バースデイ おまけ ~ イヌノセワガアルノデ ~
あの光はなんだったのか、そんな事を思案する暇もなく、キャニが堰をきったように料理にむしゃぶりついた。
「うめえ! うめえ!」
その滅茶苦茶な食べ方に、配膳をしていた侍従や、近くに居たリリーの客達も唖然として声も出ない。
隣では、リンが慌ててそんなキャニを抑えに入る。
「食事をいただくにも、きちんとしたマナーがあるんだよ」
馬車の中でユウが言っていた話を思い出して、肉や魚を手づかみにしたキャニに慌てて、テーブルから引き剥がすように引っ張った。キャニはリンに比べると魔力も力も弱い、そのはずなのに今は、力が拮抗しているかのように、びくともしなかった。それほどに空腹だったのだろう。手づかみした料理をあっという間に平らげて、ひっぱるリンに構わず次の料理に手を伸ばそうとする。
「こらー!」
業を煮やしたリンが、飛び上がってキャニの頭にチョップを一撃。
「ふぎゃん!」
予想だにしなかったリンの攻撃に、キャニは犬のような声をあげて、全身を硬直させた。
「うおおお、痛い、リン、痛い!」
「キャニ! だめ!」
ドレス姿にもかかわらず、犬のようにしゃがみこんだキャニは両の手で叩かれた頭を抑えて、少し恨みがまし気な視線をリンに送る。が――
「くぅ……」
目の前に仁王立ちしたリンの雰囲気に思わず情けない声を上げてしまった。
「ユウに言われた、マナー守らないと!」
「うぅ……」
さっきまでの勢いは消えて、すっかりしょんぼりしてしまったキャニ。仁王立ちしたままでリンはキャニをそのまま見下ろしている。
「ごめんなさい」
「よろしい」
しばらくその状態のまま、間があいて、キャニは頭をおさえたままでペコリと頭を垂れた。そんなキャニの行動に、リンは満足気に頷く。
そんな二人を、ラティマはコロコロと微笑みながら見守っていた。
それから、中庭でのダンスパーティへと催しは移行していく。
貴族娘の、もっとも恐れる時間でもある。
主催者のリリーは勿論の事、参集者のほとんどが憧れるユウ、そして有力貴族が次々にダンスを申し込まれるのは、ある意味で予定調和だから仕方が無い。
残った者達は少しでも身なりを整えなおして、男性の申し込みを待つのだ。
曲が始まって、男性達からのダンスの申し込みが始まる。
ところが、主催者のリリー、そしてその傍らのユウは、踊る気配が見えない。というか、リリーと何人かのユウのファンがそこを取り囲んでいるから、ダンスを申し込むにも近づけないのだ。
突然運が向いてきた。娘達は、少しでも自分をよく見せようと、胸を張ったり、立ち方にも色気を出すなどして、申し込みを待つ。
ところが、だ。
ユウとリリーへの申し込みを諦めた男性達が次に向かったのは、ラティマだった。
「申し訳ありません、ワタクシ、踊れませんので」
けれど、そのラティマも、丁寧に、そして丁重に断りを入れる。娘達がほっとしたのもつかの間、打たれ強い男達は、次にリンの元へと向かった。
諦めた者達も、他の娘にダンスを申し込みつつも、ちらちらと、ユウやリリー、ラティマやリンの方を気にしている。
突然、「踊ってくださいませんか」と申し込まれて驚いたのはリンだ。
舞踏会の話はユウ以外からも聞いた事はあったが、こんな風に申し込まれるなんていうことを、リンは知らない。
一瞬面食らってしまったが、けれどすぐに気を取り直して、傍らのキャニを見る。
最初にキャニを叱ってから、リンは料理を切り分けてはキャニに与えていた。なるべくマナーをまもるようにはしていたのだが、何分、聞いただけの知識と実践では勝手が違う。四苦八苦しながら、他の客の様子も見よう見真似でどうにかこうにか、自分の分とキャニの分を取り分けていた。
キャニは、期待に満ちた目でリンをじっと見つめている。かなりの量を食べて、しかもコルセットまでしているのに、どれだけ食べるのだろう、とリンは呆れた。
「あの……」
「え、あ……」
すっかり待ちぼうけを食らってしまっていた男が、痺れを切らして再度声をかける。
流石に踊る事はできないし、けれどどう断ったらいいかもわからない。すぐ近くのラティマの様子をちらりと見ると、
「申し訳ありません――」
申し込まれては、同じ文言で断り続けている。そこで、そうか、とリンは頷いた。
「スミマセン、ワタクシ、イヌノセワガアルノデ」
「へ?」
慣れない口調に、少しカタコトになりつつも、ようやくそんな言葉をひねりだしたリン。そんな文言に、男は一瞬驚いて、リンを見つめた。
「イヌノセワガアルノデ……」
そんな男の視線に、リンはちらりと、横でしゃがんでいるドレス姿の少女をみやった。
「あ、ああ……スミマセン、じゃあ……」
男は一礼し、リンの前から立ち去る。何度も首をかしげながら。
「リン、次!」
「はいはい」
男の背中を一瞥して、リンはキャニの給仕へと戻る。
この一部始終をみていた、某有力貴族が、男性の申し込みを断る際、「犬の世話があるので」と使い始め、一時社交界でブームになるのだが、それはまた別のお話。
さて、パーティは混沌とした様相を見せ始めていた。
ウォルは燕尾服のまま酔いどれて、なぜかトリシャが介抱をしているし、パティはリンと同じく料理や飲み物について研究を始めている。
ホヴィは意を決してリンにダンスを申し込むが、「犬の世話」で追い返された。
ユウはというと、ちらちらとリンとキャニを気にはしているが、VIPとしてリリーの傍を離れられないで居る。リリーもリリーで手放す気は無い様子で、ひっきりなしにユウに話を振っていた。
犬の世話もそうだが、貴族と平民が同じ場で催しを楽しんだという事実。ダンスでは、貴族と平民が一緒になって踊るという珍事すらみられた。
当主のラムザはそんな様子に頭を抱える。だが、これが将来自分の株をあげるだろうとはこの時予想だにしなかったであろう。
賑やかなパーティは、そうして更けて行く。
――そんな庭の喧騒の最中、リリーの家の門を叩くものがあった。
「どこで聞いていらしたのですか?」
対応にでたジッチは、驚きながらも、それをおくびにも出さず丁重に対応している。
「いや、彼女がいると聞いて」
「はい。仮にもロングフロー家の、しかもユウ様を迎えてのパーティですから、お耳に入らないほうがおかしいとは思います」
「ならば!」
「申し訳ありません。今宵はリリー様のプライベートの集い。例えば、あなた様が皇帝であられたとしても、お入りいただくわけには参りません」
「はあ……キミは前からそうだよね」
「申し訳ありません」
「大丈夫、別に咎めてる訳じゃないよ。まあ、こうなるんじゃないかな、とは思っていたからね」
「申し訳ありません、ありがとうございます」
「じゃあね」
その人影は、ゆっくりと立ち去っていく。
姿が見えなくなるまで、ジッチが頭を上げる事はなかった。
パーティは未だ続いている――




