バースデイ 終 ~ あなたに、永久の繁栄を ~
テラスから、先ほどまでのリリーとはうって変わって、きらびやかなドレスと、恐ろしいほどまでに髪を盛り、様々な貴金属、アクセサリをつけたリリーが大声で挨拶をする。
大声、というと語弊があるのだが、本当は風の魔法で中庭にリリーの声を運ぶという事をやっていた。同時に、
(申し訳ありません、ユウ様、こちらへ)
「えっ」
いつのまにか、侍従の一人がユウの側にいて、耳打ちをする。常に気を張っているわけでも無いし、キャニの件があったから不意をつかれたにせよ、少しばかり驚愕するユウ。
「本日は、大変な方が、いらしてくださいました! 我らの勇! 勇者、ユウ様です!」
キャニとリンの事が気になって、後ろ髪を引かれながらも、侍従もまた大急ぎで、というので、テラスまで大急ぎで達し、着くや否や、リリーのそんな声が聞こえてきた。
その声と後ろの侍従の視線に導かれて、ユウもまたテラスへ出ると、眼下から歓声があがった。
「リリー、私、一応元なんだけど……」
苦笑いしながらユウがリリーの顔を見るも、リリーはニコリと笑うだけで、ユウの言葉が歓声で届かないかのように振舞っていた。
(というかこういう扱いとは聞いていない)
目を閉じて、心の中でため息を吐く。その所作にさえ、リリーが目を輝かせたのをユウは知らない。そして、眼下の人々はユウが目を閉じた事で、何か言葉があるのか、と歓声が静まっていく。
(あ、あれ? しまった)
かつての皇帝が、何か言葉を発する際に、目を閉じて民衆の声が収まるのを待っていたという逸話がある。それ以来、上に立つものが言葉を発する際、ゆっくりと目を閉じて待つと言うのが慣わしのようになっていた。
図らずも、それと同じ動きをしてしまったユウが目を開くと、何かを期待しているかのように皆が皆テラスのユウに注目していた。
(えーと……どうしよう、しまったなあ)
無言のまま、ゆっくりと中庭を見渡して、そのまま墨で何事かしているリンとキャニの姿が目に入る。
(あ、ああ……早く戻らなきゃ……あ、そうだ!)
ユウは一度、眼下の人々にニコリと微笑みかけ、それからリリーに向き直った。
「この度は、十八回目のバースデイ、おめでとうございます」
先ほどもいった言葉だが、今は趣が少しばかり違う。貴族式のユウの礼に、リリーも同じく礼を返した。
「僭越ながら、リリー様に勇者の祝福を」
そこまで言ったとき、眼下からとてつもない歓声が沸きあがった。
この時のユウは、少しばかり考えたらずだったと言っても過言ではない。"勇者の祝福"というのがどんな意味を持つか、あまり深く考えていなかった。
湧き上がる中庭の人々に、リリーもまたユウの言葉を受けて、何故かその頬を染めた。
「もったいないお言葉です。ありがとうございます」
リリーは再び礼をして、そのまま跪いた。
「え? あ、ああ、えっと……」
目を閉じ、頭を傅けたままで何かを待つリリーに、ほんの少し慌てるユウ。勢いで言ったけれど、祝福の言葉なんて何も用意していなかったのだ。けれど――
「リリー=ロングフロー、凛々しくも優しい人。仲間を助けよ、仲間を愛せよ、人を助けよ、そして永久の繁栄を」
何故か、するすると言葉が出てきて、同時に、傅いたリリーの額に口付ける。
瞬間、ユウから光が放たれる。それは、次にリリーへと収束し吸い込まれていったように見えた。
陽の光のいたずらか、それとも幻覚か。それはその場にいた皆が目撃し、同時に、あまりの神々しさに皆呆けてしまっていた。
*
祝福を受けたリリーは、終始笑顔が絶えることはなかった。
憧れの人に、祝福を受けて、さらにそれが神々しかったなどと形容されては、もはや笑みの範疇を越えて、少し気持ちの悪いニヤニヤ顔でもあろう。それでもその相貌を酷く崩しはしないところは貴族ゆえか。
後日、ホヴィに言わせれば、「にやけすぎで、ほんと気持ち悪い」との事だったが、そんな揶揄すら気にも留めず、しばらくの間リリーは上機嫌だったと言う。
階下に下りてきたリリーとユウを、貴族たちが取り囲む。挨拶に着たのではあろうが、少しばかり毛色が違う事にユウは気付いた。
貴族たちは慣例どおりというか、まさに挨拶しにきているのだが、その子供たちがどうにも変わっているのだ。皆、一様に頬を染めて、恥ずかしそうにモジモジとしながらユウをちらちら見ている。
「生のユウ様は初めて……」
そんな呟きすら聞こえてきて、ユウは首を傾げてしまった。
(実は、今日のパーティには、ユウ様のファンだという方を優先的に招待しているのです)
首をかしげているユウに、扇で口を隠して耳打ちをするリリー。
「ええっ!?」
道理で、とユウは思わずため息をついてしまった。リリーの談では、老若男女問わず、リリーのお眼鏡に叶ったユウのファンを優先的に招待したのだという。違和感を感じた視線の正体はそれだったのだろう。
ユウにとっては、ファンがいてくれるのは大変に嬉しい事でもあるのだろうけれど、少し前までただの村娘だった自分ということを考えると、どうしてもくすぐったく感じてしまうのだ。
これまで幾多の町や村、城を訪れ、様々な歓待を受けた事もあるが、身の丈に合わないと感じる事も多かった。それでも、勇者としてでも、ユウとしてでも、純粋に自分を見て、応援をくれる人は少なからずいる。その心からの言葉はジワリと心の中に溶けて、確かなユウの力になっていた。
それだけではなく、ファンだからというだけで支援をくれる人もいた。
確かに、そういわれてしまうと、くすぐったいし、恐縮もしてしまうのだが、反面嬉しくもあるし、励みにもなるから、決して否定をする事も拒否する事もなかった。
自分はそれほどの人物ではない、という卑下は時々癖のように出てきてしまうのではあったが。
とにかく、今はリリーを筆頭に、勇者ユウのファンに囲まれている。気付けば、貴族だけでなく、他の平民の招待客も徐々に集まり始めていた。
嬉しいのではあるが、気がかりなのはリンとキャニだ。おそらくラティマも一緒であろうから、とそこまで心配を深めてはいないのだが……
一方、リンを連れ去ったキャニは、料理の置かれたテーブルの前で、リンを小脇に抱えたまま目を爛々と輝かせていた。
「見ろよ! リン! すっげえ!」
「あー……降ろして」
「おう!」
半眼のままのリンを、それでもそっと降ろしたキャニだが、目は料理から離れていない。
「こんなのうちじゃ食べた事ないぞ!」
「だめだよ、まだ。今、リリーがなんか喋ってる」
はっはっと犬の様に息を切らすキャニ。
「まだ!?」
「まだ」
などというやり取りをしつつ、リンもまた料理に釘付けだ。
綺麗に盛り付けられた様々な料理。贅を尽くした初めて見る料理に、半眼だったリンも、すっかり目を見開いて、見入っている。
甲羅をまるまる使ったスープや、鳥の丸焼きは勿論のこと、丁寧に切られた肉や魚、美しく盛り付けられている野菜と、その上にソースで描かれた絵画。どれもこれも、初めてみるもので、リンの目も段々と輝いていく。
何よりリンの目を引いたのは、ドルチェだった。
様々な色鮮やかなケーキ、甘い風味のパンや、クッキーを薄く焼いてクリームを挟んだもの、砂糖を固めた小さな御菓子が、これもまた絵画のように敷き詰められている箱などは、圧巻だった。
勿論、リン十八番のマドレーヌやフィナンシェといった焼き菓子も沢山ある。
一体どんな味がするのだろう、そんな風にすっかり釘付けになっていたリンの目に光が飛び込んできた。
「……ユウ?」
それは、何故かユウのものだという確信をもって、リンを振り返らせた。気付けば、キャニも振り返って放心しているかのよう。
二人が振り返って見たものは、ユウから放たれた暖かい光のようなものが、そのままリリーに吸い込まれていく光景だった。
「勇者……」
皆がその光に放心している中、いつの間にかリンとキャニの傍らに居たラティマだけが、そんな呟きを漏らしていた――




