夏の終わりに 1
その日、その情報を入手した者達は、即座に動きを見せた。
それは恐ろしい程の速さで伝達し、そしてそれを聞いた者達はこぞって協力を申し出た。
入念に下調べが行われ、やがてその当日、彼らの前に出現した光景は……
「あれ?」
そこにあるはずだった天国のような光景は、存在せず、ただ打ち寄せるさざ波の音だけがむなしく響いてくる。
「これは、どういうことだ?」
他の者が最初に声を上げた者を非難するような口調で睨んだ。
「いや、これは、何かの間違いだ」
「確かに間違っていたようだな」
慌てて弁解するが、周りは突き刺すような視線をその男に向けた。
「だからやめましょうっていったのに……」
その中にいた少年がぼそりと漏らす。
「おい、ホヴィお前もリンちゃんの水着姿が見たくて悪態つきながらも手伝ってたくせに、何言ってやがる」
「ちょ、ウォルさん、ちがっ」
その少年――ホヴィの呟きを聞き漏らさずに拾い上げたウォルが呆れたように、けれどやはり非難するかのようにホヴィを見ていた。
「それにしてもどこから俺達の動きの情報が漏れたんだ……」
そこに集まったホヴィやウォルの他、パティの村の男達や帝都の男達がため息をついて、今度は犯人探しが始まる。
こいつか? そいつか?
しかし誰を問い詰めても埃すら出てはこない。
打ち付けるさざ波の音だけが静かにそこに響くだけであった。
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海に行く事が決まったその日、さぁ、出発だ、と今まさにユウがリンとキャニを抱えて飛び立とうとしていたところへ、パティたちがやってきた。
「ああっ! ユウさんどこいくんですか!?」
パティとトリシャ、それにリリーも一緒だ。パティはユウを見つけるなりその旅支度をみて声を上げる。
「パティちゃんにトリシャちゃん、それにリリーちゃんも……どうしたの?」
ユウがリンを抱きかかえたまま首を傾げる。
「何って、暑いからユウさんのところでアイスコーヒーでも飲もうかってトリシャ姉と話してたら、リリーさんもいきたいってなって」
「そっかぁ、ごめんね。今日はこれから海に行く予定になって臨時休業に――」
「え!? 海!?」
パティに事情を説明しているところへ声を上げたのはリリーだった。
「ここから、海!?」
「あれ? リリーさんは知らないんでしたっけ?」
呆気にとられているリリーに、トリシャとパティが首を傾げる。
「ユウさんは、飛んでいくんですよ、空をびゅーんって」
「鳥だ! 魔族だ! いや、勇者ユウだ! ってよく言われてますよね?」
「いや、知らないです」
パティとトリシャが空を指差して言って見せるものの、リリーは首を傾げてクエスチョンマークを浮かべながらその話を一蹴する。
「あはは……まぁ、そういうわけだから――」
「ちょっ、まって、ユウさん」
苦笑いを浮かべながら飛び上がろうとするユウの手を取って引き止めるパティ。
「そういうことでしたら、皆でいきましょうよ? 今日のところは我慢をして――」
そこまでパティが言いかけて、自分に突き刺さる二つの視線に一瞬たじろぐ。
汗をかきながらジト目でパティを見ているのは誰あろうユウに抱えられているリンとキャニだった。
「あつい」
「あぢー」
リンはジト目のまま、キャニはだらしなく舌を出しながらぼそりとこぼす。
「うっ」
そんな二人の視線に言葉を詰まらせるパティ。
「あ、じゃあ、ちょっと川に行きましょうよ! 今度女性だけで海に行く事にして!」
「あ、トリシャ姉! それいいね!」
「川、いいですわね」
やってきた訪問客の三人の女性はお互いの顔を見合わせあって、手を取るようにきゃんきゃんと跳ねた。
「えと……」
盛り上がっている三人をよそに、リンとキャニを抱えたまま、出かけるに出かけられずユウは苦笑いを浮かべている。
結局、パティとトリシャ、リリーの三人と共に村近くの川辺までやってきたユウ達。
「つめたい!」
「つめたっ!!」
川が見えてくるなり、リンもキャニもいの一番に駆け出して流れる小川に手を突っ込む。
パティの村とその隣村を隔てる川は、増水すれば荒れ狂う龍のような様相を見せはするが、そうでなければ穏やかな流れで、特に今日のような猛暑日にはそのせせらぎすら涼しく感じさせてくれる。
パティとトリシャの案内で連れてこられたその川の一角は、淀みも多く流れも特に緩やかな場所で、且つ、川瀬も浅い場所であった。
パティ、トリシャ、リリーもスカートの裾が濡れないように膝上まで捲り上げて、リンやキャニに続いて川へと入っていった。
「つめたーい!」
「ああ、この冷たさ、凄く癒される……」
「川、いいわね……」
三人が三人とも極楽だといわんばかりに足からの川の冷たさに感じ入っているようだった。
ユウはといえば、そんな五人を川の縁に座って、ニコニコしながら眺めていた。
しばらく川の水の冷たさに歓喜するように天を仰いでプルプルと震えるリンとキャニ。その傍らではパティら三人の間で水の掛け合いっこが始まっていた。
「くらえっ、トリシゃ姉!」
「くぅ、腕を上げたわね……ん!? リリーさん隙ありぃっ!」
バシャッ!
「ひゃあっ! よくもやりましたわね! てぇぃっ!」
キャッキャッウフフと水を掛け合う三人だったが、その余波はリンやキャニにまで及ぶ。
ざばーっ!
「――っ!」
思いの外大量の水を掴んでしまったパティの水浴びせ攻撃がリンを直撃し、頭から思い切り水を被るリンとキャニ。
「お……おおぉぉっ!!」
「………しかえし!」
髪からぽたぽたと水を滴らせたリンがキャニをむんずと掴むと、丁度三人の真ん中目掛けてキャニを放り投げた。
「うおぉっ!?」
宙を舞うキャニが叫びながらパティたち三人の真ん中へと勢い良く飛び込めば、大きな水柱がたって三人が三人とも頭から水を被ってしまう。
「キャニ、ついげき!」
「がばばっ……おぼぼう!!」
口に水を含みながらキャニが声をあげ、同時にその身をぶるぶると激しく震わせた。
「ひゃああっ!?」
「ちょ、キャニちゃん!?」
「つめたっ、つめたいですわよ!」
水柱の一撃にびしょぬれになった三人が、続けてキャニの飛沫攻撃を受け逃げ惑う。
そんなこんなでしばらく水遊びを楽しんでいた五人だったが、ある時トリシャがはたと気付いて他の四人を呼び寄せて円陣を組んだ。
「?」
その様子に川の縁でのんびりしていたユウが首を傾げる。同時にうなずきあった五人が怪しげな視線を、ユウへと投げかけた。
「――へ?」
薄ら笑いすら浮かべた五人は次の瞬間、一斉にユウへと川の水をかけ始める。
「ちょ、みんな――」
思いもかけぬ自体に防御膜を張る事も無くユウはそのまま五人から水をかけられてしまった。
「やったなぁ!」
ついに川へと一歩踏み出してユウもまた水合戦へと参戦していった。
水も滴るいい女、というかびしょ濡れの六人は周りに気を配る事も無く水合戦を続けていく。
体が冷える寸前まで遊んだ水の乙女達は、身震いをして始めて川から上がって、焚き火で体を温め始めていた。
「ん?」
そこで最初に気付いたのはユウである。
いつのまにか多くの気配と視線を感じる。ユウともあろうものが水遊びに夢中になって気付かなかったのだろうか。いや、そうではなく、ユウは単に人の気配は感じていたものの、その視線が好奇のものと成ってこちらに向いている事に気付かなかったのだ。
そうして初めてそこにいた乙女五人の有様に気付くユウ。
(しまった――)
誰も視線に気付いていないのか、何も気にする様子も無く、焚き火にあたっているのだが、その服は水でぐっしょりとして、ところどころ透けているような、一種あられもない姿であった。元々毛玉のキャニはともかく。
服が体に張り付いてボディラインを浮かび上がらせている上に、そこから透けた肌が見え隠れしている様は、どことなく官能的でそこでユウは思わず赤面してしまった。
「か、帰ろう!」
思わず立ち上がって、焚き火を消し始めるユウに首を傾げる五人。
「まだ服が乾いてないですよ、ユウさん」
「いやっ、そのっ、とにかく帰ろう!」
ユウの赤面しながらも凄い剣幕に思わずたじろぐ五人は、釈然としないながらうなずいてそそくさと川から離れていく。
その六人を追いかけるでもなく、視線の持ち主たちは、その場から一歩たりとも動くことなくユウ達を見送るだけであった。