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祝福

「そうだ、ユウにお願いがあるんだけど」


 故郷の村に一泊した翌日の朝。

 つい癖で早起きしたユウは、家の外の井戸に顔を洗いに行ったところでユリと出会い、雑談話の中でユリが思い出したように言ってきた。


「うちの子に祝福が欲しいんだけど……」

「えー!?」


 祝福。それは子供が生まれた時、あるいは結婚した時、または一定の年齢を迎えた時に、僧侶や自分の信仰する神の神官から施してもらうお祝いであり、長寿を願うなどの意味をこめたまじないでもある。

 ユウの村では、かつてユウに魔法を指南してくれた僧侶の女性がその祝福をしてくれているはずだった。そう、ユウが以前に先生の格好の参考にした女性の僧侶の事である。

 出産の際に祝福してもらわなかったのか、と聞けば、


「いや? してもらったけど?」

「じゃあ、何で私が……」

「勇者様の祝福も、欲しいじゃない?」


と、ニンマリと満面の笑顔になるユリ。


「私、祝福なんてしたこと……」

「いいのいいの、適当で!」


 ユウは祝福をしたことはない。祝福のようなおまじないならしたことはあったが、果たして僧侶や神官のする祝福ほど効果があるかは全くもってわからない。ユリもユリで適当でいい、と適当な事をいうものだから、思わずあきれてしまうユウであった。


「帰るときでいいから、ちょこちょこーっとしてもらえると嬉しいな!」

「あー、うん、考えとく……」

「じゃあ、よろしくね!」


 これから長い人生を生きていく子供に対して、「ちょこちょこっと適当に」祝福していいわけがない。責任は重大なのだ、とユウは思わず考え込んでしまう。その辺りはユリもわかっているはずなのだが、幼馴染という気安さからなのか、あるいは無理を言っている事を自覚してなのか、あくまでついで(・・・)であるかのように言って来る。

 当然そんなわけには行かないから、慌しく自宅へと戻っていくユリの背中を見ながら、ユウは自分の家とは反対の方向へ足を向けた。


 しばらく歩くと、小さな教会が見えてくる。村のはずれにある、この辺では唯一の教会で、ユウが“先生の参考にした”僧侶が住まう場所だ。

 教会の前には花壇が設置してあって、丁度良くそこには女性の姿があった。


「あら、ユウさん」


その女性はユウの姿を認め、にこやかに笑いかけてきた。眼鏡をかけて、簡易な略服を着た僧侶の女性だ。にこやかにユウに笑いかけながら、花壇に水を掛けている。妙齢のその女性は略服とはいえ大仰な僧服の上からでもスタイルが良いことがわかる。ユウよりもさらに背も高く、これで帝都にでもいようものなら、「美人過ぎる尼僧」だとか特集が組まれそうな女性であった。


「そういえば昨日は帰郷パーティは盛況でしたね」


じょうろを置いて、にこやかな女性は、昨日の晩の事を思い出しながらユウに歩み寄って、


「飲み物も食べ物もみんな、ああっ――」


何も無い所でつまずいた。


「先生、相変わらずで……」

「はう、眼鏡が…どこに?」


 頭に手を当てて苦笑いするユウをよそに、女性僧侶は手探りで周りをあたふたと探し始める。つまずいてコケた衝撃で眼鏡を落としてしまったらしい。


「先生、これですよ」

「あら……ありがとう、ユウさん」


 ユウがその僧侶の傍らに落ちていた眼鏡を拾って渡すと、女性は眼鏡を掛けなおして、キリリとした表情を見せた。

 いまさらそんな顔を引き締めた所で、何も無いところで転んでしまう女性であるからまったく締まりがない。そんな事を思いながらユウは先生と呼んだ僧侶の顔をじっと見ていた。


「それにしても、どうしたのですか?」


 飽くまで真剣な表情でユウに向き直る。何年か前にこの村の教会に赴任してきた彼女は、神託を受けたユウに魔法を教え、旅立つまでの間もこんな調子で、自分はしっかりしているつもりらしいのだが、何も無い所でつまずくのは序の口で、魔法を間違って発動させて教会の前に大穴を空けたりとトンでもないミスをやらかす人であった。けれど、その容姿は抜群であるし、人柄もよく、実の所彼女のミスでけが人が出たり迷惑をこうむった人間がいないことから、先生として村人達には大いに親しまれていた。

 彼女の祝福を受けた子供達も病気にかかることもなくスクスクと育っているし、怪我や病気もなんだかんだで彼女の回復魔法でたちどころに直ってしまう。

 先生、という愛称であるにせよ、村人達からは実際は女神のような扱いを受けていた。


「あの、先生、祝福の授け方を教えて欲しいのですけれど」

「ユウさん、僧侶になるの?」

「いえ、違うんですけど」

「勇者をやめて僧侶になるの? ね? ユウさん?」

「ええっと……そうではなくて、あの、先生?」

「ねぇ? 本気なの? ユウ?」

「ちょ、せんせ!」


 何だか怖い笑顔がユウにぐいぐいと迫ってくる。仮に僧侶になるにせよ、なぜこの人にここまで迫られなければいけないのだろうか、とちょっぴり疑問に思うユウだったが、それどころではない。


「き、聞いてくださいよぅ、ユリが勇者の祝福も欲しいっていうから……」

「あ、なーんだ、勇者として祝福するのね? それなら問題ないわ~」


 僧侶に転職して祝福すると問題があるのだろうか、そもそも何が問題なのかユウにはまったくわからなかったが、ともあれ先生がほっと胸をなでおろしてユウに迫ってくるのをやめてくれたので、ユウもまた一息ついた。


「女神エリシャ様と勇者ユウの祝福があれば完璧ね!」


 女神エリシャ、帝都および近隣諸国で広く信仰されている女神の名前であり、同時に勇者への神託を施すとされている女神でもある。

 先生はうんうん、とうなずきながら教会に向かって両膝をついて祈りの姿勢をとった。


「エリシャ様、今日のこの出会いに感謝し、さらに勇者ユウに祝福を!」


 その祈る先生からは後光のような光が放たれて、それはユウと村全体に向かって降り注いだ、ように、ユウには見えた。

 彼女が赴任してきたときから時折思うことであったが、彼女はどこか人間離れしている気がしてならなかった。失敗とはいえ、大穴を空ける魔力、怪我や病気をたちどころになおす祝福に、祝福を受けた子供達が病気一つせず健康でいられること。本当に女神かもしれない、と思ったことさえあった。

 けれど、女神だといいな、と村人達も言うものの、「女神はあんなドジしないだろう」ということで彼女の女神疑惑は晴れることになる。


「こういう感じでいいのよ」


 それはさておき、後光を放った(ようにみえた)先生は立ち上がり、膝をぽんぽんとはたいて土を払い落とすと、ユウに振り返ってそう笑った。


「どういう感じかわからなかっタンデスケド」

「はぁ、それでも神託勇者なんですか? ま、いいですけど。勇者としては祝福も覚えておくべきですよ?」

「五年前はそんな事いわなかったのに……」

「それはそれ、これはこれ。あなたも立派に勇者としての務めを果たしているのです。そろそろ祝福くらいできるようになってもよいのではないかと」

「はぁ……」


 勇者の務め、と言われても、ユウは一年程前に引退宣言をしてしまった。

 その事が伝わっていないはずがないのに、目の前の女性は務めを果たしている、勇者として祝福を覚えろ、と言い切ってくる。

 確かに勇者としての力が失われたわけではないから、現役の勇者であるのは間違いはない。けれど対外的には引退して帝都から人里離れた場所で喫茶店をやっているのだ。流石に喫茶店をやっていることは知らないにせよ、引退の話は聞こえていてもおかしくは無いはず。


「あの……」

「はい、わかったら練習しておく事。ユリさんの子にちゃんと祝福かけるまでは返しません!」

「えーっ」

「えーっ、じゃありません。良いですか? 勇者として祝福するという事は……」


 ユウはしまった、と思う。この村に来て何度目かのしまった、だった。

 先生が完全にお説教モードに入ってしまったのだ。こうなるとしばらく解放してもらえない。流石に現役の僧侶だけあって、するすると次から次に言葉が出てくる。聞き流そうとしても、先生は敏感にその気配を察知しては「聞いていますか?」と厳しい表情で見つめてくるから、聞いている振りすらできない。けれど、彼女の言葉はそれでいて、的を得た、厳しくも優しい言葉で構成されていて、するするとその口から出た言葉は、同じようにするすると聴いているものの心に入ってくるのだ。


「心から相手の事を想い、相手の幸せを願う事。そうすれば自然と言葉は出てくるのです。そしてそれがまさに、ユウ、あなただけの祝福となるのですよ?」


 しばらく続いた説教はそう締めくくって終わった。


「はい」

「わかればよろしい」


 そうして、厳しくい説教の後には女神のような微笑を見せてくれる。それだけでも説教に耐えた甲斐もあるというものだ。

 けれど、それで説教を受けた疲れが取れるわけではないから、すっかり固まってしまった筋肉に足元をふらふらとさせながら、ユウは先生の下を立ち去っていく。


「ふふ、本当に感謝しているのですよ、ユウ」


 その後姿を見送って、笑顔のままの先生がそう呟くのであった。



「健やかに、伸びやかに生き、どんなときでも笑顔を絶やさずにいられますよう。女神エリシャとその使途、勇者ユウの名において、祝福を……」


 ユウがユリの子を抱き上げて、その額に印を結び、そこに口付けをする。


 見ていた村人達は、その幻想的で美しい光景に思わず見惚れそうになっていた。

 傍らにいたリンやキャニもまたその儀式を目を輝かせて見入っている。


「ユリ、あなたにも祝福を。この母娘おやこに幸多からんことを……」


 同様にユリの額で印を結ぶユウ。


「あら……私には口付けはないの?」

「え」


 思いもよらぬユリの一言にユウは呆気に取られ、見ていた村人達からもどっと笑い声があがった。

 

「冗談よ、本当にありがとう」

「もう……でも、ユリとその子が幸せであるように祈ってるよ」

「うん」


 ユウ達が帰ることになり、そのお別れに村人達が集まって、その目の前でユリの子に祝福を与える事になったユウ。最初は恥ずかしさが前に出ていたが、ユリの腕ですやすやと眠る小さな子の寝顔に、勇者としての顔になったユウが滞りなく祝福を与えた。

 安らかな赤子の顔は、何かに包まれたような心地良さを持って、より安心した寝顔になっていた。笑顔のまま子供を見つめるユウとユリ。村人達は、さすがに小さい頃からユウの事を知っていたから、慣れたもの、とはいえ、子供を見つめる女性の笑顔はまた別格で、ついユウの笑顔に呆けてしまいそうになっていた。


「また来いよ、いつでもな」

「リンちゃん、キャニちゃん、また遊ぼうね!」

「ユウ、今度は旦那つれて来いよ!」


 出発の段になり、村人達からは笑顔と共に温かい言葉が三人にかけられる。中には余計なお世話だという言葉もあったが。


 そうして温かい村人達に見送られて、三人は宙へ舞い上がった。


「ユウ、リン、キャニ。彼女らに祝福を……女神エリシャの名において――」


村はずれの教会からまばゆい光が放たれて、それが夕日の赤と交じり合って空を行くユウ達を優しく包んだ。


「ありがとう、先生」


 優しい笑顔を浮かべたユウが抱きかかえた二人の温もりと、そして遠くから伝わってくる村人達、ユリ、両親、先生の温もりを感じて目を閉じる。


 リンがいて、キャニがいて、皆がいて――


 そんな皆がいるから自分が生きていられる、とそう感謝の気持ちをいだけば、温かさが胸に溢れてじわりと溶ける。


 少し、寂しくもあるけれど、また会える。


 そう思いながらユウは一つの決意を持って、空を飛んでいくのだった。



「ねぇ、ユウ」


 思い出したようにリンが口を開いた。


「なぁに? リン」


 なんとなく真剣な面持ちである事が、その声の調子からわかったユウは、けれど優しく応える。

 だが、リンの口から発せられた言葉は、そんなユウの想像の斜め上を行くものであった。



「赤ちゃんってどうやってできるの?」


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