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バースデイ 3 ~ リン、注目、中庭にて ~

 案内されてやってきたのは、中庭だった。


 中庭と言っても、広大な面積を誇る、ロングフロー家の中庭だ。何百人も収容できるであろう敷地は、それでもよく手入れされていた。草は綺麗に刈り取られ、木々もよく剪定されている。屋敷から伸びる遊歩道は整備された石畳になっており、その歩道に沿って花壇がしつらえてあった。

 庭の片隅には魔法器で温度を一定に保たれた温室もあって、貴族のよくある庭園風景となっていた。


 普段であれば、貴族の集う場所なのだが、今は違っていた。本来有力貴族であるロングフロー家の中庭には、それこそ、ライバルや同胞を初めとして多くの貴族が参集するところであるはずなのだが、見渡せば、貴族はいるものの、下位貴族であったりして、有力者の影はほとんどない。そればかりか、平民の姿まである。

 この事に、リリーの父、ラムザは苦々しい顔をしてしまうのだが、心のうちでは、目に入れても痛くないほど可愛がっている末娘の企画したことだから、と何とも言えぬ葛藤に苛まれていた。


 平民、といっても、皆ドレスアップされ、見た目だけなら貴族のそれとそう変わらない。だが、立ち居振る舞いや所作、作法といったところにはどうしても出てしまうから、社交界に身をおくラムザを始めとした貴族たちにはすぐに見分けがついてしまう。そんな一種混沌とした中庭で、注目を集める人間が数人いた。


 未だお披露目されないリリーを置いて、まずはユウ。

 ユウが青いドレス姿で現れたときは、一瞬黄色い悲鳴があがった、ような気がする。ともあれ、ユウが中庭に現れたとき、その場の人間の視線を一心に集めてしまっていた。


(慣れないなあ……でも、いつもと違う、かな)


 少しばかり違和感を感じる視線の集中に、ユウはいつものように笑顔で応えた。

 一瞬、時が止まったかのように中庭を静寂が襲い、次の瞬間には何故か拍手と、数箇所で何か物が倒れるような音が立て続けに聞こえてきていた。


 次に注目を集めたのは、ラティマだった。


 ラティマは見た目こそ、幼子のような姿であるが、見た事もない上質な生地のドレスに、それにちりばめられた上等の貴金属、髪こそ盛っていないものの髪飾りやイヤリングも見事なもので、なおかつそれはラティマの容姿を損なわない。

 さらにはその立ち居振る舞いや作法は、もはや王族のそれと変わらないほどの気品に満ち溢れ、人々は皇室関係の人間なのではないかとウワサするものまでいた。

 ましてやユウと一緒にいたものだから、そのウワサはあらぬ方向へと言ってしまう。


 ユウと皇帝の子ではないか?

 引退した理由はこれか


 けれど、このウワサがここから広まることはなかった。


「あんまり強いの掛けちゃだめですよ?」

「大丈夫です。私に関することだけですから」


 ユウがそっと耳打ちすると、ラティマはにんまりと笑う。有鱗目特有の目が妖しく光ったような気がした。


 最後に注目を集めたのは、リンだった。

 常にユウのそばにいる、ということもあったのだが、長い黒髪に似合う、薄紅色のドレスと、その色を強くしたような紅い瞳。黒からのグラデーションが驚くほど自然で、美しい。さらに同性ですら目を見張るほどの端正な顔立ちに、注目を集めるのは必至であった。

 けれど、その視線の中には、やっぱり良くないものもある。

 皆が皆、リンの美しさ、可愛さを讃えるわけではない。


 今回のリリーのバースデーパーティは、かなり変則的で、参集した人間も貴族ばかりではない。正式な社交界の一つ、というわけでもない。けれど、やはりロングフロー家主催のパーティであることに変わりはないのだ。


 リリーのお披露目のあと、必ず舞踏の場がある。少なくともここにやってきた貴族達はそう考えていた。

 それ故に、リンの存在は危険だった。


 社交界にデビューした貴族の娘というのは、『壁の花になる』事を極端に恐れる。舞踏会などでは、娘たちは男性からのお誘いを受けて初めて舞踏の場へと出ることが出来る。自分から誘うということは、作法上できない。

 それ故、誘われなかった娘は、壁際から、舞踏の場を見続ける羽目になるのだ。それが『壁の花になる』という事だった。


 こういう場においても格差というものは現れる。有力者の娘であったり、容姿がよかったり、あるいは経済的に力のある家の娘であったり。そういう者に人気が集中するから、男女の比率が違ったりすると、惨めな思いをする事になる。


 ましてや今日は、ユウやラティマなど、ライバルも多い。そんな中で飛びぬけて容姿の良いリンに対して、少なからず悪意の視線を送る人間もいた。


 そんな視線に晒されて、それを敏感に感じ取ったリンは、不安そうにユウのそばでキョロキョロと辺りを見回す。


(うぅん……)


 リンのその様子に、ユウは心の内で頭を抱えてしまっていた。やはり、連れてきたのは間違いではなかったのかと。

 リリーは、おそらく配慮をしてくれているとは思う。侍従達がリンやキャニの着替えの際に何も言わずに淡々と着替えさせていた様子をラティマから聞いていたし、リンの角や瞳を見て誰も騒がない所を見ると、やはり事前になにか手を打っていたように思える。

 けれど、リンが今受けている悪意の視線はそれで解決できるものでもない。


「リン! すごい上手そうな料理が一杯あるぞ!」


 一度この場からリンだけでも退散させようか、とユウがそんな思案をしていると、遠くからドレスの裾も何のそのと、猛スピードで走ってきたキャニが、言うなりリンを小脇に抱えて屋敷側の料理の並ぶテーブルへ走っていってしまった。


「……あっ、ちょっと!」


 一瞬の出来事に、ユウも呆けてしまって対応が遅れた。気付いたときには既にキャニはテーブルへむかって一目散だ。


「皆様! 本日はありがとうございます!」


 慌てて追いかけようとした矢先、中庭が見渡せるであろう屋敷の二階のテラスから、リリーが姿を現した。

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