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リリーの招待


「是非、参加していただきたいのです。ゲストとして!」


 その日、いつものようにコーヒーを飲みながら読書、という喫茶店店主として疑問を覚える日課に従事していたユウの下へ、勢いよくドアを開けて訪問してきたのはリリーであった。


 従者である、ジッチとトッチも一緒ではあったが、ウォルやホヴィなど、パーティの面々の姿は見えない。

 代わりに、いつの間にやらすっかり仲良くなったらしいパティとトリシャの姿があった。


 店に入るなり、ツカツカと足音も堅く、ユウに歩み寄り、一枚の封筒と共に発した言葉が冒頭のそれだ。


「え?」


 鼻息をふんふんと荒くして、しかし差し出した封筒を持った手は僅かに震えている。

 ユウは目を丸くして、差し出された封筒を凝視してしまった。


 突然の来訪、間髪入れぬリリーの言葉に、いらっしゃいませ、という言葉すら忘れてユウは差し出された目の前の封筒を無意識に受け取ってしまっていた。


「もちろん! リンさんやキャニさん、もしよろしければラティマさんもご一緒に!」

「え」


 相も変わらず鼻息を荒くしつつ、リリーは「お願いします!」と声高に叫んで一礼した。


「あ、ちょ――」


 かと思うと、一目散に店の外へと駆け出してしまったので、ユウの呼び止めすら間に合わない。

 訪問、手紙を渡し、逃げるように去る。それはまるで、猛禽類が頭上から獲物を鷲づかみし空高く消え去るような手際だった。

 一緒に遣ってきたジッチ達四人も、束の間の出来事にポカンとしてしまって、一瞬先に我に帰ったトッチが慌ててリリーを追いかけて外へと駆け出していた。


「あ! お手紙?」


 客の気配をかぎつけて、焼き菓子の皿をトレイに載せてやってきたリンが、呆けているユウの手元を見て目を輝かせた。同じく呆けたままのジッチ、パティ、トリシャに素早く菓子の皿を持たせ、ユウの目の前に躍り出たリンは、目を輝かせたままの笑顔で、その手紙と思しき紙を見つめた。


「あ、ああ、リン。これは……そうだね、お手紙だよ」

「読んで!」

「ええと……どうしよう」


 無意識に受け取ってしまったリリーからの手紙。ユウはそれを凝視してしまう。

 リンは目を輝かせたままその手紙を見ているし、我に返ったジッチ達三人もユウの凝視する様子を興味深げに眺めている。

 一瞬の沈黙が訪れ、店の床で眠りについていたキャニの耳がピクリと動いた。


「帰りますわよ!」


 静寂を破るリリーの声に、名残惜しそうにジッチたち三人は喫茶店を去っていった。手紙をひらひらとさせながら三人を見送ってから、ユウはため息を一つ。


「どうしたの! 手紙は!?」


 出て行った三人を見送りもせず、手紙に釘付けのリンは、カウンター越しにピョンピョンと跳ねてみせる。


「はあ……リン、これはね」


 上質な紙の封筒は、裏を返せば花と草で象られたリリーの家の家紋と思しき印で蝋付けされている。


「多分、招待状」

「招待状?」


 腰元から取り出した短剣で封を切ると、中からは一枚のカードが出てきた。そこには、「女神エリシャの名の下に~」から始まって祝詞のようなよくわからない文章がならび、最後に日付とリリーとその父親の名前が書き添えられている。その名前の上に、蝋に記されていた印と同じものが押印されていた。


「どういうこと?」


 その文章を読んでみたものの、リンには理解が出来なかったらしい。それも無理は無い。幾度と無くそういった招待状を受け取った事のあるユウにはわかるのだが、貴族たちの招待状というのはほぼ暗号に近い。要件をストレートに伝える事はせず、回りくどく、遠まわしに遠まわしに、伝えてくる。ユウも最初、そういう招待状を受け取った時は、何のことかさっぱりわからず困惑した。だから、リンが難しい顔をしているのもよくわかるというものだ。


「ええとね、つまりこの日に、リリーさんの誕生日パーティをするから是非ご出席ください、ってことだよ」

「そうなの?」

「そうなの」


 ユウの頷きに、リンは難しい顔をして、招待状を改めて読み始めた。


 一方、困ったのはユウだ。

 リリーは貴族。冒険者であるが、それ以前に貴族なのだ。リリーの父の名前が入っているということは、つまり主催はリリーの家、もちろん主役はリリー。けれど、その裏には貴族社交界のドロドロとした何かが渦巻いている。そんな気がしているユウ。

 恐らくリリーは純粋にユウを来賓として迎えたいのであろう。そういうリリーの気持ちは嬉しいし、ぜひとも参加したいとも思う。

 けれど、相手は貴族なのだ。貴族の催すパーティが、果たしてかつてユウが見てきた庶民の誕生パーティのようなものであろうか。


 否である。


 例え、リリーや彼女の父がそうでなかったとしても、招待されるものの中には腹に黒いものを抱えている人間はいるだろう。

 いや、黒いものを腹に抱えていないものなどいないと言い切ってもいいかもしれない。貴族同士の嫉妬や怨嗟から、悪意の渦巻く場所だ、と感じているユウは、どうしても、リリーの純粋な招待にすら二の足を踏んでしまうのである。リンやキャニ、ラティマも是非にとは言っていたが、そういう悪意の場所に彼女らを晒したくないのもまた、ユウの本音である。


 ともあれ、リリーは悪気なしにこの正式な・・・招待状を持ってきたのだろうけれど、それ故にユウは悩んでしまう。

 さっき懸念したような社交界の闇のようなものも勿論であるが、リリーからの頼みを無碍にも出来ない。自分を慕ってくれて、且つ、店のお得意様でもあり、しかもかつて命を預けあったウォルが大事にしているパーティメンバーでもある彼女の頼みなのだから。


「うーん」


 リンが嬉しそうに呼んでいるカードの裏面を凝視して、思わず唸り声をあげてしまうユウ。


「お祝い、しないの?」


 その声にリンがカードから視線を外してユウを見上げた。

 その紅い瞳に、好奇心と喜びのような感情が込められているのを見て、ユウはハッとする。


「そっか、お祝いだもんね」

「そうだよ」


 呟くようなユウの言葉に、リンはニコリと笑って、またカードに視線を戻した。そんなリンの笑顔に、少しだけ自分の頬が熱を持ったのを、ユウは自覚していた。


 ニコニコとして招待状のカードを何度も読み返すリンは、お手紙をユウと連名でもらったことは勿論嬉しいし、同時にリリーの誕生日を純粋に祝いたいという気持ちがあるのだろう。

 リンにしてみれば当然のこと。めでたいこと、嬉しいことは祝いたい。社交界なんて関係ない。知り合いを祝いたい、ただ純粋に。


 だからこそ、思わずユウは自分を恥じた。顔を赤くさせてしまうほどに。

 確かに社交界の闇はあるだろう、リリーや彼女の縁者もまたそこに身を置いている。けれど、それがなんだというのだろうか。


 胸に手を当てて、ゆっくりと目を閉じてユウは思い老ける。


 いけない理由、できない理由を挙げるのは容易い。一方でやりたい事を貫き通す事はとても難しい。


 リリーが直接やってきて、招待状を渡してくれた。それは本来、あり得ないことなのだ、と思い至る。

 貴族が使いをよこさず、自ら出向く、など聞いたことがない。それでもリリーは直接出向いてきたのだ。緊張に震える手で、ユウに招待状を差し出した。

 顔を真っ赤に染めて、鼻息も荒げて、必死の想いで、この一枚の手紙をユウに渡してくれた。


 ああ、そうか、とユウは思い至って、目を開く。

 突然、目を閉じたユウが気になったのだろうか、目を開くと、目の前に紅い瞳があった。


「どうしたの?」


 小首をかしげて、リンが尋ねる。ユウは、ふっと微笑んで、満面の笑顔でリンを抱きしめた。


「ちょっ、なに!」

「あーもう、可愛いなあ、リンは」

「ふぇっ、なっ!?」


 そのまま抱き上げて、くるくると踊るように回るユウ。


「やーめーれー」


 困ったように、けれど少し顔を赤らめながら、リンはユウから離れようともがいているが、お構い成しにユウはまわり続ける。


 こともなげにリンは言った。「祝わないのか」と。

 また気付かされた、とユウは嬉しさと、ちょっぴり切ない気持ち、そして何よりリンへの愛しさが募っていく。


 出来ない理由を探す必要などなかったのだ。

 やりたい事をやりたい、と言えることがどれだけ素晴らしいことか。


 抱きしめたリンの温もりも、困った表情も、何もかもが愛しくて、ユウはまわり続ける。

 リンはやがて諦めて、されるがままだ。


「よし、行こう」


 しばらくして、ピタリと止まったユウは、目を回しそうなリンを床に立たせて、その瞳を満面の笑顔で見つめながら言った。


 ようこそ、喫茶店『小道』へ。


 コーヒーの香りに笑顔があふれる、小さな喫茶店。


 店主と、その愛しい子達の、最高の笑顔が出迎えます。


 おすすめはコーヒー。


 笑顔と焼き菓子をお茶請けに、ごゆっくりと、お過ごしください。

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