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夢を見た 2〜子供じゃない〜

「いらっしゃいませ」


 ドアベルのくすんだ音が響いて、続いて落ち着いたトーンの声が出迎える。

決して広いとは言えない店内に、古い木のテーブル、三つばかり席のあるカウンター。

古いとはいえ、良く手入れされたテーブルやカウンターは、古さの中に凛とした雰囲気をもって、見るものを招くように静かに佇んでいる。

 そのカウンターの奥には、フリルの着いたブラウスと丈の長いスカート、その上からエプロンドレスを着た背の高い女性が静かに微笑みながらやってきた人物を見つめていた。

  それは絶世の美女とも言えるほどの美しさを持っていたが、額に片方が折れた二本の角、そしてその妖艶とすら言える瞳は紅く揺れていた。



――まって、ちょっとまって。



 辺りを見回すと、やはり見覚えのある――いや、間違いなく自分の店『小道』だ。

 そして、ふと気づく。見回したのは自分の意思ではなく、まるで勝手に体が動いているかのようだった。声も出せず、自分の意志で体を動かすこともできない。

 まるで、別の人物が見ている光景を見せられているような感覚だった。



「どうしたんです?どうぞお掛けになってくださいな」


 その声に誘われるように、自分の意思とは関係なくカウンターへと歩いていく。



――まってってば。



「コーヒーはいかがですか?先日、良い茶葉が手に入りましたので、紅茶もご用意できますが……」


 カウンターに座った客に、顔を覗き込むようにして尋ねてくるエプロンドレスの女性。

その紅い瞳に思わず吸い込まれそうになる。ぱっちりと目を大きく開けたまま、じっとこちらを見つめていた。


「いかがなさいますか?」


 どうやら決めかねていると思ったらしく、女性はもう一度そう尋ねると、優しい笑顔を見せた。


(うぁ……)


 絶世の美女とも言える女性の、何とも形容しがたい飛び切りの笑顔に、思わず呻いてしまう。

とんでもない破壊力だった。

 今まで見たどんな笑顔よりも素敵で、美しくて、神秘的で、妖艶で――

全ての要素がそこに集約しているとすら言えるその笑顔は、もはやそれ一つだけでどんな人間の心さえ掌握できてしまうのではないかとすら思わせた。


「どうなさいました?」


思わず放心してしまっている客にさらににこやかに尋ねてくるその女性は、ふと寂しそうな顔をした。


「あなたは……どちらからいらっしゃったのですか?」


真摯な瞳がじっと見つめてくる。ただでさえ綺麗な顔立ちなのに、そんな風にじっと見つめられると、同性であってもドギマギしてしまう。異性であるならもっとだろう。


「なんとなく、似てるんです。雰囲気、というか、私の――」


そこで、急にその顔が、光景が、遠ざかっていく。

何かに引っ張られるように、どんどんと引き離されて、女性の顔が遠くなっていく。


思わず叫んでいた。名も知らぬはずのその女性の名を――



「はっ」


 がばっと起き上がって、ユウは辺りを見渡した。

 いつもの寝室、本棚や化粧台、それに隣にはリンとキャニ――


 紅い瞳があった。夢の中で見たあの女性と同じ、紅い瞳がぱちくりとしてユウの顔を覗き込んでいる。


「ユウ?」


 薄暗い部屋の中で、リンの紅い瞳だけがその闇の中で浮かび上がる。その瞳が湛えた輝きは、宝石のように綺麗で、どこか艶やかで、そしてどこか儚げで――

 思わず吸い込まれそうな感覚さえ覚える。


「夢……か……」

「夢?」


 紅い瞳の少女が首をかしげながらユウを覗き込む。

 そんないつもの様子のリンに、何故かユウは安堵して、ほう、とため息を一つ。


「なんでもないよ」


首をかしげたままのリンの頭をそっとなでてやる。


「むぅ……」


 少し不満げにユウを見つめるリンにユウは苦笑した。

 最近「子供じゃないよ」とあまり言わなくなったリン。

 それはキャニという妹分ができたからなのか、それともリンの成長を感じたユウが、彼女を子ども扱いしなくなったからなのか。あるいは別に理由があるのかもしれない。

 リンが何かにつけて「子供じゃないよ」といっていた頃が懐かしいと思い、同時に少しばかり寂しいような気もしていた。


「さ、まだ夜中よぅ、良い子は朝まで寝るのです」

「ユウのせいで起きた」

「はいはい、ごめんね」


リンの頭をくしゃくしゃと撫でながらユウは微笑んでいた。


「それじゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 布団を被って横になってしまったユウはほどなくして寝息を立て始めた。

一緒に横になったリンはそんなユウの横顔をみながら、聞こえない声で呟いていた。


「子供じゃない…もん」

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