ツクシが指と指で大げさに小ささを強調してみせ、けれどヨギはそれを「小人じゃあるまいし」と鼻で笑う。


「な? 最近生意気なんよぅ」


 一瞬眉を潜めるも、すぐにツクシは笑ってヨギの肩をバンバンと叩いた。


「そうそう、うちが初めてユウちゃんと会ったとき――」


 昔の話がそこから吹き上がる。

 聞いて、笑って、時折ヨギが相槌を打ったり、リンやキャニが知らないユウの話に驚いたり。


 そんなに昔の事ではないはずなのに、遠い過去の話のようで、けれどそれは色あせずにユウやツクシの中に蘇る。

 けれど初めて聞くリンやキャニにとっては、とても新鮮な話だったりもして。

 一方でリンやキャニはツクシの話を聞いて、思い出したようにツクシの知らないユウの話をする。同じように、ヨギも知らないツクシの話とか。


 また誰かが話しはじめて、また笑って――


 ある時、一瞬の静寂がその場を支配する。けれどそれは焦燥感を煽ったりはしない。ただ、心地好い、安らぎすら覚えるもので、まるで示しあわせたかのように、誰もがその静寂を楽しんでいた。


 たっぷりと静寂を楽しむと、また誰かが話し始める。


 ツクシとヨギが何故ここへやってきたのか、それはもうどうでもよいことで、ただただ、皆、お喋りに興じる。

 思い出話に花を咲かせるというが、思い出話が乱れ咲きでもしているかのように、話が終わることはない。


 けれどそれはほんの短い時間。日が暮れる頃には、ツクシもヨギも店を去っていった。二人の残滓に、一寸ため息をついて、それはけれど心地の良いため息で――


 今日の事もまた、思い出になっていく。

 また今度話すとき、きっとまた思い出して、話が止まらなくなったりするのだ。それもまた思い出になって。


 思い出が思い出を作っていく、そう思うと、なんだかおかしくて、でも心地好くて、ユウは微笑む。

 いつか、リンやキャニも今日のこと、リリーの家でのこと、これまでの事を思いだして、思い出話として誰かに語るのだろうか。そしてそれはまた別の思い出になって……


 店の片づけをしながら、微笑みながら見つめてくるユウに、リンもキャニも少しだけ不思議そうな顔で首を傾げていた。



  喫茶店『小道』


  誰もが思い出から思い出を作ることが出来る。

  そんな思い出に一皿の焼き菓子とコーヒーを添える小さなお店。


  思い出は、芳ばしい香りと共に――

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