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リン、初めての出会い

「うわぁ……」


 リンの目の前には、これまで見たことの無い不思議なものがあった。

 それを見た瞬間、リンは思わず感嘆のため息を漏らす。そのリンの隣では、人化したキャニもまた、同じように目を丸くしてそれを見ていた。



 ようやく故郷の生家にたどり着いたユウだったが、そこでまたリンがユウの子供ではないかと言う実の母に、その日何度目かのツッコミを入れつつ、家に入れば入ったで、溜まったユウへの手紙や贈り物などをドサドサと大量に置かれて辟易してしまう。

 処分をしろと言われたものの、手紙などを大事にしているリンの手前、捨てることもできずに悩んでしまうユウ。そこへリンの一言がユウと、ユウの母をも驚かせた。


「燃やそう、でっかい火で!」


 リンが大きく腕を広げて、巨大な火を思わせるジェスチャーをする。

 最初、リンの言葉に一瞬呆気に取られたユウだったが、そのリンの仕草がどうにも可愛くて、可笑しくて、ちょっとふきだしそうになってしまった。

 隣では、同じくリンを見たユウの母がユウとまったく同じようなしぐさでふきだしそうになるのをこらえていた。


「ユウ? えと……神の火! だよ!」

「ええ、うん、そっかぁ。神の火なら手紙書いてくれた人も許してくれるかな?」

「うーん、ちゃんと読んでからなら!」

「ああ、そっかぁ、そうだねぇ、じゃあ、読んでからツクシさんとこに行こうね?」

「うん!!」


 はた、と、ユウはリンがツクシの国へ行くために思いついた口実なのではないか?と一瞬思うものの、「まさかね」と呟いて微笑んだ。というか、口実だとしてもリンと、今度はキャニを連れてまたツクシの下を訪れるのも悪くは無い。少しばかり荷物は多くなるだろうけれど。


 先ほどまでは、うんざりしてしまうような手紙や贈り物の山も、そうとなれば宝の山に見えてくるから不思議である。神火が行われるのはまだまだ先の事だけれど、一つ楽しみができたと思えばいいのだ。


 ユウは、ツクシの国へ行くことが決まって目を輝かせているリンを微笑みながら見つめていた。

 そしてその二人の様子を、ユウの母もまた同じ微笑で見つめるのであった。


 それからユウは、山と積まれたその贈り物を箱に詰めたが、流石に持ち運びは出来ないという事で、次の荷馬車が来たときに冒険者ギルドまで送ってもらえるように母に頼む。

 村に到着したときはまだ陽も高かったのだが、村の皆との再会や、贈り物を片付けているうちにとっぷりと日は暮れて、すっかり薄暗くなってしまっていた。


 リンとキャニの面倒を母親にみてもらい、ユウは自室で贈り物の箱詰めや、部屋の整理などを行っていた。もう五年も開けていたのだから、と思っていたのだが、母が時折掃除してくれていたおかげか、ほこりが積もってるということもなく、綺麗なままだった。

 ――が、しかし、机の上に無造作に置いてあったとあるものを見てユウは固まった。

 ユウはそれをそそくさと元あった場所(・・・・・・)に戻して、何食わぬ顔で作業に戻る。

 しかし、箱詰めの順番を間違えたり、机の角に小指をぶつけるなどして明らかに動揺が見て取れる。ユウの母に言われてそっと様子を見に来たリンとキャニに気づく様子もなく、


「あ、これはこっちだね。……ちがうちがう、こっちだ」


などと独り言すら呟きながら何かにせかされるかのように部屋を動き回っていた。


「ユウ? まだ片づけしているの?」


 そして廊下の母親から声を掛けられて、初めて日が暮れていることに気づくユウ。


「夕飯だよー!」

「はーい!」


 呼ばれてようやく部屋から出てくると、リンと人化したキャニが母親の手伝いをしながらユウを待っていた。


「ちょ、キャニ!?」

「お、ユウ! 見てみて!」

「見て」


 いつの間にか人化していたキャニに驚いたユウをよそに、キャニとリンがユウの傍にやってきてくるくると回って見せた。


「キャニ、なんで人化してるの!」

「え? だって、そうじゃないと手伝えないっしょ?」


相変わらずくるくると回っているリンとキャニから目線を外して母親の方を見ると、驚いた様子もなくニコニコ笑っていた。


「だって、ユウの事だから」


 そう言ってウィンクさえしてくる。

 村に降り立った時も、キャニには言葉を話さないよう、リンにはフードを取らないように言っていたのだが、どうやらこの母親はなんでもお見通し、ということらしい。

 くるくると回っているリンは、ユウが幼い頃に着ていた、白いワンピースを少し弄った可愛い服を、キャニはユウの記憶にないシャツとキュロットスカートを纏っていた。


「キャニちゃんのはユリちゃんのお下がりだよ」


 ユリ、手紙にもあった、隣の家の娘で、ユウの幼馴染である。確か子供が生まれたとか書いてあったはずだが――


「そうそう、これから皆でお前の帰郷パーティだからね! んー、まぁ、ユウはその服でいっか」


 リンとキャニには服を着せたのに、自分はこのままでいいとはこれいかに、一応自分だって女の子なのだ、と抗議の目で母をみるユウ。


「だーって、あんたの服五年前のしかないよ? それにあんた……」

「わかったよ、それ以上は言わないでいいよ――」

「太ったでしょ?」

「あああああ!」


言わないでいい、と言ったのに、悪びれもせず言い放つ母親にユウは顔を紅くして、眉尻をつりあげてしまっていた。


 結局着の身着のままで、帰郷パーティとやらに出ることになったユウ。


「ま、その服だって勇者って感じの服だから、いいわよ、大丈夫よ」


 とユウの母は言う。それにキャニやリンについても大丈夫だ、と言い切る母。


「勇者の――いえ、ユウのやることにいちいち驚いてたら身が持たないわ、皆もそれをわかってるしね」


 そういってユウの母はまたウィンクをするのであった。


 結局の所、皆「ユウのやることだから」とリンもキャニも受け入れられていた。

 村人総出でユウの帰郷パーティが開催されている。そういえば隣のユリに子供が生まれたときも総出で祝った、とユウの母は手紙にしたためていたが、思い起こせば、ユウが勇者に選ばされた際も、旅立つ際も、村総出で祝いの席を設けていた。

 よくよく考えてみればお祭り好きな村人達である。

 けれど、ユウはそんな村人達のことは、もちろん大好きであった。


 各人が料理や酒、飲み物などを出し合って、村の広場で宴会が始まっている。ユウもリンもキャニも、

料理を食べ、飲み物をもらいながら村人達と和やかに話していた。


「お帰り、ユウ!」


 そこへやってきたのが、隣の幼馴染、ユリ。その腕に大事そうに何かを抱えてユウの傍にやってくる。


「うわぁ……」


 ユリが抱えていたのは小さな小さな赤ん坊。その小さな子供を見て、リンは最初は目を丸くさせて、思わず感嘆のため息をもらしていた。


「ユリ! ただいま。わぁ、女の子だね?」

「ばか、男の子よ」

「あら、あんまり可愛いからてっきり」

「うそうそ、女の子よー」

「あ、やっぱり!」


ユウとユリがそんな気安い会話を交わす中で、リンとキャニがユリの腕に抱かれている小さな子に見入っていると、それに気づいた赤ん坊が二人の姿をみて――笑った。


「きゃうーあきゅー!」

「あら?」


母親の腕の中で、目に入った二人の女性に腕を伸ばして嬉しそうに笑うその子供に、リンとキャニは顔を見合わせて、もう一度その赤ん坊を見る。


「きゃっきゃっ、あーあー」


もう腕から身を乗り出して二人に向かって手を伸ばす子を、落ちないように抑えながら、ユリは二人の少女に視線を移す。


「よっぽど気に入ったのね、二人の事」


 ずり落ちそうになっている赤子を抱えなおして、ユリがその鼻をちょんちょんと優しくつつく。


「きゃあ」


 笑っている赤子は自分の母親と、傍から見ているリンとキャニの顔を何度も交互にみては、また笑う。リンとキャニはそんな子供の様子に目を丸くして、食い入るように見つめていた。


「抱いて見る?」

「えっ――」


 ユリもニコニコ顔で子供の脇の下から両手で抱えて二人の前に突き出した。


「えと……」


またもリンとキャニは顔を見合わせて、赤子の顔をみて、また顔を見合わせて、最後にユウの顔を見る。そんなリンとキャニの視線にユウは微笑んだ。


「折角ユリもいいって言ってるし、抱かせてもらってみたら?」

「で、でも――」


今度はユウとユリ、そして赤ん坊の顔を見比べながらうつむくリン。


「心配しなくても大丈夫、教えてあげる」

「なんだか、壊しそう」


 微笑むユリに、リンは眉尻を下げて恐る恐るといった面持ちで呟いた。


「大丈夫、ほら」


 ユウにも負けないくらいの素敵な笑顔のユリは、リンに自分の子を預け持たせる。


「そうそう、お尻を持って……うん、そう、肘で頭を支えてあげるの」

「わぁ……」


 嬉しそうに笑う子供顔が間近にやってきて、その子はリンの赤い瞳をじっと見つめ――


「きゃう! あーうーあ!」


 その頬に手を伸ばしてまた笑った。


「はう……」


 その赤子の笑顔に、リンの表情は見る見るうちに溶けて行く。


 頬に触れる、小さな小さな手。

 力なんて全然ないけれど、一生懸命に伸ばした手は頬に触れて、触れた箇所から起こった波紋が胸の中にしみこんで、今度は体の奥底から、温かいような、優しいような、そんなふんわりとした気持ちが湧き上がってくる。


 赤子の眩しい笑顔――


 そして、リンも自然と微笑む――


 「うぁ……」


 そのリンの笑顔を目の当たりにしたユリが、呆けるようにして見入っていた。その隣にいたユウも。

いや、その二人だけでなく、キャニも、周りにいた村の人達もまた、呆けるように見入ってしまっている。

 

 突如波を打ったような静かになる宴の広場。

 赤子の嬉しそうな笑い声だけが、しばらくそこに響くのであった――

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