二人の瞳に映るものは
金属同士がぶつかり合って、その衝撃でカタカタと震えた刃が音を鳴らす。
その音と衝撃の余韻に、アイナは驚きに目を見開き、襲われた当のリンは、ペタリと尻餅をついていた。そのリンの紅い瞳も、アイナと同じく大きく見開かれている。その頬に、高速の剣から繰り出された衝撃波によるものであろう、赤い線が一筋刻まれていた。
「なっ、ゆ、ユウ!?」
リンを襲った人物が、繰り出したその刃先を受け止められたことに驚愕しながら、その人物を見上げて、さらなる驚愕に叫ぶ。
「いっ、いきなり、なんてことするんですか!」
ユウもまた、剣をくりだした人物を確認し、呻くように叫んだ。
鋭くも早いその高速の剣を、咄嗟にとはいえ、利き手とは逆の左手で剣を抜いたユウは、受け流す事もできずまともに受けてしまって、その左腕はビリビリと痺れてしまっている。けれど、この目の前の人物が知人であろうと、今この手を離すのは危険に思えた。少なくとも、この剣が鞘に収まるまでは。
「どういうことだ! ユウ!」
「説明しますから、刀を納めてください、カグさん」
ユウの言葉に、姿勢を低く保ったままで、ユウを鋭い視線で射抜く、カグと呼ばれた人物。リンとアイナの無事を確認しつつ、しかしリンの頬に付いた一筋の赤い線に、僅かに顔をこわばらせるユウ。そして、視線をカグへと戻したユウもまた、鋭い視線でカグを見た。
「てめえ……」
そのユウの表情にゴクリと喉を鳴らすカグ。しかし、その口角は吊りっていた。
刹那、後方へ大きく後退したカグは刀を構えなおす。ユウもまた、短剣を持ち替えてカグを見据えた。
「説明なんかいらない。あたいは勇者だ! 魔族は倒す!」
刀の柄を握り締め、殺意の篭った視線をリンに飛ばそうとするも、それはユウに阻まれて――
「なっ!?」
そこに、さらなる驚きがカグを襲う。殺意の視線をユウに遮られたその後ろで、小さな人影が、リンに覆い被さりながら、カグを睨んでいた。
それは最初に魔族の子供と対峙していた少女――アイナに他ならない。半年の間に、少し背が伸びたアイナは、リンを庇うようにしっかりと抱きしめていて、さらにそこから強い視線をカグに投げかけてくる。
驚きを隠せないでいるカグに、ユウはふっと構えを解いた。それでも、すぐに動けるように警戒までは解いていない。それでも、いつもの笑顔でユウは言った。
「カグさん、コーヒーでもいかがですか?」
ユウの言葉に、少しの間をおいてから目を丸くしたカグは、次の瞬間には思い切りため息をついてしまっていた。
「正直、あたいはお前の事がよくわからないよ」
ユウの一言にすっかり毒気を抜かれてしまったカグは、ほう、と肩の力を抜いて、刀を鞘にしまう。その手が完全に柄から離れたのを見て、ユウもまた短剣を鞘に収めた。
「アイナ、苦しい」
そのユウの後ろで、アイナに確りと抱きしめられていたリンが呟く。
「えっ、あっ、ご、ごめん」
リンの呟きに、一瞬遅れて、アイナはぱっとリンから離れた。
「いい、ありがと」
視線はまだ合わせない、下を向いたままでのリンの呟きに、アイナは花を咲かせたような笑顔を見せた。
「一体、何がどうなってるんだぜ?」
ユウの隣まで歩いてきたカグが、二人のやりとりに首を傾げる。呆気に取られたようなカグの表情をちら、と見て、ユウは笑った。
「そのうち、わかりますよ」
そのユウの言葉に、カグはやはり首を傾げるばかりだった。
*
アイナとリンは再び向かい合い、お互いを見る。そこには、さっきまでのような気まずさはなかったが、けれど、また別の気まずい雰囲気が流れている。
アイナは、少し頬を紅潮させながら視線を泳がせているし、リンはというと、アイナと、その後ろにいるユウとカグ――主にカグをちらちらと見比べて、怯えの色をその紅い瞳に微かに宿していた。
それに気が付いたユウが、カグを店へと押し込むようにしてその場を立ち去っていった。
本来であるならば、リンのその怯えは後々になって大きな問題になる可能性を秘めている。けれど、今はリンにとって、以前から抱えていた大きな問題が、目の前にある。
今優先すべきなのは、その目の前の事――アイナとの事だろう。
突然の事にカグは一瞬騒ぎもしたが、『小道』の玄関扉が閉まる音と共に、再び、静けさがリンとアイナを包んだ。
いつの間にか黒い雲は消え去り、けれど、まだ残る雲の隙間から差し込んだ太陽の光が、二人を照らす。
視線を泳がせているアイナと、恐る恐るといった体でアイナを上目遣いで見やるリンの視線がやがてぶつかって、思わず二人は見つめあった。
太陽の光が、静けさが、柔らかなそよ風が二人の間を通り抜けて、ぶつかった視線を優しく包み込んだからなのか、どちらともなく、笑みが零れた。
それで充分だった。
少し背が伸びたアイナ、そして冒険者になると決意した、強い瞳のアイナ。
背は変わらないけれど、あの一件以来、魔力の制御に励んだリン。その紅い瞳にもまた、アイナと同じ強い決意が秘められていた。
同じような決意を秘めた、紅と黒の瞳はお互いに見つめあい、笑顔を交し合う。
霧が晴れたような、憑き物が落ちたような二人の笑顔は、眩しいほどに屈託のないものであった。
二人の瞳にはお互いの笑顔が写りこみ、それが自然とまた二人を笑顔にする、優しい螺旋。
どちらともなく歩み寄って、二人は並んで『小道』へと入っていく。
いつか、わかる。
あの時、リンは今わかってほしい、と言った。
あの時、アイナは何かを決意した。
きっとそのとき、どうなるかなんて二人にはわからなかったけれど、それでも、アイナは決意して、リンもまた決意をした。
そして、信じ続けた。
いつになるかわからない再会を――
それは、意外にも早くやってきたのか、それとも、必然だったのか、それは誰にもわからないけれど、二人は再会して、今笑顔をかわした。
あの時、二人が切り取った心の欠片が、今再び繋がったのだ。
店に入ってきた二人を見守り、優しい笑顔で迎えるユウ達。カグですら、子供の屈託のない笑顔に、思わず貰い笑顔を見せていた。
ここは喫茶店『小道』
笑顔を運ぶのは、勇者ではなく、子供同士の温かい友情。
おすすめは、コーヒー。愛と友情に満ちた、二人の笑顔をそえて――