ある冒険者志望の独り言
みなさん、こんにちは。
私はトリシャと申します。
かつて父が戦士、母が僧侶として冒険者をやっておりまして、私もそのサラブレッドとして拳闘士を目指して日々修行の毎日を送っております。
以前、隣村をつなぐ街道沿いにオーガが住み着いたという話がありました。
大方ゴブリンと見間違えたのだろう、と父は言っていましたが、母は万が一もあるから近づくべきではない、と皆を諭しておりました。
皆、父が母の尻に敷かれていることをしっていたので、当然母の言う事が優先され、父も不満そうでしたが退治にいくことはありませんでした。
私は、様子を見に行こうと思ったのですが、何故か皆に止められました。
「戦いを挑まれても困る!」
と言われたのですが、私は様子を見に行くだけだといったのですが…
結局、代わりに隣村へと川を越えていく事になります。
村長から冒険者ギルドへの依頼状を渡された時は、ちょっと胸が躍りました。
もしかしたらこのまま冒険者登録ができるかもしれない、と。
ところが、隣村についてみれば、冒険者ギルドへ村同士の連名での依頼ということだったようで、私は代理人のサインだけして冒険者が派遣されてくるまで待つことになりました。
何でも説明が必要だとか。
ちょっとめんどくさいので、隣村の村長の側役で、面識のある男の人に状況だけを伝えて、私は近くの森へ修行をしにいきました。あてがわれた宿には寝るためでしか帰りませんでした。
それがどうも失敗だったようです。
冒険者が中々こないな、と毎日のように森で修行していたのですが、そんなある日、突然パティがやってきて、ユウ様がいた、とまくし立ててくるのです。
あ、パティというのは私の家の隣の宿屋「レッドフォックス」の一人娘で看板娘でもあり、私の幼馴染でもある女の子です。
とても可愛い子なんですよ?無邪気で、人懐っこくて。
可愛さでいったらリンちゃんと同じくらい可愛いですかね。もちろん、幼さがある分だけリンちゃんに軍配はあがりますが。
え?リンちゃんって誰だって?
まぁ、慌てないでくださいよ、これから話しますから。
隣村近くの森で修行していたら、パティがやってきたところまでは話しましたよね?
パティと一緒に冒険者の方々がいらしてて、一人は雰囲気が父に少し似てる戦士、それに執事服を着た…これは相当な手練れと思われる雰囲気をもった執事に、鋭い目をしたスカウト、あとは私と同じくらいの女性と、少年が一人。
「よう、パティちゃんがあんまり自慢するもんだから、どんな嬢ちゃんかと思ってたんだけど、なるほどこりゃ美人だな!がっはっは!」
戦士のおっさんが下品に笑って私に声をかけてきました。
ちょっと不愉快に思ったので、気付かない振りをしたまま、回し蹴りを寸止めしてやったのですが…
「お、元気がいいな!がっはっは!」
私の靴を目の前にしていながら冷や汗の一つもかかずに笑ったのです。
少し、自信がなくなりそうになったのを覚えています。
「すみません、気付かなかったもので…あれ?パティ?」
ちょっとわざとらしかったかもしれませんが、一応非礼は非礼ですから形だけでも謝罪はします。
そして、さも今気付いた風を装って、謝罪の礼もそこそこにパティの方へ走りました。
「ユウ様がいたんだよ!」
パティは開口一番そういいましたが、私には何のことやらさっぱり。
詳しく聞いてみると、オーガと思しき親子は、実は勇者ユウ様とそのユウ様が何故か預かっているオーガの娘だった、ということでした。
この冒険者の方々は私がもっていった依頼を受けて来てくださったのだとか。
これは…ちょっと失敗しましたね。
改めてさっきの戦士に謝罪をしにいったのですが、
「あん?気にするな、修行に熱中してればよくあることさ。それよりも嬢ちゃんは偉いな!」
逆に褒められてしまいました。
気にしていないとの事で、よかったのですが…
それにしても、やっぱり私が確かめに行っていればこんな大事にはならなかったのでは、と思わずため息が出てしまいます。まったくもう…
「川を渡った意味ないじゃない…」
私の呟きに、パティは苦笑いしてました。
それから冒険者の一団、パーティというんでしたっけ?そのパーティと別れ、隣村で馬を借りて一度パティの言っていた、勇者ユウ様が始めたという喫茶店『小道』を見に行く事になりました。
街道沿いにある、今は誰も住んでいなかったログハウス。
そういえば何故あんなところにログハウスがあるんでしたっけ?
少し記憶があやふやですが、でも確か昔からそこにあったものだと思います。
そのログハウスの玄関には掛け看板で「営業中」と書いてありました。
丁度私たちに気付いたのか、中から女性が笑顔で出てきました。
「トリシャちゃん、久しぶり!」
出てきたのはまごう事なき勇者、勇者ユウでした。
私が彼女に出会ったのは今から三年ほど前でしょうか?
その時私は15歳。噂の勇者の神託というものがなくて、ちょっぴりがっかり反面、やっぱりなという気持ちでいた事を覚えています。
「ユウ様!ほんとにユウ様だ…」
「え、ユウ様、トリシャ姉の事はすぐわかったんですか?」
パティがジト目で私とユウ様を睨んでいます。
「あ、あはは…ほらトリシャちゃんとは歳も近いから…」
「むぅ…」
パティがジト目で睨んだまま近づいてきます――ちょっ、体を撫で回すな!やめっ!
「そうか、このナイスバデーだな。このけしからんバデーで覚えていたんだな!」
「ちょ、やめっ、絶対違うわ!」
「あはは…」
パティは体を触ってくるし、ユウ様は呆れて笑ってます。
「ほら、パティちゃんは見違えたから。」
苦笑するユウ様の言葉に、パティはぱっと顔を輝かせて微笑みます。
え、でもまって、そうすると私はあまり変わってないということでしょうか?
「そうすると、私は見違えてない、と。」
私の言葉にユウ様は慌てて、
「いや、トリシャちゃんも見違えたけど…昔から美人だからっていうか、もちろんパティちゃんも可愛いんだけど、えっとぉ…」
思わず困ったような笑顔を浮かべています。
それにしてもなんとも素敵な笑顔をする人です。昔から変わっていないのはユウ様もそうなのでは?
――いじりたい、この笑顔。
私がジト目でユウ様を見つめていると、私の意図を察したパティも隣でユウ様をジト目で見つめています。こういうところ、本当に空気を読むと言うか、気が合うというか…
私たちの視線に、ユウ様があたふたと言い訳を繰り返すのですが、その様子がなんだか可愛くて、年上の方、しかも勇者様に対して失礼かもしれませんが、本当に可愛い女性なんです、ユウ様は。
もう少し弄りたかったのですが、夕刻も迫ってきていましたし、今日はお店に入らずにお暇することにしました。
今思えば、それもまた失敗だったかな、と。
何せあの店にはユウ様の他にもう一人、とっても素敵な女の子がいたのですから。
帰り際、ユウ様は
「トリシャちゃん、様付けなんてやめてくださいよぅ。前みたいに呼んでくれていいのに…」
と、いってくれたのですが、やっぱり最後に一弄り。
「うん、わかりました、ユウ様。」
「もー!トリシャちゃん!」
「あっははっ、わかりました、ユウさん。じゃあ、また来ますね!」
三年前、何かを探しにやってきたユウさんは、宿屋「レッドフォックス」に滞在していました。
村では、勇者様が来ている、と話題になり多くの村人がレッドフォックスへ足を運び、噂の勇者様を一目見ようと詰め掛けていました。
その村人達に、丁度食事を取っていたユウさんは困ったような笑顔で手を振っていたそうです。
ユウさんの笑顔に、村の男も女も皆呆けていました。
かくいう私も野次馬と一緒になってユウさんを見ていたのですが…
私は丁度思春期真っ盛りで、同性の笑顔にどきっとしてしまった事を恥と思ってしまったのです。
あの頃私は、自分探し、なんて大したものじゃないですが、自分がやりたい事や、なりたいもの、将来の仕事なんかをよく考えたりしていて、けれどそれは中々見つかりませんでした。
「お名前、教えてくれませんか?」
そんな折、パティのところへ来ていた私にユウさんが声をかけてきました。
ユウさんはいつもの笑顔で話しかけてきてくれたのですが、私は彼女の笑顔にどきっとした事をまだ恥と思っていたので、ついそっぽを向いてしまいます。
後から聞いた話では、他に同じ年のころの女の子がいなかったから話をしたかったそうで、そっぽを向かれて少しだけ残念に思ったそうですが。
「トリシャ。」
非礼はよろしくない、というのは母の教えです。
そっぽを向いてしまった私ですが、それでもユウさんの質問には答えました。
「そう、トリシャちゃん。私はユウ、よろしくね!」
私が答えると、ユウさんはそう言って、あの“笑顔”をみせたそうです。
私はそっぽを向いていたので見ませんでしたが、周りにいたレッドフォックスの常連客がその瞬間固まったそうです。
実際あの笑顔は反則です。
しかもあの人、自分の笑顔に無自覚なんです。
どこでもあの笑顔を振りまいて、周りを夢うつつに導いてしまうんですから、もう少し自覚を持って欲しいものです。
話はそれましたが、それから滞在している間、といっても数日ほどですが、ユウさんは、私と父が毎朝の体操代わりにやっている、剣や体術の型の練習に毎日来てくれるようになりました。
私と話したいのが半分、歴戦の戦士である父に教えを請いに来たのが半分、と言っていました。
余談ですが、父は鼻の下を伸ばして二つ返事でユウさんの申し出を受けていました。
あえて母には言いませんでしたが、ちょっとばかり軽蔑しますね、男の人のそういうところは。
それからたった数日の間でしたが、私とユウさんは毎朝一緒に父に型を習います。
「トリシャちゃんは姉弟子ですね、先輩!」
ニコニコ笑顔でそんな事を言うものですから、私は顔を赤くさせたのを覚えています。
それでも私も楽しくて、毎朝が待ち遠しくなっていました。
けれどユウさんが仕事を終えて帰る日がやってきました。
私にとってはその日はとても特別な日になりました。
「トリシャちゃんは、体術のセンスがとてもありますよね。」
これはユウさんが父に何気なく言った言葉でした。
父はユウさんの笑顔で照れ照れで否定していましたが、私の心にはとても深く刻まれたのです。
単純かもしれませんが、この瞬間、私は拳闘士になることを決めたのです――
ユウさんが村を発つ時、私も見送りに出ました。
多くの村人が集まる中で、ユウさんが私を見つけて駆け寄ってきました。
「ありがとう、トリシャちゃん。とっても楽しかったよ!」
そういって目の前であの笑顔です。
私は顔が真っ赤に染まっていくのを自覚しました。
次の瞬間、ユウさんの手が伸びてきて私の頭をぽんぽんとしました。
その手が、何だか白い光に包まれていたような気がするのですが、頬がすっかり熱くなってしまっていてはっきり覚えていません。
「――の……ご……ことを――」
私の頭をぽんぽんとしながら、ユウさんが小さく何かを呟いていました。
「おまじない。トリシャちゃんがこれからも元気でいられるようにって。」
「ありがとう、ユウさん!」
赤いままの顔をあげるのは少し恥ずかしかったのですが、折角のユウさんのおまじないです。お礼を言わないわけには行きません。
そうして、ユウさんは村を発っていきました。
私の脳裏に焼きついて離れない、極上の笑顔を残して。
これが私が始めてユウさんに出会ったときの話です。
やっぱりあの人の方こそ何も変わってないように思います。勿論いい意味で、ですが。
『小道』からの帰り道、パティと話したのは、絶対にあの喫茶店の常連になろう、という話でした。
あの場所は、村からは少し遠いですが無理しなければいけないような距離でもありません。
パティの提案には大賛成でした。
そうしてそれからしばらくして、パティと共に再び訪れた喫茶店『小道』で、私は運命の出会いをします。
そこには、とても素敵な少女が静かに佇んでいたのです――




