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夏の終わりに 3

 にわかに警鐘が鳴り響き、騎士団が緊急招集される。

 突然の報に帝都は地獄をひっくり返したようなてんやわんやの驚天動地に包まれていた。


 夜明け直前のまだうす暗い刻限、だが帝都はあちらこちらで篝火が焚かれ、騎士団を始めとした帝都の軍人達がものものしい雰囲気で帝都中の持ち場につく。本日二回目ではあるが。


「あれだ!!」


帝都でも一番高い塔で見張りをしていた兵士が叫ぶと同時に伝令がとび、波紋のように緊張感が広がっていく。

兵士が指差した先、篝火が焚かれた城壁の遥か先、漆黒の闇を形にしたような黒い雲を山の向こうから微かに光が照らす空を、影がゆっくりと移動していた。


「さっきの奴か?」

「いや、色が違う……さっきのは黒っぽくてわかりにくかったけど、今見えるのは白くてはっきり見える」


 兵士が指差す先には空を行く白いモヤの塊のようなものが見えている。


「黒いドラゴンは破壊を、そして白いドラゴンは再生を、破壊と再生のつがいといわれている。同時に現れるなんて聞いた事もない」

「そんな伝説みたいな話初めて聞いた」

「こういうとそれっぽいだろ?」

「作り話かよ!」

「ははは、ここにでんせつがうまれたのだ」


 最も危険な、生ける伝説が現れたというのに、冗談を言い合って笑う兵士達。だが、彼らの目は一切笑っておらず、冷や汗も止め処なく流れていた。


 やがて白いドラゴンの姿も霧散するように消える。


「もう勘弁してくれ……」


へなへなと床に崩れる兵士達。思わず毀れた安堵のため息が篝火を揺らしていた。



 ――同じころ。


 その光景をみたパティは、「まるでドラゴンが一瞬で石化したかのようだった」と後に語る。

 この世の絶対的な力を具現化したような、生ける伝説『ドラゴン』。

 しかもその威容はすさまじく、パティやトリシャ、リリーはもちろん、リンですら薄っすらと冷や汗をかいているようだった。一人はしゃぐキャニはやはり元々魔族だからなのだろう。


 それにしても、ユウが発した言葉は、その威容すらものともせず、むしり硬直させてしまうほどの威力があった。ドラゴンはもちろんのこと、周りのパティ達までが硬直するはめになった。


「チェンジで」

「チェン……?」


 ピシリ、とそんな擬音をだすかのように、その言葉で硬直してしまうドラゴン。ユウを一呑みにできそうなほど巨大な口をぽっかりとあけて羽ばたきすら忘れてかたまっていた。


「メルセル、どうしてラティマに頼んだと思うんですか?」


 ユウの一言にかたまったままのドラゴン――メルセルはその問いには答えられないでいる。


「ちゃんと考えてくださいよ、女の子同士の話に介入するなんて前に話してた君の想いドラゴンさんからも嫌われちゃいますよ?」

「きらっ……ええええええっ!?」


 腹の底まで響きそうな、咆哮にも似たその声は一陣の風を巻き起こし、その場にいた者は吹き飛ばされないでもかなりの強風を受けて思わず足を踏ん張っている。そんな風を受けても髪がなびく位でケロッとしているユウは、けれど頬を膨らませて巨大な龍を睨みつけていた。


「大体君は、最初に出会った頃から――」

「ユウ」


 指を立てて呆然としているメルセルに対して何事か言おうとしていたところに、いつのまにかそばまで来ていたリンがユウを制して空を指差した。


「またくる」

「え?」


 リンの指差した先、宵闇がやや白じんで来た空の向こうには何も見えない。


 いや、輝く星が一点、動いているように見えた。


「ん? ラティマ?」


 メルセルが振り返ってぼそりと零す。動いているように見えた星は、輝くような白を空に撒き散らすかのように段々と大きくなって――


「やべっ」


 メルセルが叫ぶと同時に空へ向かって急上昇していく。


「ひゃあああああ」


 すぐそばでパティたち三人のうちの誰かが悲鳴にも似た声をあげた。


 輝く白い星はあっというまに巨大になって――いや、物凄い速度でユウたちに向かってきていた。


「メルセルううう!!」

「く、くるなああっ!」


 ユウ達の目の前に現れたのは、巨大な白い龍。それはメルセルよりも一回り大きく、その白は神々しいばかりに光さえ放っているようだった。

 その白龍はユウ達の目の前で急制動をかけ、やはり先ほどのメルセルのように空中で羽ばたいて静止した。


「ユウ様、ご機嫌麗しゅう。今、不貞の輩を成敗いたしますので――」


 その首をお辞儀するようにぺこりとユウに向かって振ると、次の瞬間には上空へと急上昇していった。


「あ、ラティマ――」


 ユウが声を上げた時には、既にその上空でまばゆい光が放たれていた――


*


「さ、いきましょう。全員そろっておいでですか?」


 その声は凛として透き通るような美しい声だった。嬉しそうに白い翼を大きく広げて目の前で呆然としている女性達を順に見ながら、目を薄くさせて――それが人間でいうところの笑顔ならば――笑顔をみせた。


「あ、あの……大丈夫なんですか?」


 パティが一歩前に出て、白い龍――ラティマの後ろでブスブスと焦げたような音を立てている黒い物体を指差す。


「ああ、大丈夫ですよ」


 またもニコリと目を薄くさせるラティマ。一度黒い物体を一瞥して、再びパティに向き直ったラティマは、


「そのうち治ります」


と、目を細めながらやや冷たいトーンで話す。


「そんなことより、はやくいきましょう。実は私もね、えへへ、新しい水着買ってきたんですよー」


 白い龍の顔が少しばかり赤くなっているように見えた。


「え?」


 ユウ以外の皆はまたも呆然と龍を見上げた。その頭の中では、目の前の巨大な白い龍に水着が装着されるという共通の想像が浮かんでいる。とはいえ、各々想像した水着に差異はあったようだが。


「ささ、日が昇りきる前に参りましょう~」



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