セイクリッド・ヴァレンティ・ヌーン
今日は珍しく客が来ている。
不思議なのは、皆男性客ばかり。
フーディを始めとして、ウォル、トッチ、ジッチ、ホヴィ、トッカにダンテ。
フーディとウォル、ホヴィがカウンターに座り、ジッチがホヴィの後ろに控え、トッチはいつものように店の入り口の傍。トッカとダンテはテーブル席でコーヒーを楽しんでいた。
「ユウちゃん、あの――」
「ユウ、今日は、あれだな、あれ――」
フーディとウォルが同時に口を開く。
二人同時に喋り始めて、同時に口をもごもごさせながら語尾が消えていく。
ホヴィはいつものように顔を紅くさせてちらちらとリンを見ているし、トッカもダンテもユウの方をちらちらと見ている。
(なんだろ……?)
男達は皆、昼の声を聞く頃にほぼ同時にやってきて、たまたま先日パティにもらった花を生けてあるのを見て、皆何かを期待するように目を輝かせていた。
生けてあったのは黄色のチュールという花。
(花言葉はなんだっけ……)
蕾のような形をしていて、花びらは幾重にも重なっているその黄色の花の花言葉は「高嶺の花」。
ところが、ユウはその花言葉を思い出せなかったし、パティが何故突然そんな花を持ってきたのかという理由にも心当たりはなかった。
当然今日来た男性客たちもそんな花言葉を知る由もなく――
「や、やぁ、リン。こ、ここっ」
「ここっ?」
リンがコーヒーにそえるお菓子を出しながら、ホヴィの近くまで来た時、それまで下を向いていたホヴィが意を決したように顔を上げて、お菓子を置いてくれたリンに声をかけた。
「ここっ、こんにちは!」
「うん、こんにちは。いらっしゃいませ」
ホヴィの挨拶に、リンも微笑んで挨拶を返す。
ホヴィはそのリンの微笑みに呑まれ――
(ちがあああう! そうじゃなあああい!!)
リンが踵を返すと同時に自分の頭をかきむしった。
その様子を眺めていたユウも、ウォルやフーディ達男衆も苦笑いだ。
「それにしても今日は何かありましたっけ?」
「ああ、ユウちゃん、今日は――」
フーディがあっけらかんとした様子で言いかけたとき、その首根っこをウォルがぐいと掴んだ。
(まて、フーディの旦那)
(は、はぁ、なんです?)
(ユウは天然だ。多分今日が何の日か忘れてる)
(ええ、そうだと思いますが)
(どうにかして思い出させるんだ。でないと催促したみたいでかっこ悪い)
(え……そういうもんですか?)
(そういうもんだ)
「あの……?」
こそこそとし始めた男二人に、一体何の相談なんだろうか、と、ユウは首をかしげている。
「あ、いやいやいや、なんでもないんだ、なんでも」
「ええ、何でもないんですよ」
ウォルとフーディが肩を組むくらいの勢いで同時にニコニコと笑顔を見せた。
「はぁ……?」
釈然としない様子でユウはコーヒーの支度へと戻っていった。
その後姿にニコニコとしていた二人は同時にため息をつく。
今日は「セイクリッド・ヴァレンティ・ヌーン」という特別な日。
女性が男性へ日ごろの感謝をこめて、あるいは愛の告白として贈り物を渡す日。
かつてヴァレンティ公爵という人物が、中々うまくいかないある男女の恋を成就させ、その男女の結婚式の日にちなんでいる。
帝都のパティシエがその言い伝えの中に「女性がとあるお菓子を送ったことが決定的となった」という一文を目にし、「セイクリッド・ヴァレンティ・ヌーンにはチュールとお菓子を!」という一計を案じた。
それが大受けして、現在では、女性が花とともにお菓子を贈る日、となっていて、男性にとってそれは自分のステータスと見栄とプライドが掛かった日となっている。
ここに集まった男性諸君もまた、その見栄とプライドとステータスをかけてやってきたに違いない。
「高嶺の花」と、とある意地の悪い事を考えた女性達に笑われているとも知らずに。
さて、今か今かと待っている男性諸君はひとまずコーヒーを注文し、どこかそわそわとしてユウやリンの動向に着目している。その様子を感じ取ったキャニが、何か面白い事が始まるのではないかと店の隅でワクワクしながら寝た振りをしていた。
何となく視線を集めているような気がして、その度にニコリと笑顔を発動するユウ。
その至高かつ、悪意の無い笑顔は、色々な意味で複雑なため息を男達につかせるのであった。
そして、刻一刻と時間が過ぎていく中、コーヒーのお代わりも全員が三杯を越えて、太陽がやや西に傾き始めた頃、突然そいつはやってきた。
「こんにちはー!!」
勢い良く玄関が開かれて、元気の良い声とともにお嬢様冒険者のリリーが店に飛び込んできた。
「あ、いらっしゃいませー」
「ユウ様!ご機嫌うるわしゅう!」
周りにいる男の事などまったく目にも入らぬ様子でずかずかとカウンターまで来たリリーは綺麗にラッピングされた箱を取り出してユウに差し出した。
「ん? なあに、これ?」
「ユウ様! ハッピー・ヴァレンティ・ヌーン!」
リリーがちょっぴり頬を染めて、笑顔でそう言い放った。
(よくやった……!)
(よくやった!巻き髪!)
(グッジョブ!)
(素晴らしいです、お嬢様!)
男達からは感嘆の息が零れる。
「あ、ああー、そっか、今日はそういう日だっけ?」
「はい! 今帝都では男性に送るだけでなく女性同士でも花やお菓子を贈り合う、友菓子というのが流行ってるんですわ!」
「へぇ~、そうなんだ? ありがとう、リリーちゃん!」
「いいえ、まさかユウ様に贈れる日がくるだなんて、思いもしませんでしたわ!」
女性二人がニコニコと話す中、男達のそわそわは頂点に達そうとしていた。
「あ……あ、そっか……」
ユウが店内を見渡して、ゆっくりと頷いた。
男達も、目を輝かせ、その頷きに頷きで応えた。
「えーっと、ごめんなさい、忘れてました」
苦笑いを浮かべて、ユウは店内の客へ向けてぺこっと頭を下げた。
やっぱりな、という感じでまたため息がもれる。
「え、えっと、もらい物、なんですけど……」
そそくさとユウが生けてある黄色のチュールの束を取って、男性客一人一人にそれを手渡していく。
受け取った男達は、目に涙さえ浮かべる勢いで元気良く「ありがとう!」と言い放ち、コーヒー三杯分の銀貨を置いて、夢うつつのような表情で店を出て行く。
ホヴィにはリンから黄色のチュールが手渡された。
「ああああ、ああ、ありがとっ!!」
顔を真っ赤にして、どもりながらもお礼を言うホヴィ。
「あら、ホヴィ。それにウォルさんに……ジッチ! トッチ! あなたたちまで!」
そこで初めて客の面々の半数が自分のパーティの面子だと気付いたリリーがあきれたような顔をしていた。
「朝から姿が見えないと思ったら……」
ジト目で見てくるリリーに四人は目を逸らして店を出て行く。
「リリーちゃんにはこれね!」
ユウが取り出してきたのは、簡易だがラッピングしたリンの焼き菓子の詰め合わせ。
「わぁ、いいんですか!?」
「もちろん! ありがとうね!」
「こちらこそ、ありがとうございます!!」
リリーもまた満面の笑顔で、セイクリッド・ヴァレンティ・ヌーンの贈り物を受け取って店を出て行った。
「ユウ、なんだったの?」
一気に客が居なくなってしまった店内で、最近では珍しく多く詰め掛けた客の残滓に、リンはしきりに首をかしげていた。
「今度説明してあげるね!」
「……うん」
何か始まるのではないかと、ワクワクしていたキャニは、寝たふりをしているうちに本当に寝てしまって、起きた頃にはすっかり客の居なくなった店内に、呆然とするのであった。
――店を出てすぐ、男達は互いに結束したかのように肩を組み、傾きかけた陽に向かって、手元の大戦利品を見ながら歩いていた。
その後ろにはホヴィとリリーが続く。ホヴィもまた手元の花をじっと見つめていた。
その横でリリーがずっと腕を組み首をかしげていたのだが、ある時ポンと手を打って呟いた。
「思い出しましたわ。黄色のチュールの花言葉――」
そのリリーの言葉に、男達もホヴィもそれまでの陽気が嘘のように固まってしばらく動けなくなってしまうのであった。
「計画通り」
その頃、レッドフォックスで給仕をしていた看板娘が、ニヤリと笑みを零しながらぼそりと呟いていた。
チュールという花は架空の花です。
チューリップをもじりました。
因みにチューリップの花言葉は、
赤が 「愛の告白」
黄色が 「望みの無い恋」
白が 「失われた愛」
紫が 「不滅の愛」
ピンクが「恋の芽生え・誠実な愛」
だそうです。
パティさんは策士ですね。ちなみにパティのアドバイザーはトリシャです。




