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ユウと家族と故郷と…

 波を打ったように静まり返るその場所で、すっかり赤子の様子に表情を溶かしていたリンは、静まり返っている事にも気付かず、ただただ、その凶悪ともいえる笑顔を赤子に向けて振りまいていた。

 ユウですら見たことのない、リンのそんな笑顔。


それは、とても素敵で、美しくて、可愛くて、優しくて、神秘的で――


 どう形容しても陳腐な表現になってしまう。

 見とれてしまうほどのその笑顔は、本当に女神のようで、懐かしいような、愛おしいような、まるで母のような、それでいてリンは子供で、それなのにまるで知らない一面を見せられて、嬉しいような、寂しいような――


 意識と関係なく流れた大粒の涙が手の甲に落ちて、そこでユウは我に返った。


 いつのまにか、嬉しそうだった赤子の声は泣き声に変わっていて、リンがその笑顔を曇らせてしまっていた。


「ど、どうしよ?」

「あ、あら……お腹空いたのかしらね?」


 泣き声にユリもまた我に返って、泣き出した赤子を抱えておろおろし始めたリンから子供を受け取って、広場から離れていった。


「あ、えーと……大丈夫よ?」


 そのユリの後を心配そうな顔でリンがついてくる。


「ほんと?」


泣き喚く子供をあやしながらユリが苦笑いで振り替えった。


「その、あの、ほら……」

「あ、リンちょっとこっちへ」


完全に困ってしまっていたユリと悪気のないリン。流石にみかねてユウがリンを呼び戻した。


「何? ユウ」


 ちらちらと遠ざかっていくユリと赤子を気にしながら、声をかけてきたユウにリンは心配と不満が混ざったような複雑な表情を返す。ユウも、広場から離れて木の下で広場に背を向けて何かし始めたユリを確認して、不満気に見つめてくるリンに向き直る。


「赤ちゃんはご飯の時間です」

「ご飯? こっちに一杯あるよ?」

「赤ちゃんのご飯は、お母さんのおっぱいなんだよ?」

「おっぱい?」


 さて、どう説明したら良いものか、と思わぬところで苦慮してしまうユウ。よくよく考えれば一般的な教養は本や周りの人間から仕入れる事はできたが、赤子やその周辺の知識に関しては完全にノータッチであった。


「おっぱ……え?」


 自分の膨らんでもいない胸をぽんぽんと叩きながら、目を丸くして思い切り首をかしげるリン。


「え? え? 食べる……?」

「あ、あはは……えっと、食べるんじゃなくて…、ミルクがでるんだよ」

「え? 私でないよ?……ユウは出るの?」


訝しげながら真剣な表情でユウを見上げるリン。正確にはユウの胸を見あげていた。

そうマジマジと見つめられると少しばかり恥ずかしくて、無意識に手を組んで胸を隠すユウ。


「え……赤ちゃんができると、女の人は自然と出るんだけど……」


 そこまで言ってユウはしまった、と思う。ここまでくればもはや次のリンの質問は決まっている。


「ユウ、赤ちゃんって――」

「おまたせ、ユウ」


 リンの言葉を遮ってユリが戻ってきた。その腕の中の赤子は機嫌を取り戻して、リンの顔をみるなり笑顔で腕を伸ばしていた。再び赤子を抱かせてもらった事によって、リンの疑問は雲散霧消してしまったようだ。

 そんなリンをユウもユリも、そしてユウの母や大人たちもまたにこやかに見守る。

飲めや騒げやしていた男達も、リンの笑顔を見ると途端に沈静化して、まるでリンが赤子に向ける笑顔を肴にしているかのように、リンの様子を眺めながら静かにグラスを傾けていた。

 そのうち、リンの腕の中ですやすやと寝てしまったユリの子供。しばらく抱いたままその様子を愛しむ様に見つめていたリンだったが、ある時そっとユリに子供を差し出した。


「あら、寝ちゃったのね」


 ユリもそんなわが子と、差し出したリンの笑顔に微笑んで子供を抱いて家へと帰っていった。


「お家で寝るのが一番だよね」


 ユリの背中を見送りながら、リンが少しだけ寂しそうに呟いた。


「そうだね。ふふ、リンもお姉さんみたい」

「お姉さんだもん」


 ユウの言葉に胸を張るリンではあったが、けれど、その瞳には何か切なさとか寂しさのようなものを湛えていて、それがなんだかユウの胸を締め付ける。たまらず、リンの頭をなでるユウ。


「?」


そんなユウを不思議そうに見上げるリンであった。


 それから村の子供達に誘われたリンとキャニは辺りを駆け回り、ユウはユウで母親や遅れてやって来た父親、村の人々と飲んで、食べて――


 リンとキャニが遊びつかれて、ユウを枕に寝てしまい、ちらほら家へと帰る人やその場で酔いつぶれて寝てしまう人、話が尽きずに喋り続ける人、様々な模様が繰り広げられて、夜は更けていく。


 ユウの両側には、太ももを枕にして寝ているリンとキャニ。優しく微笑みながら二人の頭をそっと撫でてやる。


「何だか、ほんとに母親みたいだねぇ」


 そのユウの様子を見守っていた母が呟いてニコリと微笑む。彼女の周りにいた者達も、その言葉に頷いて、目を細くしてユウの様子を見守る。


 灯り代わりに焚かれた火の、薪が跳ねる音が響く。


 不意に訪れた静寂が薪の音を大きく響かせて、けれどそれに驚く様子も無く、皆ユウの様子をにこやかにみつめる。


 ここに住む人達、かつて住んでいた人も、皆家族――それがこの村の人々の感覚だった。


 愛しむようにして二人を見るユウに、皆、膝で眠る二人の子供もまた家族なのだ、と微笑む。


 種族は違う、形もすこしだけれど違う。きっと別の場所、別の形で出会ってしまえばそんな風には思えなかっただろう。けれど、そんな仮定の話には意味がなくて、今ここで、ユウとこうしている事が彼らにとってもユウ達にとっても紛れもない事実で、そしてそれはリンやキャニもまた、村人達にとっても家族である、と思わせるには十分であった。


 ちょっと前に家族が一人増えたと思ったら、今度は二人も増えた。


 ユリの子、ユウの子、子供たち皆がすくすくと育ってくれますように、と、そこに集まった者達は改めて願う。


 ユリの子にむける愛情、そして今目の前で二人の子供を慈しむユウの姿をみて、村人達は思いを馳せる。


「いつでも、帰ってきていいんだからね」


 母がそんなユウの頭を撫でて呟いた。


「もう……お母さんってば、子供じゃないよ?」

「ふふ、わかってるよぅ」


 微笑む母に、ユウもまた無邪気に微笑んだ。


 そう、ここはユウの故郷、ユウの家なのだ。そしてそれは、リンの家でもありキャニの家でもある。


「私はおばあちゃんか」


 悪戯っぽく笑った母に、少しばかり年輪を感じるユウ。

 けれど、そんな母は変わらずユウの母で、リンやキャニにしてみれば「おばあちゃん」なのだろう


 すやすやと穏やかに眠る二人の顔を覗き込んで、そして顔を見合わせてまた微笑みあう。


 それを見守る周りの家族達もまた、笑顔。


 ユリの子は、こういう温かい人達に囲まれて、すくすくと育つだろう。


 そしてリンやキャニもまた、彼らの思いを受けて、きっと健やかに育ってくれる。


 彼らの暖かい眼差しは、失敗しても、間違っても、一人で悩まずに、ここへくればいい、とそう言ってもらえているような気さえして、ユウは胸の奥がじんわりと暖かくなっていくのを感じていた。

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