夕闇
時間の流れというのは、時として残酷だ、と人は言う。
その言葉をいう時は決まって、変わり果ててしまった人や場所、物の話の事だ。
けれど、ユウはその逆はあまり聞いた事がない。正確な事をいえば、違った形で聞いてもいる。
「大きくなったね」
「綺麗になったね」
「立派になった」
これは人が時間の流れを、その人に感じて、時間に流れと共に成長や努力が見られた時にいう一つの褒め言葉だ。同時に、再会を喜ぶ言葉であったり、時には皮肉だったりもするが。けれど、そこには決まって
「どうりで自分も年を取るわけだ」
と自虐めいた言葉が続き、自嘲気味な笑いが起きる。
それをしてまた、時の流れは残酷だ、という話になってしまう。
ユウは思う。
時の流れは確かに残酷だろう。どんなに自分が強大な力をもっているにせよ、時が経てば、やがて衰える。いつかおばさんになって、おばあさんになって――
けれど、それだけではないんじゃないだろうか。
自分がおばさんになれば、リンやキャニは大人になって、おばあさんになった頃には、もしかしたら自分にも孫がいたりして、その孫と、リンやキャニの子供が無邪気に駆け回る。
この店の中を、元気に駆け回る。今のリンやキャニのように。
おばあさんになってしまった自分に対して、時の流れは残酷だ、という人もいるかもしれない。けれど、そうではなくて、時の流れは自分をおばあさんにしてしまうかもしれないが、同時に大切なものを育んで行ってくれる。
リンやキャニ、そしていつか生まれる子供達。そうして、世界は命を紡いでいく。時の流れと共に。
だから、時の流れは残酷なのではない。
独り、店のテラスでコーヒーを片手に目を瞑るユウ。まぶた越しに夕焼けの赤が差し込んで、けれどそれは淡く、優しくて。
夕方の声。
優しい風が、木々を揺らして微かにざわめく。その風はコーヒーの香りをどこまでも運んでいってくれるのだろう。時の流れと共に。
微かになびく髪を抑えてその優しさに身を任せるように目を瞑ったままで空を仰ぐユウ。
鳥の声が通り過ぎて、虫達がどこからともなく合唱を始める。
微かに夜の気配を感じる。
まぶたごしの淡く優しい紅は、少しずつ収束していくような気がして、一寸眉を顰める。
時の流れが曖昧になって、それは早く過ぎていくような、緩慢になってしまったような。
夜の帳は、自分の時間だといわんばかりに黒を主張し始め、けれど、沈みかけた紅はそうはさせじと一層空を紅く燃やす。
そんな黒と紅の攻防をまぶたごしに感じながら、けれど、まるで見えているかのようにユウは現れた一番星に鼻先を向けた。
今日も一日が終わる。
ゆっくりと目を開けたユウの目の先には、やはり一番星が強い光を放ちながら、自身の明るさを主張している。
『今日も一番星、むかつく』
二つの声が重なった。
いつの間にかユウの隣には子犬のキャニを抱えたリンがいて、同じように一番星を見上げていた。キャニもまたその鼻先を空に向けている。
『ユウ、ご飯にしよ』
また二つの声が重なって、四つの目がユウを見上げた。
ユウが微笑む。
ユウにとって他人であるはずのこの二人は、けれど、ユウにとって最早かけがえのないほど、愛おしい二人。
目を細めて頷いて、何となくユウはキャニを抱えたままのリンを、同じく抱きかかえる。
「ふぁ……ちょっと、ユウ、子供じゃないよ」
「ふふ」
満面の笑顔のユウ、文句を言いながらもまんざらでもないリンに、素知らぬ顔で欠伸をするキャニ。
『小道』に明かりが灯る。
夜の闇に漏れるその光は淡く、けれど、さっきの紅とは違う優しさがあった。
時折、そこから三人の影が横切る、幸せそうな笑い声と共に。
――ここは喫茶店『小道』
優しい笑顔になれるのは、店主が笑顔だからか、それとも二人の少女のおかげか、あるいは。
おすすめはコーヒー、三人の幸せな笑顔をそえて――




