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その少年の純粋な心に

 目の前で、ちらちらと周りを気にして、視線を一周させてまた目の前のコーヒーに移る自分の顔に視線を落とす。

その様子に、ユウは思わず微笑を湛えていた。


「そういえば――」

「は、はいっ!?」


 声を掛けた瞬間、体をびくっとさせてまっすぐ見つめてくる綺麗な青みがかった瞳。

そんな少年の様子に、ユウはニコリと笑う。

そしてその無自覚な笑顔は、少年の顔を赤くさせて下を向かせてしまった。


 今カウンターに座っているのは、少年冒険者のホヴィ。

 今日はウォル達と一緒でないのかと思ったら、ウォル達はレッドフォックスに先行していて、ホヴィは別の依頼をこなしたあとで合流することになっていたらしい。

その道すがら、『小道』へと立ち寄ってくれたのだった。


「この間はありがとうね?」

「えっ、な、なんでしたっけ?」


 ホヴィは下を向いたままで、何か、目の前の女性にお礼を言われるようなことがあったか記憶を逡巡させてみるが、特に何も浮かんでこない。


「しおり、リンにプレゼントしてくれたでしょう?」

「あ…あれですか…」


そのことは覚えている。

そしてそれを渡したときの彼女の笑顔も。


(…っ!)


その笑顔を思い出しかけて、慌ててそれをかき消すように首を振る。

あれは、たまたま見つけたものを、たまたま必要そうな人に渡しただけなのだ。

それ以外には何も無いのだ。そう、何も。


「ごめんなさい、今リン出かけてて…」

「い、いえ!その、勇者様のコーヒーを…いただきにまいっただけ、なので、りんっは特にいなくて…いや!その!」


あたふたとし始める少年冒険者の姿に、やっぱりユウは笑顔だ。

そしてそんな純粋な少年の様子を見ていると、すこしばかり悪戯心が芽生えるのも仕方の無いことだろう。

ユウの笑顔に、少しばかりよこしまな気配が刺す。


「名前、覚えてくれてるんだ?」

「へっ?!えっ!いやっその!!」


 ついには顔を真っ赤にして俯いてしまったホヴィ。


ウォルからは将来期待のできる有望株だと聞いていたが、冒険者としては優秀でも、恋愛事情となるとそうでもないらしい。


 そんな風にユウは思ってにんまりとしてしまう。

まさに自分を天高く棚上げしたユウだったが、自分ではそれに気づいていないようだ。


「あはは、ごめんごめん、ホヴィ君。リンはもうすぐ帰ってくると思うから、ゆっくり待っててくださいね。あ、コーヒーは冷めないうちに飲んでください!」


満面の笑顔を向けるユウだった。

 だが、困ったのはホヴィだ。


わざわざリンの帰りを待つ、というのも何だか変な感じもするし、それに待ってた、なんていかにもで、自分のこの悟られたくない気持ちを悟られてしまうのじゃないか、いやそれ以前に悟られたくない自分の気持ちってなんだ?別に彼女の事を特別にどうこう思って…彼女!?いや、彼女とかそういうのじゃなくて…


頭の中をぐるぐる、ぐるぐるとそういう考えばかりが回っていて、ホヴィの頭は既に沸騰寸前だった。

目の前の美味しそうな香りを漂わせるコーヒーに手をつける暇もなく、頭を上下左右に振っている。


そんなホヴィの様子に思わずユウはくすくすと笑ってしまうのであった。


「ね、ホヴィ君。ホヴィ君はどうして冒険者になったの?」


そんな中突然ユウがホヴィにそんな問いかけをしてくる。

ユウの言葉に、さっきまで激しく頭を振っていたホヴィはピタリととまり、ユウに向き直る。


「えっと…どうしたんですか?急に。」

「私って神託受けてから冒険者登録したでしょう?それまでは、ほんとに普通の人で、将来の夢は…まぁ、喫茶店をやることだったんだけど。でも冒険者の人がどうして冒険者になったか、とか人間代表勇者の人達が、どうしてそこを目指したかって話をあんまりしたことがなかったんだよね。それでこうやってたまに聞いてみたりしてるの。」

「はぁ…」


聞きながらホヴィは、それって少し侮辱的かもしれない、と思う。


 目の前の勇者ユウは、神託を受けて初めて勇者として活動するために冒険者登録を行った、いわば受動的な理由だ。だが、ホヴィや多くの冒険者は自分がなりたいと思って冒険者になった。そのために剣術や魔法の師事を受けたり、修行をしたりしているのだ。

目の前の女性は勇者として確かに強大な力をもっているだろうし、その力で残した数々の功績がある。

そしてこの人柄だからきっと彼女を慕う人は多いだろう。

だからといって、今の彼女の物言いでは「仕方なく」冒険者になったと聞こえてしまう。


冒険者としての矜持を持っているつもりのホヴィは少しばかり不愉快に思う。


「ごめんね、こういう風にいうとトリシャちゃんがいつも怒るんだけど…あ、トリシャちゃんっていうのはパティちゃんの幼馴染で――」


だが、続いて出てきたユウの言葉で、ホヴィはその考えを一瞬で改める事になった。


「でね、私も本当は人の役に立ちたい、自分の力っていうのがどれほどのものかはわからないけれど、人の役に立てるなら全力でやろうって、冒険者登録する時に、そう決意したんだけど…でもこういうのって少し恥ずかしいじゃない?」


ユウの言葉に、彼女もまた冒険者として、そして勇者としての自覚と矜持をもっている事をホヴィは気付かされ、一瞬でも受動的、などと思ったことを頭の中で必死で取り消そうとしていた。

そして、少し頬を染めながら優しく微笑む彼女の笑顔に見とれてしまう。


「え、えと…ユウ様がそう思うように、僕らも、多分皆も冒険者になった切欠なんて、割と恥ずかしくて言わないんだと思いますよ?」

「あ、なるほど…そういわれてみればそうだね!」


ぺろっと舌を出して頭をかく仕草をする目の前の女性は、年下のホヴィにも、とても素敵で可愛く見えてしまう。


カランカラン…


「ただいまー」


その時、ドアベルが鳴ってホヴィが待ち焦がれた声が背中越しに聞こえた。


(待ち焦がれてなんかないよ!)


「そ、そういうことっですから、ユウ様!ま、まっ、また来ますね!ご馳走様でした!」


その声にびくっとなったホヴィは急いでポケットから銀貨を二枚ほど取り出すと、カウンターの上においてそそくさと席を立つ。

だが、振り返ったところでそこにいた赤い瞳の少女と目があってしまった。


「や、やぁ、リン!ま、ままままままたくくくるね!!」


カァーっと顔を赤くしてしどろもどろになりながらも、ホヴィは逃げるようにして店を出て行ってしまった。


「……だれだっけ?」


勢い良く閉められたドアを見つめながら、腕を組んで首をかしげるリン。


その様子にユウは思い切りため息をつく。


彼の純情にして純粋な恋心は、果たして彼女に届くのだろうか?

次回を待て!


と勝手に心の中でモノローグを入れるユウであった。



「だれだっけ…?」


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