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夏の終わりに 2

 にわかに警鐘が鳴り響き、騎士団が緊急招集される。

 突然の報に帝都は地獄をひっくり返したようなてんやわんやの驚天動地に包まれていた。


 夜明け直前のまだうす暗い刻限、だが帝都はあちらこちらで篝火が焚かれ、騎士団を始めとした帝都の軍人達がものものしい雰囲気で帝都中の持ち場につく。


「あれだ!!」


帝都でも一番高い塔で見張りをしていた兵士が叫ぶと同時に伝令がとび、波紋のように緊張感が広がっていく。

兵士が指差した先、篝火が焚かれた城壁の遥か先、漆黒の闇を形にしたような黒い雲を山の向こうから微かに光が照らす空を、黒い影がゆっくりと移動していた。


ドラゴン――


 伝説の生物でありながら、その存在が確認されている、地上で最も危険な生物。

 人間を遥かに凌ぐ巨体、硬い鱗に覆われた表皮はどんな武器も通さず、火を噴き、空を飛ぶ。その鋭い爪はいとも容易く人間の体を引き裂き、彼の口から吐き出される火に包まれれば人間など消し炭と化す。


 普段は魔族領の奥深くにいるはずのその生物が、今、帝都の空を優雅にも羽ばたいている。


 その優雅さとは裏腹に、戦慄する兵士達。

 雲の切れ間に巨躯の影が見え隠れするたびに、兵士達はその鼻先がこちらへ向かぬよう祈る。


 ――やがて、影は空へ溶け込む様にして消えていく。

 後に残ったのは煌々と燃え盛る篝火にかかるため息だけであった。



――同時刻。


「ねむ……」


 少し大きめな肩掛けカバンの重さに、体を前のめりにしながら寝ぼけ眼のパティが呟く。

 その後ろでは同様に半眼のトリシャと、対照的にテンションの高いリリーの姿があった。


「おはようございます! ユウ様!」


 ここは喫茶店『小道』とパティの村の丁度中間地点に当たる草原。まだ辺りは薄暗くて、星さえ空に瞬いている。季節は夏だが、日も昇らない刻限のふきっさらしの草原はどこか肌寒くて、半眼のままのパティとトリシャは腕を抱える。そんな二人を尻目に三人の目の前に現れたユウ達にリリーはハイテンションのまま朝の第一声を発していた。


 ユウ達はと言えば、ユウはいつものように笑顔で「おはよう~」と元気一杯のリリーに挨拶を返し、まだ半眼のままのパティとトリシャを見て微笑む。その横には、パティやトリシャと同じく半眼のままのリンが、ハッハッと息遣いも荒く、目を爛々と輝かせるキャニを胸に抱いてぼんやりと空を眺めていた。


「随分大荷物だけど……」

「ああ……海遠いじゃないですか……何日か泊まれるようにって思って……」


パティとトリシャが肩にかけた大き目のカバンを見て、ユウが目を丸くしていたが、パティの説明を聞いて納得と言わんばかりにうなずいた。


「ああ、でも……」


そこで初めてユウが苦笑すると、そこへどこからともなく鳥の羽ばたきのような音が響いてくる。


「あ、きた」


 まだ夜の闇が支配権を譲らぬ空を指差してユウが呟いた。

 その指が示す先を他の五人も仰ぎ見る。


「え……」


 思わず肩のカバンを落として、パティとトリシャが呆けるようにその指先を凝視してしまっている。


「えええええええええええええええ!!!」

「うおお!! ドラゴンだああああああ!!」


 続いてリリーの悲鳴とキャニの驚嘆の声が同時に草原へ響く。


 ユウの指し示した先に現れたのは一頭のドラゴン。しかも、それは近づくにつれ、その巨体を否が応にも理解させられてしまう。

 ついにユウ達六人の頭上までやってきたドラゴンはその場で羽ばたきながらその長い首をユウに向けてもたげた。


「あれ……メルセル?」


 呆けたままのパティとトリシャ、悲鳴をあげたままの体勢で固まっているリリーに、歓喜の声をあげるキャニと、初めて見るドラゴンに目を丸くするリン。そして、顔を近づけてくるドラゴンを見て首をかしげていた。


「おかしい、私が連絡したのはラティマのはず……」

「久しいな、ユウよ」


 ユウの体よりも大きなドラゴンの顔がユウの頭上までくると、首をかしげているユウに構わず人の言葉で話しかけてきた。


「ひえ……」


 その様子にパティたちはただ息を飲むばかりだ。


「ちょっと、メルセル。私が頼んだのはラティマのはずじゃ」

「愛しい勇者の頼みだ、不肖の妹になど勤まるべくも無い。故に、兄である我が馳せ参じたのだ」

「えー……」


 低く響くような声は、それだけで空気を震わせる。

 その声でようやく我に返ったパティとトリシャは、リリーと身を寄せ合って、ドラゴンとユウの様子を緊張した面持ちで見つめていた。


「ちょ……それは、困る」

「なぜだ?」

「何故って……」


 ユウの頭上で首を傾げるドラゴンにユウは眉を顰めてしまっていた。


「ど、どうした? 希代の勇者にして、我らが盟友。そして、その……我の……とにかく勇者のたのみとあれば、我が馳せ参じるのが道理であろう?」

「いや、それはそうかもしれないけど、今回のはプライベートっていうか、うぅん」

「ゆ、ユウ、何かあるのならはっきりと言うがよい。我とお主の仲ではないか」


 ドラゴンはどこか焦ったかのようにユウの頭上で首をキョロキョロとさせ、落ち着かない様子ながら、しかし威厳は保ったままの声を発している。


 しばらく考え込んだままのユウだったが、意を決したように頭上のドラゴンを見上げた。


「チェンジで」


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