バースデイ 2 ~ 先生をうっかりそう呼んでしまうあの感じ ~
「本当に着ていただけるなんて、光栄です!」
満面の笑みを浮かべるリリーは、鼻息さえ荒くして目を輝かせていた。
その目に映るものは、ユウ。その後ろにはウォルもいるのだが、もはや目に入っていない。
「お誕生日、おめでとうございます。リリー様」
スカートの端をつまんで貴族式の礼をするユウ。そんな姿にさえ、リリーは目の輝きを増していた。
「ありがとうございます! やっぱり、思った通り、とっても素敵!」
「あ、あはは……」
リリーもまた、礼を返す。や、いなやスカートの端をつまんだままでユウに駆け寄った。その行動に、周りに控えていた侍従たちも呆気に取られて諌める声すらあがらない。
「やっぱり、ユウ様には青が似合いますわね!」
破顔したリリーは、苦笑したままのユウを食い入るように見つめた。
ユウ達がこのパーティに招待されたとき、同時に馬車の迎えがある事と、行き帰りの道中の準備だけをしていればよいという事を言付けられていた。
しかしながら、貴族のパーティに招待されるのだから、そういうわけにもいかない。
ユウは、慌てて昔のドレスを引っ張り出し、同時にリンの服コレクションの中からドレスっぽいものを選び出す。キャニについては、ラティマからドレスをもたらされた。
案の定パティやトリシャもドレスっぽいものを着こんで馬車に乗っていた。因みにその見立てと着付けはトリシャの母である。それにしても、皆が皆、とてもそういう場にいく服装ではなかった。マナーやしきたりを、馬車の中で覚えている限りで講釈してみたものの、付け焼刃でどうにかなるものでもない。
パティにいたっては、非常に面倒くさそうな顔をしていた。
一方で、ウォルとホヴィはギルドマスターの見立てなのだろう、燕尾服を着て、髪も綺麗に整えられ、ウォルにいたっては無精髭を綺麗にそられていた。
ホールに展示されていたユウのかつての持ち物にホヴィが気付いた頃、ユウ達もそんなホヴィの元へ行こうとした際に侍従から声をかけられる。
「ユウ様、ウォル様、本日の催しが始まる前にお嬢様がお会いしたいということです」
そのまま、ユウとウォルは一行から離れ、案内されるがまま屋敷の奥へ。
その途中で、ユウは「お召し替えを」の一言と共にとある部屋へと引っ張り込まれ、あれよあれよという間に薄青色の、きらびやかなドレスに着替えさせられてしまった。
ある程度の予測はしていたのだろうか、ユウは苦々しい顔をしながらも、なすがままに着替えさせられ、侍従の達の手間を取らせる事はなかった。それにしても、ユウにとっては不思議でならない点が一つあったのだが、今目の前で目を輝かせる少女を見て、なんとなく腑に落ちた。とはいえその事実もまた驚愕ではあるし、同時に『本当に着ていただけた』の意味を二つ、ユウは理解した。
「ウォルさんも、本日はありがとうございます」
ユウの後ろで、これまでのことで能面のような表情になっているウォルに、ついでのように礼をするリリー。その瞬間は、貴族然とした、気品のある澄ました顔になるのだが、一度ユウに顔を向けると、それは無邪気な少女のものへと変わる。それどころか、顔を上気させて、ドレス姿のユウにうっとりとする始末。
これからパーティの主役になろうとする者の表情ではないから、いつのまにか傍に控えていたジッチが見かねてリリーに耳打ちをした。
「こほん。えー……本当に、本日はありがとうございます、ユウ様、ウォルさん」
そこでようやくリリーは、さきほどウォルにむけたような気品を持った澄ました顔に戻って、改めて礼をする。しかし、その口角はピクピクと上がり下がりを繰り返していた。
「プレゼントまでいただいたとか……感謝いたします。本日はどうぞごゆっくりとお楽しみください。それでは、また、後ほど」
頭を傾けたままのリリーがそこまで言い終えると、傍に控えていたジッチ達侍従もまた深々と頭を下げた。
「お招きに預かり、光栄です。ほんとうにおめでとうございます」
「あ、お、おめでとう」
それに対し、ユウもまた同じように礼を返し、ウォルがそれに倣う。
そこでリリーとの面会が一先ず終り、二人は部屋から退出した。
その後、微かに、叫び声のようなものが部屋から聞こえたが、廊下を行く二人の耳には届かなかった。
*
一方、残されたリンたちは、サリーとメアリーの案内の下、とある部屋に通されていた。
正面エントランスホールからは離れた場所にある、別の階段を登って屋敷の二階へ。リンとキャニとラティマ、パティとトリシャ、ホヴィは一人でそれぞれ部屋へと案内される。
それぞれが部屋に入ると、そこにもまた二人ほどの侍従が待ち構えていて、ニコリと笑った。
「お嬢様のご指示により、皆様のお召し替えをさせていただきます」
各部屋の侍従は、ほぼ同じタイミングで言い放ち、言うが速いが、それぞれを取り囲み、服を脱がしに掛かった。
各々の部屋から、悲鳴が聞こえてくるが、それは誰の耳にも届かない。
唯一難を逃れたのはホヴィとラティマ。
ホヴィは、ウォルと同様、ギルドマスターの見立てた燕尾服で、着替えの必要は無いと判断された。ラティマは元々が誇り高き伝説のドラゴン故か、始めから貴族から見てもかなり気品に溢れたドレスを纏っていた。ラティマもまた着替えの必要がないと判断され、リンとキャニのファッションショーを呆気に取られながら見る羽目になっていた。
ラティマについていえば、侍従の間でも、あの方はどこの貴族の娘かと話題になるほど、ドレスを始めとして立ち居振る舞いや、その所作は見事なものであった。そのラティマがもってきたはずのキャニのドレスだが、あまりに露出が多いのと、人型のキャニのプロポーションの相乗効果で、あまりこの場にふさわしくないという事で、着替えさせられているのだった。そのキャニがコルセットを締められて、「ふぎゃっ!」と猫のような声を上げる。ウォードッグなのに、とラティマは首を傾げてしまっていた。
しばらくして、部屋から出てきた一行は、皆、きらびやかな格好になっているのに、その表情はげっそりとして締まらない。着替えさせられたリン達は、お互いに顔を見合わせて、思い切りため息をつく始末であった。
「あ、いた……って、皆すごいね! 綺麗だよー」
そこへ聞き覚えのある声が近づいてくる。けれど、その声の主は記憶にある姿とはうってかわってしまっていた。
「まあ……」
思わずため息を零したのはラティマだ。
こちらへ向かって歩いてくる青いドレスの女性。どこかの王女を連想させるような上品なドレスに、整えられた髪と、綺麗に施された化粧。けれど、その声は間違いなく、我らが勇者、ユウの声であった。
「すごい!」
その姿にリンもまた、ため息を漏らす。リンは、黒を基調としたレースの美しいドレスに、角が目立たなくなるよう髪を盛られ、さらに薄めの化粧と紅を差した姿だった。そんなリンの姿に、ユウは満面の笑みを浮かべていた。余談だが、そんなリンの姿にホヴィは放心してしまっていた。
「リンだって、すっごく可愛いよ!」
そういうユウは、これでもないかというほどの笑顔を放った。リンとキャニ以外はとても直視できないほどの笑みに、すでに放心しているホヴィを置いて、他の面々も思わず呆けてしまう。
「腹が……辛い」
そんな笑顔の波動をものともせず、キャニが半眼のげっそり顔で、お腹のあたりをさする。下からはリンが睨むように、そんなキャニの聳える二つの山を見ていた。
「なあ、ユウ、これ脱ぎたい」
キャニは、自身の毛と同じ色のドレスの端をつまんだり、袖を引っ張ったりしながら文句を零す。その度に、肌や足が露出したり、山が大きく波打ったりするものだから、それに気付いたウォルが目を細めてため息をもらし、リンの顔は一層険しくなっていく。
「我慢して、キャニ。リン、睨むのやめよう」
リンとキャニがユウの傍で百面相をして、ユウはそれを諌める。その光景はなんだか、親子を連想させる、とその場にいた誰もがおもったが、なんだか口にしてはいけないような気がして、ただ黙って見つめるだけであった。
「笑顔、笑顔! 笑顔でリリーを祝福しないとね!」
ユウは言いながら両の手の指を自分の頬に当てて、そのまま頬を持ち上げるようにして笑顔を作って見せた。
この場にリリーがいたら卒倒していたかもしれない。二人に笑顔になることを諭すユウの笑顔は、とても眩しいものだった。
だが、それ以上に、その場にいた誰もが、脳裏を掠めていった単語があった。けれど、誰もその言葉を発する事はしなかった。
「そろそろお時間です」
そこへまた別の侍従がやってきて、声をかける。
「おか……ユウさん、もうすぐ始まるってー」
「おか……ユウさん、行きましょう」
パティとラティマがほぼ同時にリンとキャニを諭しているユウに声をかける。
「あ、はーい! ほら、いくよー」
まだ何かいい足りない二人の子を引き連れて、ユウが後に続く。その様子は、今度は掠めることなく、皆の脳裏にその単語を焼き付けるのであった。




