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リンのコーヒー ~1st-Try~

「うん、そう、もう少しゆっくり。あ、速くてもだめだけど、遅くてもだめだから」

「難しい」


ユウの目の前、カウンターを挟んだ席で、リンが難しい顔をしながらそれと戦っていた。

その傍でキャニも尻尾をフリフリ、目を輝かせながらリンの手元を眺めている。


「次、俺!俺ね!」

「はいはい。順番ねー」


 今にも飛びつきそうなキャニの様子にユウも苦笑する。


 リンは今、コーヒーの豆挽きに挑戦していた。

 コーヒーは焙煎の仕方もそうだが、引き方によっても大きく味が変わる。ユウにはユウなりの挽き方があるのだが、今リンに伝授しているのは一般的な「中挽き」という挽き方だった。

 この世界の多くで使われているフランネルという布でドリップする際には、この中挽きが一番良いとされている。

 一般的ではあるものの、豆挽きという作業は結構神経を遣うものだった。

速く挽き過ぎると豆が熱をもって香りが逃げてしまう。

遅すぎれば粉にムラが出来て雑味がでてしまう。

 ギリギリの速度で挽かなければならない。

 何度か挑戦して、リンもようやく一定の速度でミルを回せるようになってきた。


「じゃあ、試飲してみようか?」


何度目かの挑戦のあとで、これならそこそこかもしれないと思ったユウが提案する。

お湯を沸かして、リンが挽いたばかりのコーヒーをフランネルに投入して――


「それも覚えたい」

「え?」


いざお湯を入れる段になって、リンが突然カウンターから身を乗り出してきた。


「うぅん…いいけど…でもミルがちゃんと挽けるようになってからかなぁ」

「むー」


 コーヒー用の細口のポットから湯気が立ち上っている。それがやがて香ばしく、芳しいコーヒーの香りに変わるのだ。

 まだコーヒーを苦いと感じるリンは、その香りもいい香りとは思えないでいる。

それなのに、豆を挽きたい、ドリップしてみたいと言ってきたのだから、ユウとしてはできるだけ尊重してあげたいとは思う。


「じゃあ、見てて。手順を覚えて、ミルが挽けるようになったらドリップも教えてあげる。」


 ユウはリンに微笑んで、フランネルをセットしたコーヒーサーバーをリンの前において、静かにお湯を入れ始める。


「こうして、お湯を入れると、コーヒー粉の壁ができるから…」


 一度ポットをあげて、またお湯を入れ始めるユウ。


「この壁を越えないように、お湯を入れていくんだよー」


 ゆっくり丁寧に、リンに見せるようにドリップしていく。

 リンも身を乗り出して、お湯が注がれては黒く濁って白い泡を出す様子をじっと見つめている。お湯がなくなったら再び注いで、を繰り返してようやく何人分かのコーヒーのドリップが終わる。


「本当はこんなにゆっくりやっちゃうと、コクがでなくなるからだめなんだけど…今日は特別ね。」


ウィンクしてみせるユウ。


「おいしくないの?」

「そうだねー、お客様にはだせないねー」

「じゃあ、普通にやって!」


むふーっ、と鼻息も荒くリンがまっすぐにユウを見つめる。

リンとしても、折角挽いた豆が美味しくないというのは納得できないのかもしれない。


「うん、じゃあ、普通に淹れるから、見ててねー」

「うん!」

「このコーヒーはもったいないし…あとでゼリーにしてみよっか?」

「あ!それ好き!」


 失敗したコーヒーとか余ったコーヒーは時々ゼリーにしてリンに食べさせる事があった。

甘くして、ミルクをかけて食べるのだが、リンはそれなら苦味もないから食べれる。

そしていつしかリンの好物の一つになっていた。


「お?なんだそれ!俺も俺も!」


さっきまでリンの傍でミルを挽く真似事をしていたキャニもリンの歓喜の声を聞いて、気になったのか、ミルを加えたままカウンターをとてとてと走ってきた。


「あ、こら、キャニ。カウンター走っちゃダメ」


人化しているなら問題ないのではあるが――人の姿でカウンターの上を走るのはダメだが――子犬姿のままであると、体毛が落ちてしまうことがあるから、特にカウンターの上を走るのは遠慮してもらっている。が、今回のようにすっかり忘れて駆け寄ってくる事がある。

それを見たリンが、ちょっとお姉さんぶってキャニを諭すように言う。


「あう、ごめん、リン」


両手で目を覆うようにしてぺこっと頭を下げるキャニ。


「気をつけてね!」

「はーい」


そんな二人の様子が微笑ましくて、ユウもついクスクスと笑ってしまうのであった。




「じゃあ、普通にやるからね、見ててね」


ユウの前からカウンター越しにリンが、後ろから人化したキャニがユウの手元をじっと見つめている。


お湯を沸かしなおしたユウが手早く細口ポットにお湯を移し変えると、フランネルに手早くコーヒー豆を投入する。

そして、さっきよりも少なめにお湯を注ぎ、コーヒー粉の壁をつくると、間髪入れずにフランネルの中心に向けて丸を描くようにお湯を注いでいく。何度も何度も小分けにしながらお湯を注いでいくと、さっきとは比べ物にならないコーヒーの芳醇な香りがそこから湧き上がる。


 すんすんとその香りをかいで、キャニが犬歯をむき出しにしてニカッとわらう。どうやら気に入ったようだ。

 一方でリンも鼻一杯にその香りを吸い込んで――苦虫をつぶしたような顔に一瞬なったが、必死でうんうんと頷いていた。


「あ――」


まだフランネルにお湯が残っていたのに、ユウがそれを外してしまったので思わずリンが声を上げる。


「もったいない」

「いいの、ほら、みて?」

「?」


ユウが指差したサーバーにはきっかり三人分のコーヒーが抽出されたのだが、それを指差されてもリンは首をかしげるばかりだ。キャニもまた、首をかしげている。


「あ、そっか。これで丁度三人分なんだよー」


サーバーを手に取ったユウがコーヒーカップに均等に注いでいくと、丁度良い量が同じだけ三つのカップを埋めた。


「おお…」

「すごい、ユウ!」


リンが驚きに目を丸くして、キャニはぱんぱんと手をたたく。


「えへへ…えとね、丁度三人分だから、あれ以上淹れてしまうと、味が少し変わっちゃうんだよー」


二人の手放しの賞賛にちょっと照れを見せながらも説明を続けるユウ。


「よし、じゃあ二人とも、コーヒー挑戦してみようか?」


それから、ユウが二人に向けてカップをずいっと押してやる。

リンもキャニも突然の事にちょっと驚いて、飲み慣れないコーヒーの湖面をまじまじと見る。

そのコーヒーにはそれぞれの顔がそのまま映りこんでいた。


「めしあがれ~」


ニコリと微笑むユウ。リンとキャニは同時に顔を見合わせて、カップを手に取る。そして同時にごくりとつばを飲み込んだかと思うと、カップに口をつけた。


「にがい。」

「うえ、にがい!」


二人とも同じ感想が飛び出して、ユウが思わず噴出す。


「ふふっ、おこちゃまどもめ~」

「子供じゃないよ!」

「なんでこんなの飲めんの!?」


 二人から抗議の声があがって、けれどそれにすらユウはコロコロと笑っている。


 その笑顔にリンとキャニがもう一度顔を見合わせて、また一口。


「にがーい」

「にげ…なんでユウはこれ毎日飲んでんの?」


やっぱり同じような反応で、ついにユウは口を開けて笑い出してしまった。


「もー!ユウ!」

「ユーウー!」


終いには二人に囲まれてぐいぐいと引っ張られてしまう。

真剣に主張する二人に、微笑んでいるユウ。


それは何だかとても幸せそうで、優しい空間だった。


二人の抗議の声と、ユウの笑い声はしばらく『小道』の中にあふれるのであった。



――ここは喫茶店『小道』


幸せそうな笑い声の満ちる場所


お勧めはコーヒー、そこに溢れる優しさをそえて――

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