夏の終わり
六人の少女が浜辺を駆け回る。
走るたびに水飛沫が陽光に反射してキラキラと彼女らを輝かせた。
六人が六人とも色とりどりの水着で辺りを跳ね回っている。
そんな様子をユウは目を細めて眺めていた。
そこは岩で囲まれた、小さめのプライベートビーチといった海岸だった。
本来であればここからもう少し手前の開けている海岸へ行く予定だったのだが、直前でラティマがいい所があると言い出して、こちらへとやってきたのだ。
いい所があると言ってからしばらく探すそぶりを見せたものだから、ラティマにとって何か不都合なものがあったのかもしれない。
そしてやってきたこの場所は、少し高めの岩に囲まれているからラティマにとっても着陸しやすいし、女性ばかりの一行だから人目につかないのも良いところであった。
「こんなとこよく見つけたねー、さすがはラティマ」
龍の背から降りるなりラティマの頭を撫でてやるユウ。
少し嬉しそうに、そしてほんのりその白い顔の頬と思われる部分を桜色にしながら、ラティマはユウに頭を預けるような素振りをみせた。
龍と人との交流、なんて、御伽噺染みた光景が目の前で繰り広げられて、パティやリリー達は少し呆けて、同時に少しうらやましそうにそんな光景に見入っていた。
ユウの用意した簡易テントで着替えた四人。
パティは白と水色を基調とした花柄のフレアトップの水着、トリシャも同じく白と水色を基調としているドット柄だが、こちらは普通のビキニにパレオを巻いて、大人っぽさを演出している。
リリーはというと真っ白な肌に燃えるような赤いハイネックのビキニで、刺激的なラインを醸し出していた。
そしてリンは、紺色のワンピース型の水着。これはユウが月に一度講師をしている学園から譲り受けてきたもので、授業用に使う水着でもある。それをみたリリーが「懐かしい!」としばし学園時代を懐かしむような目でリンを見ていた。
四人が外にでると、山のようなラティマの巨体が露と消え去っていて、代わりにリンくらいの、リンのものと形の似た白い水着の小さな女の子が、ユウと一緒に砂遊びを始めていた。
「え……」
声を上げたのはリリーだ。パティやトリシャは、その少女をいつのまにやってきたのだろうと首を傾げるばかりだったのだが、その少女の正体に思い至ったリリーだけは思わず声をあげてしまう。
「リリー! どした!?」
その後ろから声をかけてくる、ナイスバディの健康的な女性。簡素ではあるが、非常に目を惹くプロポーションは素材そのものがファッションであるとばかりに主張してくる。
「……」
振り返って口をパクパクとさせてそのナイスバディを指差すリリー。その指差す先には水着からはみ出て激しく左右に揺れる尻尾と頭の上の獣耳があるう。
「あ……ああ! そっか、もしかしてラティマさん?」
そこでようやくパティとトリシャが少女の正体に思い至ったのか、ポンと拍手を打つ。
「はい。改めまして皆様、私、ラティマ=セラ=ベータと申します。どうぞ、お見知りおきを」
どうみても幼い少女にしか見えないラティマは、しかし先ほどまで全員が背に乗っていた龍と同じ声色を発し、優雅に礼をしてみせた。
打ち寄せる波間で、パティ、トリシャ、リリーの三人娘がきゃっきゃとかしましくはしゃぐ。いや、そこにキャニも加わったものだから余計にかしましい四人娘だ。
一方で、砂浜の上にシートとパラソルを立て、その下でくつろぐユウと、そんなユウの目の前では黒髪の少女と銀髪の少女――リンとラティマが協力して砂の城の建造を始めていた。
パティ達はついに海へと入り泳ぎの速さを競い始める。それぞれが思い思いのフォームで泳ぐのだが、キャニに至っては人間の姿であるにも拘わらず、犬掻きをしている。それでも他の三人より頭一つ速いのだから、そのギャップにユウは思わず笑ってしまう。
リンとラティマの砂の城建造工事は佳境に入り、城を囲む城壁の建築に取り掛かろうとしていた。その間にも、城郭の造りを巡って二人はあれやこれやと話していたのだが、どうやら二人とも見たことのある帝都の城の形で決まったようだ。
けれど、リンは下からしかそれを見たことがなかったし、ラティマはラティマで上からしか見たことがなかったから細部の作りこみに際してもあーでもないこーでもない、それは違う、などと話し合いが始まって工事が難航した場面もあった。
「あら、帝城、ですわね?」
そこへリリーが泳ぎ着かれたのか、一休みですわ、と海水に濡れた髪を梳かしながらやってきて、二人で作っていた城を一目見てすぐに言い当てた。
「ここ、ちょっと違いますわね。ここには兵の詰め所があって――」
リリーは丁度リンとラティマの間で論争になっていた部分を指摘する。
その指摘にリンとラティマは目を輝かせてリリーを見つめた。
純真無垢とすら言える四つの瞳はまっすぐにリリーを見て、そしてリリーもまたそんな純粋な瞳に応えるようにニッコリと笑顔を見せた。
「ここ! ここは?」
「ええと、そこは――」
帝都有力貴族の三女のリリーは確かに帝城へ足を運ぶ機会は多かったのだろうけれど、それにしてもリンとラティマの疑問に次々に応えていく。ちょっと詳しすぎるような気がする、とニコニコと見ていたはずのユウの笑顔が段々と強張って行く。
「ここには、謁見の間につながる隠し通路が――」
やがて、どう考えても国防上の機密としか思えない事を口にするリリー。どうしてそんな事をしっているのだと、ユウは思わず目を剥いた。
「え? 公然の秘密のようなものですし、てっきりユウ様もご存知かと……」
「流石にそんなこと知りませんでしたよ……」
貴族からすれば当然のことだったのかも知れないが、いくら勇者とはいえ、貴族の社交界にいくらか参加した事があるにしたって、元々はただの平民であるユウがそんな事まで知りえるはずがなかった。
「てっきりご存知なのだとばかり……」
バツの悪そうな顔で頬を掻くリリー。
けれど、リンとラティマの作っていた城が実に緻密に、繊細に再限度も高く作られていたものだから、ついつい熱が入るのもわかるというものだ。
「おっ? なんだこれ!」
そこへまた海よりの刺客が現れる。人間形態であるにも拘わらず、ブルブルと身を震わせて水飛沫を発生させながらこちらへ向かってくるのは、キャニだ。
「ちょ、キャニ! お城!」
そんなキャニの水飛沫攻撃を砲撃よろしく食らう砂の城。思わず声を上げたのはリンだった。
繊細に作り上げられていた城の一部の小さな塔はその飛沫によって倒壊してしまう。
「む、む、むー!」
リンが、倒壊した一角と目の前できょとんとしているキャニ――の顔というより、その前に聳え立つ豊かな二つの山――を憎らしげに見比べながらうなり声を上げる。
「あれ……リン?」
「きゃああにいいいい!」
憤怒を浮かべたリンが肩をいからせてキャニへと詰め寄っていく。
「なあっ、ご、ごめええん」
「あっ! まて!」
リンが何故怒り出したのかを理解する間もなく、単に本能でキャニは逃げ出して、リンがすぐさまその後を追いかけていった。
「リンさーん、どこいくんですかー」
状況についていけずにいたラティマが走り去ってしまった二人を追いかけていく。
「あらら……」
そんな三人を見送って、ユウとリリーは思わず顔を見合わせて、次の瞬間には噴出してしまうのであった。
「なーにわらってるのかなー、ねえ、トリシャ姉?」
「ええ、そうねパティ。さて……この中に一人、仲間はずれがいまーす」
噴出してしまった二人の背後からそんな声が浴びせられる。
言うまでも無くパティとトリシャだ。
悪寒を感じてユウが振り返ると、手をわしゃわしゃとするような仕草をした二人がジト目でユウを見ていた。
二人がジリジリとユウににじりよる。思わずユウも後ずさってしまうほど、二人は邪悪な表情を浮かべている。
「ど、どうしたの二人とも……」
困惑の表情を浮かべて後ずさるユウ。
「しらじらしい」
「ほんとしらじらしい」
そんなユウに、一瞬顔を見合わせた二人だったが、さらに目を細くしてにじり寄る歩みを留めることはない。
「リリーさん、やあっておしまい!」
「……ユウ様、すみません!」
「へっ?」
そこへ隣にいたはずのリリがいつの間にかユウの後ろへ回り込んでいて、一瞬の虚をついてユウを羽交い絞めにしてしまった。
「ちょ、リリー?」
「すみません、すみません! でもユウ様も悪いんですよー!」
一体何が起きているのか、少し混乱してしまうユウ。
後ろではリリーが必死にユウを捕まえ、前からはパティとトリシャが手を卑猥に動かしながらユウとの距離をつめてくる。
「脱げー!!」
「ちょっ!」
そうしてパティがユウの服の裾を掴んだ――
砂浜に着いてから今の今まで、ユウはフードのついた上着を着たままそれを脱ごうともしなかった。早々にパラソルを立てて悠々と他の六人を監督でもするかのように見ているばかりで海に入るわけでもない。
それに気付いたパティたち三人娘とキャニの四人が一計を案じた。
それが今、ここで繰り広げられている「ユウの水着お披露目」作戦である。
「ちょ、延びる! やめ――」
「ほれほれー、ここかー」
「パティ、ちょっと親父くさい」
「すみませんすみませんすみません!」
トリシャがユウの足を抑え、リリーがユウを確りと固定、そしてパティがその上着を脱がしに掛かっているその下でユウが少し色っぽい悲鳴を上げている。
トリシャはちょっと下品なパティをジト目でみているし、後ろのリリーはずっと謝りっぱなし。
パティはというとニヤニヤしながらユウの上着を引っ張る。
そして――
「うぅ……酷い……」
力なくうなだれるユウと、その手に上着をもって勝ち誇るパティ。リリーはユウのそんな姿に顔を真っ赤にしながらも目を輝かせて「レアだ!」と歓喜の声をあげているし、トリシャは苦笑いを浮かべていた。
上着を取られたユウ。
その下に来ていた水着はというと、パティと同じくフリル大目のフレアトップの青一色のブラに、短パン型の水着で、できるだけ体のラインが出にくいようなものだった。
「ユウさん……それはないわ……」
苦笑いしていたトリシャがため息混じりにぼそりと零した言葉がユウの心に突き刺さる。
「うぅ……だって、だって」
ユウが着ているような水着は、少なくとも若い娘が着るようなものではなく、特に短パン型の水着はどちらかというと、少しお年を召して体型が崩れてきた方々に人気の品だ。そこがトリシャのため息の原因だった。
「だって……胸もないですし、見られたくない傷とかもありますし……うぅ」
「あ……」
トリシャがしまった、という顔をした。ついでリリーもまた、それに気付いてトリシャと顔を見合わせた。パティは何だかわからないという顔でそんな二人の顔を交互に見て小首をかしげた。
「その、すみません、ユウさん」
「ごめんなさい、ユウ様……」
トリシャはかつて母が、リリーは自身が冒険者故に、ユウの「傷」について浅慮だったと思い至ったのだ。
そう、ユウがいくら強大な力をもった勇者なのだとはいえ、様々な難敵と戦ってきたのは事実である。その過程で傷の一つや二つあってもおかしくないのだ。
傷は勲章だと、そうは言うけれど、ユウだってまだ娘といっていい年頃なのだから、自身の体に傷がある事を気にしないわけがない。
つまりはそういうことなのだ。
「あ……わかってくれれば、うん、気にしなくてもいいよ」
苦い顔をしてしまった二人に、思わずユウも気遣ってしまう。
確かに傷はあるのだが、ユウとしては見せびらかすようなものでもないし、むしろいつかこれを見せることになる相手にどう話そうかなんて夢想してしまうくらいであったから、二人がそこまで翳るとは思わなかったのだ。
「さ、さあ、折角水着も披露してしまったことだし、およごっか?」
キャニを追いかけていったリンとラティマも気になるし、ユウは三人に笑顔を浮かべて見せた。
そんな笑顔は普段とは違う、憂いが入ったような、どことなく艶のある笑顔で、それを直視してしまった三人は、一瞬で顔がゆでだこのように真っ赤になってしまった。
「ん? いこ?」
そして追い討ちの太陽のような笑顔――
海岸を彩る七人の乙女の声。
楽しそうな声と、笑顔がこぼれて波間に消えていく。
やがて日が暮れて、そこにはさっきまでの乙女達の声はなく、たださざなみが打ち寄せる音だけが響く。
夏が終わる――