プレゼント・フォー・ユウ
久しぶりにせがまれて、膝の上にリンをのせたユウが本を読んでいた。
その本を読み聞かせながら、ふと、思い出したユウは、クローゼットを開ける。
そこから取り出してきたのは赤い生地に緑のふさふさした毛球が天辺についた帽子。
この帽子にはとあるいわくがある。
その日は朝から雪が降っていた。
リンを預かってから、初めての雪。
肌に刺さるような寒さで目を覚ましたリンは、しかし窓の外の光景を見た瞬間その寒さを忘れたかのように声を上げた。
「しろい!」
リンの目に飛び込んできたのは、一面白く覆われた屋根と、森の木々、そしてその間から覗く、やはり白で覆われた街道だった。もはや街道と草原の境目はなくて、全部が白い雪で覆われていたから、リンが見たのが街道なのか、それともその先に広がる草原なのかはわからなかったが。
「ユウ! しろい!」
リンがユウをゆさゆさと動かして、反応を確認すると窓の外へと走り出して、外を指差して叫ぶ。
「うー……さむ」
寝ぼけ眼のままでリンが指差した先をみてこくりと頷くと、再び布団を被って横になる。
「ユウ!」
真紅の瞳を大きく広げて、鼻息も荒くリンが再びユウをゆさゆさと揺り動かす。
「あれはゆきだよぅ」
「ユキ?」
「うん、ゆき。 おやすみ」
「ユウ!」
まだ日が昇りきっていないにもかかわらず、僅かに顔を出した陽のカーテンの裾が、一面に積もった小麦粉のような白に反射して、外はかなり明るくなっていた。
それから何度揺り動かしても石のように動かないユウに一寸ため息をついて離れると、リンは再び窓から外を見た。
「おお……」
昇り始めた陽が顔を出すと、その光が森の木を覆った白い屋根に反射してキラキラと星屑のように輝く。その輝きはやがてリンが覘く窓のすぐ外の屋根まで降りてきて、屋根もまた星屑のように光を放つ。
段々と陽が高くなるに連れて、輝きは広がって行って――
「ぶは」
厚着をしてもこもこするリンの顔に白いものがぶつかって砕けた。
「ユーウ!」
その白いものをぶつけた張本人が睨むリンを笑いながら見ている。
「あはは、ほらほらー」
笑いながら地面の白を掬ってきゅっと軽く固めるとリンに向かってふわっっと投げた。
「ぶぶっ」
それをまた思い切り顔面で受け止めてしまうリン。
「もー!てやあっ!」
リンもまたお返しだといわんばかりに雪を掴んでそのままユウに投げつけるが、良く固められていないそれは空中分解して、その飛礫だけが飛沫のようにユウへと降り注いだ。
「あまーい!」
「むぅっ! ずるい!」
窓の外、白い輝きをずっとみていたリンに、ようやく起きたユウが外で遊ぼうと誘いをかける。リンは一も二もなく頷いて、ユウが引っ張り出してきた防寒具を着るのもそこそこに外へと飛び出していった。
店の外一面に積もった雪の白に、リンはまた目を輝かせて見入ってしまう。そうしていると、隣でユウが突然、木から落ちた雪の吹き溜まりへと顔からダイブしていった。
「ちょっ、ユウ!?」
「……」
「ユウ?」
「ぷはぁっ」
「わっ」
しばらく動かなかったユウをいぶかしげに見ていたリンだったが、いきなりユウが顔を上げたので思わず後ずさってしまった。
「ほらほら、リン、私の顔型ー」
「なにそれ」
ユウがニコニコとさっきまで自分が突っ伏していた場所を指差す。リンが釣られてそこを見ると、見事にユウの顔の形をした跡ができあがっていた。
「ぶっ! ユウだ! でも不細工だ!」
「ちょ、不細工は余計だよぅ」
その顔型にリンは思い切り噴出して、腹を抱えて雪の上を笑い転げてしまった。そんなリンの様子にユウもまた小春日和のような温かな笑みを浮かべていた。
「むぅ……」
けれど、リンがいつまでも雪の上で笑い転げているものだから、思わずユウは口を尖らせて傍らの吹き溜まりから雪玉を軽く握ってリンに投げつけたのだった。
「ぶはっ」
それからすぐにユウとリンの二人だけの雪合戦が始まった。
ユウもリンも、頬をリンゴのように赤く染めながら、雪合戦のその後は二人で雪像を作ったり、雪の上を滑ったりと雪遊びに興じていた。その雪遊びは日が傾くまで続いていた。
夕日の紅が白い地面を燃やし始めて、初めて時間を忘れていたことに気付く二人。
「今日もお客さんこなかったね!」
いつもなら思わず苦笑いしてしまうリンの台詞だったが、頬を赤く染めたままの満面の笑顔にユウも頷いてしまう。
「そうだったねー」
「お腹すいた!」
「何食べたい?」
「うーん……パスタ!」
「了解!」
カウンターの奥で早速調理を始めるユウ。その隣ではリンもまたキッチンに立っている。元々が大人の大きさに合わせて作ってあるキッチンの高さだから、リンが何かをしようにも背伸びしてようやく頭が出る程度だから、ユウが調理しているのをみているくらいしか出来ない。それでもリンはユウが着々とパスタを作っていく過程をニコニコしながら見ていた。
「はい、これで出来上がり。あっちで食べようか?」
「うん!」
今日はカウンターに二人で並んでパスタを食べる。
リンのパスタの食べ方も段々と上手になってきていて、三回に一回くらいはくるっと上手く巻けるようになっていた。
「あ、雪!」
「あ、こら口に食べ物入れたまましゃべらない!」
そういいながらもリンの視線に釣られてユウも窓の外を見る。店の明かりが微かに照らす窓の外をちらちらと光の粒が舞っていた。
「リン、知ってる?」
「ん?」
窓の外をちらちらと見ながらパスタを味わうリンに、すでに食べ終えたユウは頬杖をついていつもの笑顔で見つめていた。
「こういう雪の日はね、赤と緑の配達人がくるんだよ?」
「配達人?」
一瞬食べるのを止めてユウを見つめ返す。
「そ、赤と緑の配達人。よい子のところへ一年に一回だけプレゼントをもってきてくれるんだよー」
「プレゼント!?」
「あ、こら食べ物を口に入れたまま喋らない」
ユウの言葉にリンは口の中に頬張っていたパスタをしばらくもふもふしてから飲み込んだ。
「プレゼント!?」
「そう、プレゼント。良い子の所にもってきてくれるんだって」
「今日!?」
「え……今日は、どうかなぁ。よい子でも配達人さんにお願いしないと配達人さんも何が欲しいかわからないからねぇ」
「そっか……あ! 子供じゃないから!」
「ふふ、そうだね、でもリンのところにも来ると思うよ?」
「え……子供じゃない……のに?」
一瞬だが顔をしかめるものの、けれど、それはもはやニヤニヤとする顔を抑えきれずに歪んでいる。食事を終えて食べ終えた皿をキッチンの流し場まで持っていくのが約束事になっているのだが、今日はぶつぶつと何事かぼやきながらリンは食器を運んでいく。
「服…? でも……本?」
ついには腕組みまでして店の中をうろつき始める。そして、時々思い出したようにユウを見ては
「子供じゃないよ!」
と、無理に笑顔を隠そうとわざと顔をしかめるが、まるで隠せてなくて、そんなリンの様子にユウは思わず笑みがこぼれるのであった。
何だかんだといいながらも、リンが願ったのはユウの予想外の物であった。ユウが遠出の際につける短剣や皮袋、水筒などをつける事のできるホルダーベルト。それを願ったのだ。
勇者として活動を始めた際、ユウの考案で作られたホルダーベルト。それは勇者の装備として今では冒険者の装備として、あるいはファッションとして売り出されているから手に入れるのはそう難しい事ではない。しかしながら、ここいらで手に入れるにも売っている所は帝都くらいしか思いつかないユウ。どうにかして手に入れてきたいと思うのだが、リンのサイズのホルダーベルトがあるかもわからないし、買いにいく隙がない。
リンが寝てから行く事もできるが、短時間とはいえリンを独り家に残していくのは少々不安が残る。
「今日!? 明日!?」
そんなユウの逡巡をよそにリンはキラキラとさせた目を光線のようにユウにむけて発射していた。
「ええと……近いうち、かなぁ」
「そっかぁ、いつかなぁ。ユウとおそろい!」
ニコニコと目を細めるリンの言葉にユウはハッとする。リンは特別何か欲しいわけではなく、ユウとおそろいの物が欲しかったのだ。あれこれと手に入れるために考えてた自分が少しばかり愚かしくて、けれどリンの純粋な気持ちがなんだか嬉しくて思わず顔がニヤけてしまった。
「そうだね、すぐに来ると思うよー?」
「そっか……そっかぁ!」
これでもかというほどの満面の笑顔になったリンが手を打ち鳴らしながら嬉しそうに何度も頷いていた。
カランカラン……
そこに突然ドアベルがなる。もう陽は暮れて喫茶店の閉店時間なのに――
「ああ、よかった。まだやってますか?」
喫茶店の入り口に立っていたのは、赤と緑の服を着て、白い髭を長く伸ばした恰幅の良い老人であった。
「は?」
「あー!!」
ユウはその姿に呆然とし、リンは指を指して叫ぶ。
「やぁ、夜遅くにすまないね。とある人に教えられてここでおいしいコーヒーを飲める、とね」
「は……」
「ねぇ、ユウ! 赤と緑の人! 配達人さんかな!?」
ポカンとするユウと、リンはさっきユウに聞いたばかりの風体にそっくりの人物の登場にはしゃいでいる。
(いやいやいやいや)
ユウは思わず心の中で、突然現れたその人物にツッコミを入れる。それもそのはず、あくまで赤と緑の配達人は御伽噺の人物なのだ。そういった人物が実在するという話は聞いた事もない。本当ならば、保護者や親にあたる人物が赤と緑の配達人に代わって子供達にプレゼントを届けるのだ。リンが願ったホルダーベルトの購入をどうしようかと、ユウが考えたように。
「ははは、まぁ、仕事の前の一杯は毎回違うのだけれど、あの方がここがいい、というものでね」
玄関口で老人はほがらかに笑う。その笑みは、何だか安心できる慈愛に満ちていて、呆けていたユウも気を取り直して、すぐにカウンターへと向かった。
「すみません、よかったらカウンターにどうぞ」
「ありがとう」
のっしのっしと体を揺らしながら悠然と席に向かった老人はそのままどっしりとカウンター席に腰を下ろした。
「閉店時間も過ぎているだろうに、すまないね」
「い、いえ……」
冷静に考えてみると、今ユウの目の前でカウンターに座って朗らかに笑う老人は一体何者なのだろうかという疑問がわいてくる。
格好だけをみれば赤と緑の配達人そのものであるが、それは架空の人物のはずなのだ。
何とはなしに外を見ると、その架空の人物につき物の馬車がおいてある。
――気のせいだ。
ユウは何も見なかったことにして無心でコーヒーをドリップし始める。
「どうぞ」
「どうぞ!!」
ユウがコーヒーを出すと共に、リンが焼き菓子を出す。
「ほう……これは!――ほどよい苦味、控えめな酸味。丁寧に挽かれた豆は、刺すような苦味ではなくて、口の中をまるでマッサージしてくれるような刺激に落ち着いている苦味。まさに絶妙! そして、この焼き菓子は! 実にこのコーヒーに合う! 砂糖は控えめ、生地の作り方はまさに懇切丁寧! コーヒーの香りと苦味に、焼き菓子特有の香ばしさがマッチして、いくらでも口に入りそうになる!」
コーヒーを一杯飲んで、傍らの焼き菓子を頬張ると、老人は嬉しそうに熱弁を振るう。何だかどこかで聞いたような台詞だったのは気のせいだろうか。
「ありがとうございます、焼き菓子はこの子が焼いたんですよ!」
「ほう……素晴らしいな!」
老人はユウの傍らにいるリンに目線を移すと、目を細めてにこやかに笑いかけた。
「ありがとう!」
「うむうむ……さて、ごちそうさま」
リンの嬉しそうな顔をみて、老人は立ち上がる。
「さて、御代は……」
「ふふ、今日はサービスです。特別に赤と緑の配達人さんに私からのプレゼント、ということで」
「はっはっは、これではあべこべですね。では御厚意に甘えて……そうだ」
ポンと老人が手を打った。
それは夢だったのだろうか?
コーヒーのお礼に、と配達人は一つの提案をした。
空を駆ける馬車。その客車の外には巨大な袋が据え付けられていて、何かでパンパンに膨れ上がっていた。
優雅に空を駆ける馬車は、世界を飛び回り、家々の上を星屑をばら撒くように駆けていく。
空飛ぶ馬車の窓から見る銀白の世界は、いつもの魔法で飛ぶ空から見るのとは何だか違っていた。
リンが時折指差して叫ぶ。
ユウが笑顔でそれを見る。
赤と緑の老人はその様子に朗らかに笑っていた――
気がつくと、二人はいつもの寝室のベッドの上で寄り添っている。いつ帰ってきたのか、覚えていないが、ただ、二人ともそれが夢ではなかったと確信していた。
赤の生地に緑のふさふさがついた帽子を目を細めてみるユウ。
視線をあげた先、リンが机にしているその上には、サイズの合わないピカピカのホルダーベルトが飾られていた。
ちょっと季節はずれでしたが、少し涼しくなるかな、と。
いつも読んでいただいて、ありがとうございます!




