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バースデイ 1 ~ うわ、リリーの家広すぎ! ~

 リリー=ロングフロー。

 帝都でも有力者に名を連ねる、ロングフロー家の三女。


 アール家が帝都南部に影響力をもっているように、ロングフロー家も帝都東部に影響力を持ち、領地もまた東部の帝都に近いところにある。

 そのロングフロー家の別邸、リリーにあてがわれたその家の門を見上げる少女が一人。


「はあ……」


 思わずため息をもらしたのは、パティだった。


「ここでため息出てたら、多分息できなくなるよ……」


 パティに苦言を呈しているトリシャですら、今にもため息が漏れそうなほど、目の前のそれを見上げて口をポカンと開けてしまっている。

 そんな二人の後ろで、ユウは思わず苦笑してしまっていた。

 ユウの後ろには、リン、キャニ、ラティマが続く。少し遅れて到着した馬車からは、ウォルやホヴィなどリリーのパーティメンバーが姿を現していた。ウォルはともかく、ホヴィもまたパティやトリシャ同様にぽかんと口を開けて空を仰いでいる。


 一行の前に聳え立つのは巨大な門。

 人の背丈の三倍はあろうかというほどの鉄で出来た重厚な門が、パティ達よろしく、その口をぽっかりと開けて聳え立っている。


 門の周りには、貴族と思しき者の馬車数台と、他にもちらほら、おそらく冒険者としてのリリーの知り合いであろう、貴族ではないものの姿も見えるが、人影はさほど多くはない。

 おそらく庶民側であろうその人間たちもまた、パティ達のようにあんぐりと口を開けて門を仰ぎ見ていた。


「ようこそ、おいでくださいました」


 その門の奥から姿を現したのは、白髪で精悍な顔つきの初老の男。ジッチだ。執事服をビシッと着こなしたジッチは、『小道』に訪れる時や、冒険者として活動している時とはまた違った雰囲気を持って、恭しく一礼してみせた。


 その礼の最中、貴族達の馬車が発進し、門へと吸い込まれるように走っていく。

 馬車が通り過ぎる間、ジッチは頭をあげることなく、貴族達の物と思しき馬車が全て通り過ぎてもなお、その頭を上げる事はなかった。


 門の奥へと馬車が消え、見えなくなったところでようやく顔をあげたジッチ。


「皆様、馬車へお戻りください。本邸まではしばしありますゆえ、馬車にて移動をお願いいたします」


 残っていた面々に乗車を促し、ジッチは再びその頭を深々と下げた。


 門をくぐると、しばらく緑地が続く。道はしっかりと整備されており、馬車が跳ねると言う事もない。ユウを初めとして、馬車の中にはリンとラティマ、パティとトリシャが同乗している。レッドフォックスからこちら、馬車の乗り心地のよさに、パティとリンが一緒になってはしゃいで、苦笑しながらもそれを見守るトリシャとラティマ、という構図が出来上がっていて、それはリリー邸の敷地に入っても変わらなかった。キャニは犬の姿のまま、ユウの膝の上で寝ている。

 

 流石にレッドフォックスからここまでにかかった時間と比べると、門から邸宅まではわずかなのではあるが、目的地がそこに見える分、気持ちだけがはやって、今か今か、と待ってる時間が異様に長く感じる。

 貴族のパーティに呼ばれる、そんなことはこの先もないであろうから、パティなんかは、きらびやかな雰囲気や、豪華な料理に思いを馳せて、そのはしゃぎ様は最高潮だ。リンもリンで、パティの想像するお菓子のワードに反応して、目を輝かせている。二人が肩を並べ、締まらない笑顔を浮かべている様は、おかしいやら恥ずかしいやら。


 やがて、馬車が止まり、いの一番に降り立ったパティだったが、またも口をポカンとして固まってしまう。続いて降りてきたリンが、そのパティにぶつかり、むっとして見上げるも、パティは固まったまま動かない。何事か、とパティの視線の先に、自身も目をやると、そこには、見た事も無い光景が広がっていた。


 巨大なエントランスと、その扉に則して並ぶ何十人もの侍従の姿。男は黒の礼服、女は白と黒のエプロンドレスを、きっちりと着こなしている。

 侍従達は皆、頭を垂れて微動だにしない。その一番奥には、同じように頭を垂れた、ジッチの姿があった。


 それは、おそらく貴族であるならば見慣れた光景なのであろう。けれど、今馬車を降りた面々は、ユウはともかく、そんな貴族社会とはほぼ無縁の者ばかりである。パティやリンを始めとして、皆が皆、その光景に呆気に取られてしまっていた。


(ジッチはやくね?)


 約一名、他の面々とは違う感想を持った、某戦士の男も居たが、それはさておき、そこでユウがすっと前に出る。


「ジッチさん、これ、リリー様に」

「確かに、承りました」


 手馴れた様子で、ユウは馬車から持ち出した箱を渡した。そのやり取りに我に返った他の面々もユウの後に続く。

 ジッチたち侍従は、リリーへのプレゼントを受け取っていくが、誰一人お礼を言うものはいない。そこに違和感を感じたホヴィが少し不満気な顔をしてエントランスをくぐると、そこでは同じ疑問をもった二人の少女がユウに同じ事を尋ねていた。


 「そうだね。私達はリリーにプレゼントをもってきたでしょう? それは飽くまで今回の主役、リリー宛であって、ジッチさんたち宛てじゃない。だから、彼らはお礼を言わないんだよ。御礼をいうのは飽くまでリリーであって、主人を差し置いて代理のようにお礼を言うのは、無礼に当たってしまう……らしいよ?」


 立ち聞きするような形になってしまったが、ホヴィもまた納得の理由であった。二人の少女、パティとトリシャもしきりに頷いていた。ユウは、ホヴィの表情にも気付いていたのだろう、ホヴィにもニコリ、と笑いかけた。

 相変わらず自覚のない凶悪な笑みに、思わずホヴィは頬を熱くさせてそっぽをむいてしまった。それは失礼にあたるかもしれないが、けれど、あの笑顔は直視できない。


 泳いだ視線の先には、豪華絢爛な室内の様子が飛び込んできた。


 広いエントランスは、大理石の柱が何本かあって、それぞれ中二階のテラスを支えるように聳え立っている。中二階へは正面の、これまた広い階段が、途中から二手に分かれて両サイドへ続いていた。

 そこかしこに、豪華な調度品や、展示するように美術品のような陶器、それにフルプレートや剣などがおいてある。

 ところが、一番目立つ正面の階段の踊り場には、他の美術品や調度品とは不釣合いな、安っぽい短剣や服などが、置いてある。それは、ホヴィにも馴染み深い、どこかで見た事のあるような品々だった。

 不思議な事に、招待されている貴族と思しき人達は、それを目を輝かせてみている。そんなに珍しいものなのだろうか、とホヴィはいぶかしげな顔でそれを見た。


 その展示物に気付いたユウ達もホヴィの下へとやってきたが、その途中で、ユウとウォルが侍従に案内されてどこかへといってしまった。残されたパティとトリシャ、リン、キャニ、ラティマがホヴィの後ろから展示物を覗き込む。


「あれ? これって、ユウさんのじゃ?」


 トリシャの声に、またも納得のホヴィ。目の前に陳列されているそれらは、全てユウが使用していた装備品だった。大剣を削りだして短剣に仕上げた勇者の短剣、ユウが最初に考案したホルダーベルト、その他、今のファッションや冒険者の装備としては当たり前に普及しているもののプロトタイプの数々がそこにはおいてあった。


「短剣は流石に元々は皇室の物。ここにあるのはレプリカではありますが、他の衣服や道具類は、お嬢様が方々を回って手に入れてまいりました、紛うことなき本物でございます」


 展示のすぐ側にやってきた侍従が説明し、それに対して貴族達の間からは歓声があがった。それも感嘆といったものではなく、黄色い歓声だった。不思議に思ったホヴィが、いやホヴィ達全員が首をかしげた。

 そんなホヴィ達をよそに、貴族達はその品位もそのままに、けれど無邪気に微笑んで侍従にあれやこれやと展示物についての質問攻めを開始した。その勢いに気圧されながらも、侍従はその質問に一つ一つ答えていく。


「ウォル様、ユウ様御一行の方々ですね? 準備ができましたのでおいでください」


 そんな様を呆気に取られてみていたホヴィ達に声が掛かった。振り向くと、侍従が二人、頭を垂れている。


「リリー様の命により、本日皆様方のお世話をさせていただく、サリーと申します」

「同じく、メアリーと申します」


 この二人に案内された場所で、一行はさらに貴族の世界というものを知ることになる。

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