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先生、質問です~先生の笑顔が素敵過ぎて授業になりません Part-Ⅲ-~

人にものをおしえるというのは、存外難しい。

相手がものを知る人物であれば、例え自分が間違っていても相互補完でどうにかなるが、今ユウの目の前にいるのは知識も見聞も経験も少ない、いわば巣で親鳥の帰りを待つ雛のようなものたちだ。

雛は親鳥の運んでくる餌を、何の疑いもなく飲み込む。

同じように、今、ユウの目の前にいる子供たちはユウや他の教師の教えを何の疑いもなく飲み込む事だろう。

それ故に間違った事を教えるわけには行かない。


一見、穏やかに見えるユウの内面では、一言一句に対する緊張が支配している。

まるで綱渡りをするように、自分の言葉を良く考えながら話さなければいけない、それもその瞬間毎に判断しながら。


同時に生徒達に対して、真剣に向き合おうとするユウは、どんな生徒の意見をも吸い上げねば、という気持ちでいた。


まるで強敵と対峙したときのように感覚を研ぎ澄まし、生徒達の一挙一動を感じ取りながら、そこにいる何人もの生徒達の動きを把握し、意見を言いたくても言い出せない生徒にまで話を振っていく。


そして忘れてはいけないのが笑顔。

笑顔には力がある。


例え、十人並みの容姿の自分であっても、美人でなかったとしても、笑顔というものは他人の心をほぐしたり、会話をスムーズにしてくれる潤滑油のような役割をしてくれる。

天花菜取(ツクシ)のような力のある笑顔は自分には出来ないが、それでも、笑顔で居る事で難を乗り切ったことが何度もあるから、心からの笑顔でいれば、きっと人は心を開いてくれるし、言い過ぎかもしれないが、全てうまくいく。


ユウはそう心がけていて、今もまた生徒達に笑顔を向ける。


なんてことは無い、彼女は自分の笑顔に関して、無自覚であるのだ。


だから、笑顔を向けて生徒達が一瞬固まってしまうたびに思わず首を傾げてしまう。

けれど、活性化していく教室は、そんな暇を与えないかのように、次々と新しい意見が生徒達から飛び出してくる。

そんな生徒達の様子に、ユウも手応えを感じていた。


相変わらず自分の話す言葉に神経を使いながらも、生徒達が皆、キラキラと輝きを放ちながら意見を述べる様子に、思わず嬉しくなってしまうユウ。


「何か質問があれば、休み時間の間受け付けるからね!」


講義の終わりを告げるベルと共に、その嬉しさを表現するかのように最大級の笑顔を零して告げるユウ。

その笑顔はしばらく生徒達を放心させて…


「さぁ、質問がある方はユウ先生のところへ。」


パンパンと授業の最初にしたように、後ろで授業の様子を見ていた校長が手を叩いて、その音で生徒達は我に返る。

それからユウのところへどっと詰め掛けるのであった。


「先生、どちらからいらっしゃったのですか?」

「先生、勇者様ってほんとうですか?」

「先生、かれしとかおりますの?」

「先生、さきほどの授業で…」

「あ、あはは…」


矢継ぎ早に飛び交う質問にユウが苦笑いを浮かべる。

予想外に生徒達が集まって次々と質問を浴びせてくる子供達のパワーを前にして、思わずたじろいでしまう。


「あっちの山の方からきたんですよ。」

「うん、勇者をやってました!」

「かれし…いないんですよぅ」

「授業でどこかわからないところあった?」


目をキラキラさせて、頬を紅潮させて元気良く聞いてくる生徒達にユウもまた笑顔になって、一つ一つ質問に答えていく。


わいわいがやがや、とユウの周りには子供達の山が出来ていて、まもなく次の授業の予鈴がなろうとしているにも関わらず収まる気配がない。

その生徒達の中で、一人の男の子が質問をするでもなく、子供達の輪の少し外側からじっとユウを見つめていた。

その視線に気付いたユウが微笑みかける。

けれど、それにも動じず、ただただユウの顔をじっとみつめている。


「何か――」

「はい!もうじき次の授業がはじまりますよ!」


ユウがその男の子に話しかけようとした時、流石にそろそろこの場を収めなければ次の授業に支障が出るから、と校長であるキュリアー婦人が事態の収集のために子供達の波に割って入ってきた。


キュリアー婦人の声と、彼女の持つ威厳のある雰囲気に、不満気ながらも蜘蛛の子を散らすように子供達の波は引いていく。

ユウのことをじっと見ていた男の子も周りを一瞥して鼻で笑うようにすると、くるりと踵を返して自分の席へと戻っていってしまった。


(今のは確か…)


婦人に連れられて教室を出て行くユウの頭の中で、今日出会った生徒達の顔と名前を照合していく。

その中に、一人だけ印象が薄い、というか顔が空白の人物がいた。


「んん?あれ?」

「どうかなさいましたか?」


今日授業を行ったのは約三十人ほどの一クラスだったのだが、手元の名簿を見ても、ただ一人だけ顔が浮かんでこない。

それこそまさに、先ほどユウをじっと見ていた男の子であろう。

そこに思い至ってようやくクラス全員の顔と名前が入ったユウの頭の中の名簿が完成した。


「いえ、その…この子のことなんですが…」

「ああ、その子ですか。」


ユウによって示された名前に、キュリアー婦人は僅かに思案してから頷く。


「ちょっと特別な子なのです。」

「特別?」


キュリアー婦人が眉をひそめ周りを見回す。


「ええ…対外的には公表されておりませんが…彼の後ろには皇室があります。」

「え――」


周りに誰もいない事を確認したキュリアー婦人がユウの耳元で小声でそう告げた。


ユウも勇者としてかつて前皇帝に謁見しているし、それから報告や勇者お披露目などで少なからず皇室との関わりがある。

が、皇室の関係者だと思われるその男の子の顔はユウの記憶にないものだった。

キュリアー婦人の話によれば、学校関係者にも詳しい話はされておらず、ある日突然皇室から件の人物の入学と、学生寮への入寮を打診されたという。

学校関係者の間では、前皇帝の隠し子ではないかという噂がまことしやかに囁かれたらしい。


なるほど、とユウは納得する。

周りの大人の雰囲気というのは、そのまま子供に伝播してしまう。

大人が色眼鏡でとある人物を見れば、子供もまたそのように見てしまうのだ。

ましてや学校という一種閉鎖的な空間においてはそれは顕著に現れてくる。


ユウをじっと見すえていた彼は、生徒達の輪から少し外れたところで斜に構えるようにしていた。

そしてわいわいと騒ぐほかの生徒を鼻で笑うかのようにして踵を返す。

他の生徒達とはどこか一線を画す雰囲気をもっていたのだ。


その根っこにはそういう状況があったのだろう。

彼の背後に一体どんな事情があるのか、ユウにはそれを知る由もないけれど、このままにしておくのは何だか心に引っかかりを覚える。


キュリアー婦人の、今日の授業の総評を聞きながら、ユウの心に彼の眼差しが蘇る。

寂しそうな、うらやむような、何とも言えない複雑な視線だった。


キュリアー婦人の総評を聞いた後、これから先一月に一度のスケジュールを確認してユウの先生としての初日が終わりを告げる。


心にもやもやとしたものを残しながら、ユウは『小道』へと家路を行くのだった。

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